やさしい気持ち
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好きという心に、変わりなんてないのだから。
 でも、こういう気持ちだからこそ手に入らない。

 それでも手に入れようと手を伸ばす。
 まるで太陽に恋する向日葵のようね、と誰かが呟いたのを聞いたことがある。

 恋ってそんなに難しいものなのかな?


「・・・・・・どうしたの〜? ラクチェ。」

 ぼうっと考え事をしていたラクチェの目前にパティがひらひらと手を振りながら顔をのぞかせた。
 明るい茶の瞳に現実に引き戻され、ラクチェは顔をしかめて軽くパティの頭を叩く。

「きゃ・・・・・・もう、何するのよ、ラクチェ!」
「いきなり顔出すからよ。人が考え事してるときに・・・・・・」

 そう呟いたラクチェに、しばしパティが目を大きく開け・・・・・・それからぷっと吹き出して笑った。

「あははははははははははは!!!!!!!」
「な、なによ! なんで笑うのよ!!」
「だ、だって、ラクチェが考え事だなんて・・・・・・」
「私が考え事しちゃ悪いっていうの!!!!?」

 キッと怒りに目元をつり上げ、本気で怒っているようなラクチェにパティも悪い、と思ったのか、
 ごめんごめん、と呟きながら目元に浮かんだ涙を拭った。

「ごめんってば。でも珍しいから。いつもなら考え事する前に素振りでもして、その解決法を考えてるから・・・・・・ね。」
「・・・・・・私だって、考え事ぐらいしたいときあるわよ。」

 突然、声の調子が弱くなったのを感じ取り、パティの表情が固まった。

 本当に今日のラクチェはどこかがおかしい・・・・・・
 あれ? こういう症状、どこかで見たことがあるような・・・?
 と、思い、ふっと・・・その答えが脳裏に閃いた。

「ラクチェ、好きな人ができたんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・へ?」

 自分の脳裏にひらめいたその答えをさらり、と言ってのけたパティに、今度はラクチェの顔が破顔する・・・俗に言う「美人も台無し」という表情である。

 そんなラクチェの様子にご満悦したのかパティが、くすっと笑みをもらす。
 どことなく、意地の悪い笑み。

「男に興味がないと常々公言してたラクチェにもついに春がきたのねー・・・」
「な、な、なに言ってるのよ!! どうして私が・・・す、好きな人なんて・・・・・・・」
「うーそーつーきーv 恋に関しては先輩の、この私に見抜けないものなんてないのよvV」

 ふふんと勝ち気に笑ってみせたパティ。
 先輩である、というのは彼女がすでにレスターという恋人がいるためであり、それに少なくとも色恋沙汰に関しては凡人より鈍感なラクチェよりは、わかるというくらいなのである。

 ぱくぱくと金魚のように口を開閉しているラクチェを後目に、パティは思いつくかぎりのラクチェの恋の相手を思案し始めていた。

「相手として候補にあがるのは・・・シャナン様は違うとして・・・」

 シャナンはラクチェにとって憧れ「だけ」の存在である。
 だから却下。

「セリス様はユリアにべったりだし・・・」

 のちに兄妹とわかるのだが、そうでなくてもこの二人はお似合いのカップルである。
 いつもユリアの側には楽しそうに微笑んでいるセリスがいる。

 そのことは軍内でも有名だ。

「リーフ様は・・・ナンナでしょ?」

 トラキアから来た若き二人は幼なじみとして小さい頃からフィンに育てられ・・・そのフィンもラケシスという伴侶がいる。ナンナは彼らの娘だ・・・おそらくその頃から続く純情なのだ。

 お互い、とくにリーフがどこかぽやっとしていてナンナの気持ちに気づいていない節もあるが。

「デルムッドはティニーとだし、アーサーはフィーでしょ・・・・・・」

 先にも述べたナンナの兄であるデルムッドは、前線で鬼神のような活躍をしている・・・何しろ傷だらけになりながらも敵の攻撃をかわしにかわし、滅多なことで敗北しないのだ・・・のを、ティニーが一目惚れし・・・ティニーにはかなりの親衛隊がいたのだが、恋愛には関係ないと思われていたデルムッドにかっさらわれてみんな叫んでいたそうな・・・・・・現在に至る。

