今更ながらなので説明するまでもないのだろうが。

  呂布はちっこくなっていた。
  ちっこくなったままそれは治る気配さえもなく、全長30センチのままなのは小さな我らが武の化身。

  そんな武の化身。
  そして三国最強の名を欲しいままとする彼は、庭先にある長椅子の上で丸くなって眠っていた。
  春の陽気のその中。

  柔らかな風が、花の匂いを運んでいる。
  
  時折聞こえる鳥の声を背後に、呂布はこれ以上ないくらいに昼寝をしていた。
  (仕事は放棄している。今日はやり遂げる気分ではなかったらしい(苦笑))

  側には赤兎の姿はない。
  いつもなら外で昼寝をするときは大抵、赤兎の姿があるのだが今日はない。
  なので呂布は一人、春の陽の下で、すぴすぴと健やかに眠っている。








  手の鳴るほうへ。 −お昼寝中です。皆さん、起こさないようにそっと、ですよ?(しー。)−








  そこへケ艾が通りがかった。
  さくさくと足音をたてていたのだが、庭先の椅子の上で丸くなって眠っている呂布を何となく見つけて、目を丸くしている。

  そのまま側へと歩み寄り、呂布をジッと見下ろした。

  手を伸ばして鼻先へと近づけて、息をしているのを確認すると、ホッと息を吐く。
  どうやら倒れたのではないかと心配になったらしい。
  とにかく、呂布が昼寝をしているということは理解できてようで、口元をうっすらと綻ばせて彼を見つめていた。

  おそるおそる指先を伸ばして、呂布の頬を指の背で撫でる。
  
  感触に呂布が、ムゥ、とむずがゆそうに呻くと慌てて手を引っ込めた。
  何やら猫が寝ているような感じである。
  
  そんなことを思ったかどうかはわからないが、ケ艾はそこで自身が仕事に向かう最中であったことを思い出した。

  呂布のことは気になる。
  しかし、仕事を放棄するわけにもいかない。

  仕方なくケ艾は息を吐くと、せめて寒くないようにと自身の外套を取る。
  そのままそっと呂布へとかぶせて、ぽんぽん、と身体を軽く叩いた。

 「……おや、すみなさい……呂、将軍。」

  ぽつりとささやき、そのままケ艾は踵を返して歩き出す。

  外套は起きた後に返してもらおう、と思いながら。



  しばらくしてそこへ呂姫が妹を連れ立ってやって来た。
  どうやら西涼軍の使いとしてやって来たらしく、城の侍女に案内されながら庭の側の廊下を通りがかったのだ。

  そこで何の気無しに庭を見ていた妹が、呂布の姿を見つけて、あ、と声を上げる。

  その声を聞いて呂姫も気がついて足を止めて、視線の先を確認すると驚きに言葉を失った。
  おとうさま、と口の中で呟くと先を行く侍女に何も告げないまま、椅子の側へと小走りにやって来る。
  それに妹も続いた。

  二人して椅子の側までやって来て呂布の様子を確認する。

  そして彼が誰かのはわからないが、外套に包まれて眠っているだけだということに気がついて、安堵して大きく息を吐いた。
  しかも二人ほぼ同時に、である。

  ああ、でもそういえばお父様はお昼寝とか好きだったわね、とどちらかが呟いて、どちらかが頷く。

  呂布のことは気になったが、侍女を待たせているのだし、気持ちよく眠っているのを起こすのも忍びない。
  後でまたやってこよう、と呂姫が決めて、妹も了承した。

  それから二人は身体が痛くならないように、と呂姫は服の袖を、妹はマントを使って柔らかな寝床を横に作ると、二人して呂布をそこに寝かしつけた。
  起こさないようにと注意してそこに置くと、二人は揃って笑みをこぼす。

 「おやすみなさい、お父様。」
 「またあとで参りますから。」

  そう囁いて、二人は歩き出す。
  つもる話もあるのだし、寝床に使ったそれらをその時に返してもらおう、と思って。



  次にやって来たのは、曹兄弟であった。
  和気藹々として会話を交わしながらやって来たのだが、椅子の上にいる呂布を曹昴が見つけて立ち止まった。

  立ち止まった長兄の視線に気がついた弟たちもまた庭先のほうを見て、椅子の上で眠っている呂布を見つけて驚きに目を見開く。

  しかもどういうことか、やわらかそうな寝床つきである。
  うわぁ、なんか気持ちよさそう。
  いいよなぁ、となんとか言っている曹彰の発言に、曹植が苦笑をこぼす。
  曹丕はやれやれと溜息をついていた。
  曹沖は、本当にそうですねと納得していたが。

  静かにしていようね、と曹昴が人差し指をたてて、しぃ、と声を出す。

  それに弟たちも習って口を閉じた。
  あんなに気持ちよさそうに眠っているんだから、起こしてはダメだよ。
  寒くはないだろうし、ちょっかいを出してはいけないよ、と釘を刺しておく。

