はじめての出会いというものは、いつだって平凡なものだ。
<第一次接触開始> −「はじめまして」を、はじめましょう。−
新しく魏軍にやって来た将軍、只今目下ダントツトップを地でいくケ艾はとても無口な男である。
どのくらい無口かというと、十日間ほど一緒に仕事をしていた武官の誰もが彼から発せられた言葉を聞いたか、と尋ねたら全員が即座に首を横に振るくらい言葉数が少ないのである。
仕事は出来る。
並の文官、武官など足下にも及ばないくらい優秀。
戦場においてもその計略を遺憾なく発揮している。
しかし、無口だ。
話しかけてもただ頷くだけ、答えるかわりに書簡を手渡す始末。
人と喋るのが嫌なのか、それとも極度の無口なのかと全員が首を傾げている。
事の真相を知っているらしい司馬家の全員もそのことについての言及は控えていた。
よって真相は闇の中だ。
そんなある日。
ケ艾は一人、城の廊下を歩いていた。
陽の当たる庭と東屋が見える外側に面した廊下だ。
開け放たれたそこから陽の光が差し込み、板張りの廊下に光の乱舞を見せる。
それを眺めながら何の気無しにケ艾は外へと視線をうつした。
そして、足を止めた。
眼を僅かに丸くして、解りづらいのだがその表情は驚いているように見える。
そのまま何も言わずにケ艾は庭へと歩いていき、そのまま飛び降りる。
低い段差だったこともあり軽い動作でそれを行うと視線の先へと歩を進めていく。
サクサクと軽い音を立てて庭を横切っていく。
………誰ダ。
その時だった。
声が発せられた。それを聞いたケ艾の足もまた止まる。
ケ艾が視線を滑らせると、その先に東屋があった。
東屋。
それが先ほどケ艾が眼に止めた場所でもある。
そこにいた何かを見つけたからだ。
東屋の欄干の上。
そこに腰をかけて足をぷらぷらと上下させている呂布がいた。
相変わらずちっこいままだ。
声をかけられたケ艾はしばし困惑するように視線を泳がせる。
それを如実に見て取った呂布も眉を寄せて訝しげな表情を浮かべていた。
誰ダト聞イテイル。
見たことのない人物に威圧感をバリバリに放っていた。
呂布の言葉にケ艾はしばらく何かを考えていたようだが、やがてスッと手を前に出す。
そのまま礼の形を取ると、軽く頭を下げた。
「………ケ艾……と、言い、ます…」
静かな声。
いや、小さな声でもあった。
ケ艾は何やら言葉を口の中で探すような仕草を見せて、それからまたゆっくりと口を開く。
「…呂将軍……と、お見受け…します……お噂、を…聞い、て……いて…」
俺ヲカ?
「…はい……」
小さく首を傾げる呂布にケ艾も礼を解いて顔を上げる。
何カ用カ。
「…いえ……ただ…お話、を…」
俺ト?
ぽつりぽつりと返ってくる言葉に呂布も簡潔に答えてみせる。
呂布の問いかけに、ケ艾は、はいと言って頷いた。
ただケ艾は何処となく困惑したままだ。
その感情の動きに気付いた呂布が、どうした、と視線で問いかける。
視線の意味に、ケ艾は正しく、そして素早く気がついた。
だから意を決して口を開く。
「俺は…喋る、のが…うまく、なくて……将軍が、聞き取りづらい…のではないか、と……」
別ニ。
ゆるりと呂布が首を横に振る。
聞イテイレバワカルダロウ。
「……ですが…」
イイカラ。
無表情ながらも途惑う気配を見せるケ艾に呂布は、欄干からひょい、と飛び降りてみせる。
そのまま、てっふりてっふりと近づいていくと、ケ艾を見上げるような形で側までやって来た。
聞イテヤル。
だから喋れ、と呂布は言外に伝えてみせた。
その様子をケ艾は眼を丸くして見つめる。
だがやがて導かれるようにしてその場へとしゃがみ、そして腰を下ろす。
視線が下がれば、その分だけ近づくかのような。
「……いいです、か…?」
アア。
腰を下ろしたケ艾の前へと、呂布も地面に直に座ってみせた。
それをジッと見つめていたケ艾だったが、やがて唇の端を緩めていく。
「…感謝、します…」
緩く微笑む顔は、不器用さを残したものだった。
呂布はそれを黙って見つめていて、何も言わずにケ艾の言葉を待つ。
それからしばらく、この奇妙な取り合わせは東屋の側の庭先で話し込むこととなる。
平凡な出会いというのは、しかして当人にとって劇的な出会いと同位であることもある。
故にこの出会いは「当人」にとって劇的なものと匹敵するものがあったのだろう。
<終わり>