 優しかったイシュトー兄さまに似てるの・・・と顔を赤らめながら女性陣に、ティニーはそう話したことがあった。
 それからの馴れ初め、とやらである。

 アーサーはティニーの兄であり、ティニーとデルムッドのことにはそれはそれは腹を立てたそうだが・・・もう彼女も年頃ということで丸くおさまったそうだ。
 それに彼には一緒にセリス軍に入ったフィーとはすでに公認の仲である。

 戦場で怒りつきのライトニングをぶっ放すアーサーと、その彼の横で某アタックを敵に仕掛けるいわゆる「怒りアタック・元祖(新はもちろんティニーたちだ)恋人s」がいることは敵にとって恐怖以外のなにものでもないだろう。

「他にもいっぱいいるけど・・・・・・・ねえ、ほんとに誰なの?」
「だから・・・・・・」

 さっきから好き勝手なこと・・・しかも先ほどから名前があがるのは全員「恋人持ち」である・・・言い残しがあるとすると、ラナとラクチェの兄であるスカサハ、アレスとリーンぐらいだ・・・・・・を言うパティに、ラクチェは頭が痛くなってきた。

 ・・・・・ここでヨハルヴァの一言もでないのが、なんとなく哀れだ。

「もう、パティ・・・楽しんでるでしょ?」
「そりゃあ、滅多にないもん。ラクチェの恋話なんて。」

 あははは、と気楽に笑うパティに、ラクチェの頭痛はピークを迎えようとしていた。

 ・・・それでも、と思う。

 それでも、この気持ちはやっぱり恋なのだろうかと思い、ラクチェは小さな溜め息をついた。
 そんな、昼下がりの午後。



 戦乙女。
 斬姫。
 
 戦場を駆けめぐる、あの強い女(ひと)はそんな言葉がとてもよく似合っています。

「そういえばさ、コープル。お前、好きなヤツの一人ぐらいできたか?」

 城内の広い廊下を歩きながら突然そう聞かれて、コープルはふと現実に引き戻された。
 目の前を歩いていたレスター、それにスカサハとデルムッドが自分のほうに振り返っているのを見て、コープルは慌てて立ち止まった。

「え、えと・・・好きな、人・・・ですか?」
「そうそう。お前さ、もうここに来てけっこうたってるんだし、そういう浮いた話も出てくる頃なんじゃないのかなー?」

 コープルにそう言いながら(面白がっているのだろう)、にっと白い歯を見せて笑うレスターにスカサハが苦笑いをこぼした。
 デルムッドはやめてやれよ、とは言っているものの本気でレスターを止めるつもりはないらしい。

 彼らだって年頃だ。
 
 それにそういう浮いた話とやらであるからこそ、今、比較的『休息』時間であるここでしかできないから、という理由もあるのだが。

「いるんなら白状しちまえ。あ、道ならぬ恋はいいけど、ここの横恋慕・・・とくに相手の決まってるヤツはやめとけよ?
 聖戦士の武器なんかで襲われたらひとたまりもないからな・・・」
「レスター・・・・普通、そういう武器で人を襲うヤツなんてここには・・・(戦争中のぞく)」
「いるじゃん。デルムッドの従兄弟とか。」

 ・・・・・・黒騎士(アレス)かよ・・・
 そうスカサハとデルムッドは思った・・・・・・しかし否定の要素がない(まて)ので、あえてレスターをつっこむのはやめておいた。

 対するコープルはどこか困ったような顔をして、

「・・・・・・恋、かぁ・・・皆さんはもういらっしゃるんですよね? 恋人・・・」
「そりゃあもう、パティのぞいてかわいい子ばっかり。」
「自分の恋人に言うか、そういうこと。」
「いいじゃん。今、いないんだし。」

 聞かれていたら父親譲り(ただし使い回し。だってお父さんは弓兵だったから)斬鉄の剣で後ろからざっくり(しかも追撃つき)刺されていることだろう。

 冗談のつもりだろうが、それが危険なのである・・・・・・

 三人の話を聞きながら、コープルはふと窓の外を見上げた。
 どこまでも青い空が広がる。

 ・・・・・・一瞬、ふっと心に誰かの姿が浮かび上がった。

「・・・? あれ・・・?」

 コープルのその不思議そうな呟きは、幸いなことにレスター達には聞かれずにすんだ。
 ただ、彼自身もその小さな『疑問」に気づくことはなかった。

 その『疑問』が、いったい何なのか。
 それを気づくのは、もう少しあとのことになる。


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