  全員はそれに応、と答えて、ゆっくり、静かに廊下を進んでいった。

 「また今度な、呂将軍。」
 「甘い物を持ってお会いに行きますか。」
 「僕も行きたいです、兄上。」
 「うんうん、みんなで行こうか。」
 「……全員で押しかけるつもりなのか。」

  そんなことを言い合いながら、兄弟は廊下を通り過ぎていった。



  次も大人数でやって来た。
  ワイワイがやがやと先ほどよりも大人数で、そして少し煩い。

  その中心人物であった茶色の髪の青年が、視線の先で呂布を見つけて、おおと声を上げた。

  そんな弟の頭にうるさい、と拳ひとつで黙らせて兄である青年が改めて顔を上げる。
  全員がそこに呂布がいることに気がついた。

  あいつあんなところで寝ているな、というのが大方の意見であった。
  風邪を引かないかどうか少し心配になったりもしたのだが、全身を温かそうな布でくるまれているのでその心配もないだろう。

 「そーいえばこっちは春だもんな。昼寝にはちょうどいいか。」
 「お前はいつでも好きなときで眠っているだろう。」
 「ああ、あんまり煩くしないようにな。」

  わいわいと、やはり話をしてしまうとどうしても大きな声になってしまう。
  その声に、呂布が眉間に皺を寄せて、ううぅん、と呻いて横に転がる。
  うるさい、という意思表示のようなものだ。安眠妨害。

  そういうわけでこの場からいち早く退散することにした。
  西涼軍と蜀軍のそれぞれ八人が、歩き出す。

 「ちぇ、呂布とはまた遊ぼうと思ってたのになぁ。」
 「またちょっかいを出しているのか、従兄弟殿。」
 「いつものことだろう?」
 「孟起殿。」
 「おう。」
 「拳骨追加。」

  その一言に、げぃん! と再び西涼軍の末の頭の上に鉄拳が振り下ろされた。
  いってぇぇぇ! という声は幸いにも風に消えて、呂布の耳に届くことはなかったのだけれど。



  それから何人も。
  何人も呂布のまわりにやって来て、それでも起こさないように注意しながらそっと離れていった。

  その間中、呂布は目覚めることはなかった。

  いつもなら人の気配がすればすぐに目覚めていたのに(赤兎もいなければ、身を守るものは誰もいないというのに)、今日はその気配がない。
  ただ、ただ、気持ちよさそうに寝息をたてている。



  そうして、やがて。

  

  さく、さくと、足音を立てて、呂布の側へと誰かが近づいてきた。
  その音と気配を察知して、呂布の今まで動かなかった瞼が、ぴくりと動く。

  ゆっくりと双眸があらわになり、朧気な視線があたりを確認している。

 「奉先殿。」

  そこへ呼びかける声。
  声の主が誰かを呂布はすでにわかっていたので、うん、と頷いて視線を一度だけ彷徨わせてから焦点を合わせた。

  瞳に中に映るのは、黄金の鎧。
  鳶色の瞳と髭。
  凛とした顔。気品のある雰囲気。

  緩められた口元が、鳶色の瞳をより一層に柔らかそうな雰囲気に彩っている。

 「またこのようなところで……」

  そう口にしながらも彼の声は優しい。
  呂布はまだ夢心地のような気分で、眠った体勢のまま首を傾げていた。

  かなり寝ぼけている。
  まあ、この陽気。そして身体をくるんでいる、見覚えのあるすぎる衣服やらのせいかもしれないのだが。

  そんなことを思いながら、彼は腕をのばして呂布の身体に触れた。
  あくまでも外套越し、服越しであったがそれにくるんだまま呂布を抱き上げて、すっぽりと腕に抱く。

 「ここでは風邪をひいてしまいます。ひとまず、私の部屋へ。」

  構いませんね、と彼が問いかけるのだが、呂布の意識は覚醒しきっていない。
  さらに対の腕が心地よくて、呂布はさらに睡魔に襲われていた。

  ゆっくりと、瞼が下がっていく。

 「奉先殿?」

  心地よい腕の中。
  それでも答えは返さなくては、と思って、ああと了承する。

 
  好キニ……シロ……ぶん、えん。


  それだけようやく伝えると、はい、と彼が答えた。
  その答えを耳にした瞬間、呂布はぱたり、と崩れ落ちて眠ってしまう。

  すぴすこと寝息をたてて、これ以上ないくらいに爆睡していた。

  それを見て張遼は困ったように笑いながらも、緩んだ口元が見られないようにと抱き上げた呂布の身体を持ち上げる。

  柔らかな髪の上に、そっと口づけを施す。
  呂布は眠っている。





  だってそこは、この世で一番「あんぜん」な場所なのだから。





 <終わり>