すべての、心に花を咲かせる人々へ捧げます!





  イィンシー・ウィンシー・モンスターパニック
   -そうそう、人の心をこれでもかっていうくらいにかき回すのが大好きなのは、大抵は悪魔だったり、怪物だったりするんですよね?-






  鼻歌まじりの穏やかな午後。
  季節はまだ冬が深い。
  今日だって吐く息は白く、部屋から一歩外に出るたびに感じる肌の冷たさは、思わず身を震わせるくらいだった。

  それでも陽は高く、穏やかだ。

  冬の日の太陽というのは弱いだのなんだのと言われがちなのだが、夏のものとは違う、穏やかな気配を見せている。
  目に映る中庭の様子は、お世辞にも華やかとは言い難いのだが、それでも冬なりの静かな美しさを秘めていた。

  はぁ、と白い息を吐く。

  今日も良い天気だ。
  
  冬は寒いのは当たり前で、寒い寒いと言っているからといって、良い天気ではないという道理もない。
  
  そう、今日もとても、平和だ。




 「兄上、どうしたのです。」

  そんな風景を眺めていた曹昂のすぐ横で、秀麗な顔をした弟が眉を寄せて問いかける。
  曹昂が振り返ると、その問いに対して、小さく笑みを浮かべた。

 「うん。」
 「答えになっていません。」
 「え。うーん……今日も良い天気だなって思って。」

  それだけで笑っていたのか、と思いながらも、曹丕はただそうですか、とだけ言ってまた手元に視線を落とした。

  広げられている木簡には相も変わらず難しい内容が徒然と書かれている。
  曹彰あたりが見たら熱でも出して卒倒(失礼な)しそうな内容であったが、それを別段、苦にするまでもなく曹丕はそれを読み進めていく。

 「子桓。」

  弟のそんな様子を長めながら曹昂が声をかける。
  曹丕が何事かと顔を上げると、彼の眼前に、何かが差し出された。

  何なのだと直感で固まってしまった曹丕だったが、そんな彼の鼻腔に甘い香りが漂ってくる。

 「……兄上?」
 
  疑問系で名を呼べば、曹丕の眼前、というか口の前にその物体を差し出している曹昂は楽しげに笑ったままだ。
  穏やか、というより、悪戯をして遊んでいるような、顔。
  曹家の嫡男としてのものでも、兄としてのものでもない。

  曹昂としての、顔だ。

 「実はね、父上から面白い話を聞いたんだ。」
 「父上から?」
 「うん。」
 「……どの、父上ですか?」

  都合上、曹丕(以下、兄弟全員)の父親は合わせて五人ほどいる。
  それは溌溂としながらも人間味に溢れた白髪の妙齢の男性であったり、末は曹丕と同い年と見まごうような男性であったりもする。
  
  そのことに気付いたのか、曹昂がぽん、と手を叩いて頷きながら答えた。

 「一番上の父上だよ。」
 「ああ……」
 「今日はね、子桓。大切な人に贈り物をする日なんだそうだよ。」

  贈り物。
  甘い物が主だったものなのだそうだが、自分の心にいる大切な人への、贈り物を渡す日。

  曹昂が差し出しているのは、甘露の香りのする焼き菓子だった。
  
  合点したように曹丕は頷きながら、少しだけ唇の端を持ち上げる。

 「……いただきます。」

  さくり、

  差し出された菓子を一口かじる。
  それを見ながら、曹昂は楽しげに笑ったままだ。

 「おいしい?」
 「はい、とても。」
 「そう。よかった。」

  もっといるかい? と、また菓子を差し出されて、曹丕は小さく息を吐いてから視線を持ち上げる。

  答えは、手元に広げられていた木簡が閉じられたことで、答えられたようなものであった。











 「……………なぁ、士載。俺が悪かったから、いい加減ここあけてくれないか…?」

  何も言わず、ノックもなしに陳泰が部屋の扉を開けたのは、そこが勝手知ったる輩(一応、恋人)の部屋であったからだ。
  それはまあ、悪かった。
  親しき仲にも礼儀あり、という古い言葉が物語っているとおり、いくら気心が知れているとはいえ、いきなり扉を開けるのはかなり失礼な行為だったりするのだ。

  しかし鄧艾もそんなことを気にするような人物ではない。

  部屋の扉がいきなり開けられようとも、いつものこと、と軽く受け流すのが常であったのだから。
  だが、今日は違った。

  違った証に、

  部屋の扉を開けた陳泰と目が合ったときの鄧艾の慌てぶりは、それはもう違っていた。
  何しろ、目があったその時に、陳泰に向かって固い物体を投げつけてきたくらいなのだ。

  見事それが額にクリーンヒットした(そのとき、スコォン!! と、とてつもなくいい音がしたくらいだ)陳泰は、扉から廊下へと倒れ込み、起きあがろうとしたところで扉を閉じられてしまった。


  何がなんだかわからないまま、鄧艾は扉を閉め、鍵までかけた。
  そこから一向に出てくる気配がない。

  先ほどから、扉を軽く叩きながら謝罪の言葉やら宥め賺す言葉やら、何やかんやと使っているが一向に反応がないのだ。

  さてさて何をそんなに怒らせたのか。
  今回は見て欲しくないものがあったのか。
 
  ぐるぐるとそんなことを考えていると、ふと、足下に落ちているものに視線が向けられる。

  先ほど、というか、自分にぶつけられた物体。
  布にくるまれた何か。

  視線がいってからそれが気になってしゃがみながら手に取ってみる。
  軽い。
  意外と軽い(確かに、額に当たったときもいい音はしたものの、音自体が軽かった)その重さに、何が入っているのか、と思いながらも、布を広げてみる。

