そう、貴方はとても不器用で、笑ってしまうくらい不器用で。
『きみのせかいはかがやいている。』
−とても、とても、目の眩むようなひかりを、−
張遼!
名を呼ばれ、振り返ったその先の光景を見て張遼は即座に石化してしまった。
魏の居城。
数多くの武将と、それを束ねる君主が住まう居城としては最大級の大きさを誇るそこは、やはりというか総てのものが規格外なほどに巨大なものが多かった。
室内は勿論のことだが、庭もそのひとつだ。
庭を彩る池。
木々。
花々。
庭園のなかの木立。
東屋。
そんなもののなかでも特に大きな木。
白い花が咲く花畑の中にある一本。
誰が植えたのかはわからないが、数多くの季節に寄った様々な花々が咲き乱れるあたり君主の人となりを示しているような感覚さえ受ける。
その木の上。
天に伸びる枝の上で、見知った主人がいる。
「呂布殿!!」
何をしておいでか! と叫びながら張遼がひとっ飛びで庭へと降りてくる。
廊下の欄干に片腕を支えして飛び越え、一気に距離を詰めてしまったのだ。
その運動神経は流石の一言につきる。
だがそんなものをものともせずに、呂布は楽しげに笑ったままだ。
にかり、と顔全体を歪ませるようにして笑う。
木登リヲシテイタ。
その不器用なくせに、子供のように無垢で裏表のない圧倒的なまでの笑みは威力が強い。
心に焼き付いて離れない。
そんな錯覚さえもたらす。
だがその威力のある笑みにも負けず、張遼は不機嫌そのものの面持ちで木の下へと早足で近づいていった。
そのまま枝の上を見上げ、厳しい顔で口を開く。
「ご自分が何をしておいでか、おわかりですか!」
楽シイゾ?
「そうではなく!!」
何の抑止力もなく「おもしろい」と真顔で言いはなった呂布に頭の痛い思いをしながらも、根気強く張遼は話を進める。
だいたい、こんなことで怒っても呂布にはあまり通用しないのだ。
何かと呂布のお説教役にまわることが多い気苦労の絶えない軍師ではないが、説教のひとつもきかないのなら言うほうも疲れる。
楽しいことは楽しい。
そんな感情表現もそうだが、行動理念も至極わかりやすい呂布という人間は、張遼にとっても胃の痛くなる相手でもあった。
「早く降りてきてください。」
オ前ハ来ナイノカ。
「………私はもう木登りを楽しめるような歳ではありませんので。」
そう切り返せば途端に呂布が不機嫌そうに唸り声を上げた。
しかしながら、本当にもう木登りをして楽しいと思えるような年齢ではない。恥ずかしさのほうが先に来てしまうのだからしょうがない。
それに、ここは自軍の城ではなく(呂布にとっては)あくまでも『招かれた』先の居城なのだ。
そのような場所で木登りを楽しむ、その思考回路にもいささか疲れたのだが。
「危ないですし。」
俺ハ落チンゾ。
「そういう問題ではありません。私も心配です。」
だから早く、と張遼が言う。
そこから降りてきて、それから小言を言おう。
そう張遼は心に決める。
小言は半分以上は『うるさい』と切り捨てられてしまうのだが、言わないわけにはいかない。
呂布は武将なのだ。しかも、一応、齢も重ねている。
いい加減にしなさい、と言っておいたほうが後々の行動も制限できる。
……はずだ。
制限できそうな気がしないわけでもないが、しないよりはよっぽどマシだと思うことにした。
だが、そんな張遼の心情などおかまいなしで、呂布は彼のほうをじぃ、と見つめていた。
ここのところ見慣れたが丸っこい瞳はそのまま張遼の姿を映し込んでいる。
小さな手が枝の上で不意に、動いた。
ワカッタ。
返答は実に簡潔なものだった。
それに安堵したのか張遼が、ホッと息を吐く。
張遼。
「はい。」
受ケ止メロ。
「はい………て、は? はぁ!?」
呂布の言葉の意味を一瞬理解できず、だが返事だけは反射的にしてしまった張遼が慌てて顔を上げる。
張遼の返事を聞いたその瞬間に、何の迷いもなく呂布は枝へと足を蹴り上げて宙へと飛び上がった。
しなやかに枝が曲がり、呂布の小さな身体がひらりと重力に逆らって躍る。
張遼はもう、何も考えていなかった。
驚きやら何やらとにかく心が激しくかき乱されたが、宙へ舞い上がった呂布を見たとき総ての思考回路はぶっ飛んだ。
根本から切れて、いわば『真っ白』な状態になってしまったのだ。
そのまま、勢いと日頃の運動神経を用いて張遼が重力に従って落下してきた呂布を受け止めたのは、数秒もたたない後のことであったが。
ぽすん、と。
以前のままの巨体ならば絶対に押しつぶされていただろう呂布の体を、張遼は受け止める。
腕のなかに受け入れて、そこで始めて我に返った。
ぜぃぜぃ、と激しい息切れと動悸が、自分の混乱ぶりを現しているかのようであった。
流石ダナ。
しかし、呂布は暢気なものであった。
破顔一笑。
混乱の極みにあってなお呂布を受け止めた張遼を見て、楽しそうに笑ったままだ。
その顔が酷く無防備で。
あけすけで。
何の裏もない、ただ真っ直ぐな瞳と心根だけで構成されているのを張遼は見た。
確かに見た、と思った。
…………張遼?
話しかけても反応のない張遼にようやく気付いた呂布が、彼へと声をかける。
見上げれば張遼は固まっていた。
完全に固まってしまっていた。
ドウシタ。
あの流れからすれば怒鳴りつけられるのだろうな、と半分は思っていた(もう半分は? と疑問の残るところであるが、そこは呂布自身にしかわからないので却下だ)のだが、反応がない、というのは考えてもいなかった。
なので、呂布はどうしたらいいのかわからなかった。
張遼。
仕方なく、何度も呂布が張遼の名を呼ぶ。
口にして抱き上げた二本の腕の主の顔を見上げるのだが、やはり反応はない。
微動だにもしない彼に、呂布がいよいよ混乱してくるのだが、張遼だってどうしたらいいのかわからない。
だからしばらく、二人はどうしようもないままでいるわけになる。
胃も痛くなるばかりで。
腹の底から怒鳴りつけたいときも。
その子供のように浅はかな行動を非難するときだって、ある。
だが、どうしたって張遼は呂布から離れられない。
離れられる、わけがない。
【終わり】
どうしよもない追記。
・張遼さんは呂布さんに自分から触るのはどうも感じないし、触れられるのも別に良いのだけど、突発的に(何の前準備もなく)触られるのはものすごく苦手。
どうしたらいいのか先んじられないので、対処の仕方がわからない。
・笑顔にも弱い。
どうしようもなく弱い。
無防備に満面(だけどとてつもなく不器用。そこがまた呂布らしい笑みになる)に笑われると弱い。
・今回はそれがダブルパンチだったので、思考回路停止。
・追記しないとわけがわからない話ってのも、どうもあかんような気がする。
気分がのったら再考したいです。今回は勢い任せなことがほぼ決定しているので、このままで出します(笑)