呂奉先という人物は、人の好き嫌いがはっきりしている。
  嫌いなものには本当に見向きもしない。
  だが、好きなもの、というか気にかかるものになると、言葉をかけたり答えたりする。

  そのなんともわかりやすいこと。

  だから、

 「……おはよう、ございます……呂将軍。」

  アア。

  この挨拶が交わされた時、その場にいた誰もが凍りついた。
  と、いうより驚きにその場の空気が瞬時に固まってしまった。

  知らぬは本人たちばかりで、当の二人はと言うと言葉少なに会話を交わしていたのだけれど。





 <第二次接触中> -不器用。ほんっとに不器用。まるで誰かに似ているかのような。-





 「……今日も、いい…天気、です……ね。」

  ソウダナ。

 「…今日は……鍛錬など…され、るの…ですか…?」

  昼過キカラダ。

 「………俺も…見に、行って…良い、です…か……?」

  好キニシロ。

 「…はい。」

  以上。
  まわりの硬直加減などまったく蚊帳の外にして二人は言葉を交わす。

  鄧艾が喋ったという時点で、今日はもう雪か嵐でも起こるのではないかと囁かれそうなものだが、その話し相手が現在、魏軍で居候(客将)状態である呂布であり、彼らが非常に解りづらいのだが親しくしているらしいことに、全員が度肝を抜かれていた。

  そして。
 
 「……呂布殿。」

  いつものように呂布を頭上に乗せたままの張遼は直にその事態に巻き込まれることとなる。
  呼びかけに答えるように呂布が下を見て、視線だけでその先を促す。

  同じく、鄧艾も無表情のまま呂布から、張遼へと視線を降ろした。

  感情の読み取ることのできない表情で二人揃って張遼の言葉を待っている。

 「………何時の間に、」

  そんな二人の無言の威圧(いくら呂布で慣れているとは言え)に冷や汗など流しながら張遼が言葉を探す。
  だが続きの言葉がうまく出てこなかった。

  あー、とか、ううん、など意味不明な言葉をもらす張遼を見ながら、呂布が小さく首を傾げる。

 「……先日…呂将軍、と……話を…」

  ただ、張遼の「何時の間に話をするようになったのか」という疑問を正しく受け取った鄧艾が、言葉少なに答える。
  静かな声。
  小さく、ともすれば呂布と張遼にしか聞こえないような音量であった。

  まわりの視線を気にしてか、鄧艾がちらりと視線を流す。

  それに気がついた張遼が、少し目を見開いてから表情を引き締めた。
  片手を上へと持ち上げると頭の上にいた呂布を降ろしながら彼と視線を合わせる。

 「呂布殿、私は先に行きましょう。後で鄧艾と一緒に来てください。」

  朝議ハ。

 「曹操殿のいつもの話でしょから少しくらい遅れても構いませんよ……鄧艾、頼めるだろうか。」

  声をかけられて鄧艾の瞳が少しだけ丸くなった。
  言葉を探すように小さく唇が動いているが声になっていない。

  張遼はそれを見ながら出来るだけ自然な動作で呂布を差し出した。
  小さくなってからこういう扱いが多いせいか、呂布は何も言わないがどことなく不満そうだ。
  むくれる顔を見つつ、鄧艾が困ったような雰囲気をみせる。

  それでも、ゆっくりと両手が上がり、そのまま呂布へと手が伸びる。
  
  まるで始めて『いきもの』に触れるかのように、おずおずと指先が触れて、鄧艾が呂布を手に抱く。
  鄧艾が呂布を手にしたのと同時に、張遼が手を離す。



  すると鄧艾の唇がほんの少し持ち上がった。
  笑っているのだろう。多分、嬉しくて。



  表情が崩れると、それだけで歳より幼い印象を受ける。
  笑うのにとてつもなく不器用。

  そのまま張遼は呂布へと顔を向け、口を開いた。
  
 「……ではまた後で。」

  ム。

  不満そうではあったが呂布もこっくりと頷いて答える。
  
  それを見て張遼が踵を返して歩き始める。
  それから硬直から興味へと移行して呂布たちの様子を見ている外野へと、視線を滑らせた。

  ここから先は邪魔をしてはいけない、という無言の脅しである。

  眼光鋭く見られて外野の人々もワラワラと動き始めた。
  ここに長居などして張遼に斬られるのも嫌である。
  遼来々は健在だ。呉どころか魏の泣く子も黙らせる。

 「……呂将軍……武術で…お聞き、したいこと…が……」

  何処ダ?
  
 「………それは…」

  しかし不器用かつ、いたってマイペースな張遼の背後の二人は気付いていないようであった。

  鄧艾はすでに表情を無くしていた。
  呂布も表情は薄いがそれはいつものこと。読みづらいが鄧艾の腕の上で顔を上へと向けている。

  廊下には既に人の気配はなくなりつつある。

  



  鄧艾と呂布。

  接点もなければ、似ている部分も全然まったくないと言っていい。
  きっと、今のような特殊な状況下になければ出会うこともなかった。

  ただ、

  あの笑い方だけは似ていたものがあったな、と鄧艾の仄かな笑みをただ一人見ることが出来た張遼はそんなことを思った。

  不器用で、笑い方を知らない。
  知ったとしても浮かび方はたどたどしく、そして見ることは難しい。





  そんなことを。





 <終わり>