  その中身に、陳泰の目が丸くなった。

 「…………士載。」

  扉の側にいるのはわかっている。
  気配がしているから。そのくらいは陳泰にだってわかる。

  手の中のものを下げながら、とん、ともう一度、扉を叩く。

 「士載、開けて。」

  とん、とん。

  根気よく扉を叩きながらも、陳泰は緩む頬を止めることができなくなっていた。
  笑い出したい衝動にかられるのを必死で我慢しても、だらしなく緩んだ頬が止まらない。

  とんとんとん。

 「開けて。」

  手の中には、小さなお菓子。

 「………開けてくれないと、貴方にキスできないでしょ?」

  さて、天戸の扉が開かれるまで、あと何秒か……










 『奉先殿への、甘い物全面禁止令発動』

  この発表に、今日のこの日を楽しみにしていた全員がブーイングの大合唱だった。
  
  遠く、西涼の地から、ツンデレ気質をこれでもかというくらいに抑えつけてやって来た呂姫。
  遊びに来たついでに呂布を攫うつもりでいたという一喝馬超(その後、呂姫と対決状態になっていたが)。
  南蛮の地からも、たくさんの貢ぎ物が届けられていた。
  (今は引退している劉表たちからの美味しそうな果物の山だとか)
  鄧艾たちからの贈り物もあった。
  軍師たちからの差し入れだってあった。

  陳宮と高順は、仕方なさそうにしていたが、厳氏と貂蝉は「張遼ってばずるい!」と怒ってもいた。
  西洋の資料を見て作ったというお菓子を両手に抱えてやってきた蔡文姫たちも、「ずるいずるい!」と大騒ぎだ。

  しかし、しかして、今回。
  
  その発動の大元、つまるところの魏での実質的な呂布の保護者としての位置を確立している張遼の決定は揺るぎがない。

 「仕方ないでしょう。」

  せっかくの甘い物の大量の差し入れを、無下もなく断っていく張遼に、当人の呂布だって腹を立てていた。
  昨今の事情から、背がちっこくなった上に無類の甘い物好きになった呂布にとって、今回のことは腹立たしい以外のなにものでもない。

  ぶーたれて部屋の隅っこから背を向けたまま動こうとしない。
  
  小さな子供のようだ。
  いや、元々、張遼に対してだと接し方が子供というか、まあ年相応とは言い難い反応をする呂布に対して、張遼は溜息をつく。

 「本当に、甘いものの食べ過ぎで虫歯が出来そうなのですから。」

  俺ハ大丈夫ダ。

 「そうはいきません。」

  華侘殿に診ていただくまでは、と釘をさらに刺しておく。
  そう。
  甘い物の食べ過ぎかどうか(まあそれが一番の原因なのだろうが)、呂布は虫歯ができかけているのだ。

  まだ歯が黒くなる一歩手前。

  しかしながら、これ以上、無作為に菓子を食べ続けていたら歯が菌におかされ、黒くなるのは目に見えている有様。
  なので、華侘の診断を待つまでは菓子は全面禁止。

 「奉先殿。」

  張遼だって呂布を思っての決断なのだ。
  どうでもいいのならそんなこと言ったりはしない。
  
  ぶーたれたまま部屋の隅っこで後ろを向いている呂布を見つめる。

  息を吐いて、足を進める。

  一歩。
  一歩。
  また、一歩。

 「奉先殿、」

  呼びかけながら手を伸ばす。
  
  後ろを向いたまま振り向きもしない呂布を抱き上げて、張遼は胸に抱く。
  それを感じ取っているだろうに、やはり呂布は見向きもしない。

 「……今日くらいは私の言うことを聞いてください。」

  ……………ウルサイ。

 「…皆には、私からきちんと謝罪しておきます。ですが、あまり無作為に与えてもらっても困る、というのをわかっていただかなければ。」

  いくら贈れば喜ぶからとは言っても、量が問題なのだ。
  呂布は以前の大きさではない。

  本当に小さな子供程度の大きさ(容量)しかない。

  そのうえで一人一人の量が半端ではないのだ。
  虫歯にもなろう。
  天下無双の将軍が虫歯になった、などとは笑い話にだってならない。

 「……わかってください。」

  …………………

 「奉先殿。」

  抱きしめたままの手で、張遼はやんわりと呂布の頬を撫でる。
  ぎゅぅ、と抱きしめられた腕が優しい。

  あたたかい。

  その感触に、呂布は、小さく溜息をつく。

  ワカッタ。

  それから根負けして、小さく了承の意を出して答えた。
  
 「そうですか。」

  アア。

 「……明日には華侘殿もいらっしゃいますよ。」

  アア。

 「…そうしたら、私からも少し、差し入れをさせていただけますか。」

  ぽつりとこぼれ落ちた言葉に、呂布が顔を上げる。
  視線の先の張遼は、優しく笑ったままだ。

 「桃マンです。美味しいところを龐徳から教わったので。」

  是非一緒に、と張遼はそう言って笑っている。
  呂布はその誘いにしばらく目を丸くしていたのだが、やがて、しょうがないな、と言った感じで頷いて応えてみせた。







  それぞれの風景、というわけで。


 <終わり>