「なんていうかなぁ。」
いつもの昼下がり。
すっかり魏軍に居着いてしまった(客将としての身分は変わらないのだが)呂布を前に、龐徳は深々と溜めていた息を吐き出す。
「すっかり慣れちまってるよ…」
それを耳にしているのだが、気にも止めずに呂布は目の前に並べられている菓子の数々を口にしていた。
がつがつと音まで聞こえてきそうなほどの見事な食べっぷりである。
もう周知の事実であるが。
呂布は甘いものに眼がない。
ちっこくなってから始めて食すことが出来た……驚いたことに、彼は生涯ただ一度もそれまで甘いものを口にしたことがないというのだ。果物などは別として……以来、甘いものを目の前に差し出されると反射的に手に取ってしまう。
それで曹操に遊ばれたり、女性陣から餌付けされたりしているのだが、そんなもの本人はまったくといっていいほど気にしていない。
今までの量を根こそぎ吸収するつもりなのか、と思うほどの見事な食いっぷりである。
目の前でご相伴に預かっている龐徳が感心(というより……)してしまうほどであった。
次々となくなっていく皿の中身を眺め、それから気まぐれに皿の中のものへと手を伸ばす。
指先で小さな金色の巾着を手に取り、ぱくりと口の中へと放り込む。
その途端に巾着(ちなみに、卵で作られたものだ)の中からじんわりとした甘さが口の中いっぱいに広がる。
しつこくない甘さだというのに、それはいっそ新鮮で味が舌の上に残る。
甘いなぁ、と龐徳は思った。
ウマイカ?
その時、声をかけられて龐徳は視線を下へと降ろす。
見ると、机の上で半分以上かぶりついた饅頭を手に呂布がこちらを見上げているのに気がついた。
うまいか、というのはおそらく自分の持っている菓子についてのことなのだろう。
そう思い当たり、龐徳は頷きながら答える。
「ええ。あんたも食ったんでしょう?」
ソレハマダダ。
だから気になったのか、と納得して龐徳は頷く。
それから皿の上に置いてある巾着を1つ指先で掴むと呂布のほうへと差し出さした。
「結構いけるますぜ? 食ってみますか。」
ウム。
こくりと頷いて呂布は差し出された菓子を手に取る。
そのまま端の方からかぶりついて口に入れ、租借する姿はどことなく小動物を思わせて、天下無双と詠われた呂布のそんな姿にたまらず龐徳は笑みを噛み殺す。
そう。
こんな姿にも、もうすっかり慣れてしまったのだ。
それは、とろけるような甘さで。-甘い。甘過ぎです。ちょろ甘ですよ(笑)。-
「龐徳。」
そこへ新しい菓子を籠一杯にして持って、張遼が二人のいる部屋へと戻ってきた。
元々、張遼と呂布の二人きりの『おやつのじかん(笑)』だったのだが、そこへ龐徳が書簡を持ってやって来てしまったのだ。
書簡の内容は別段急ぎのものでもなかったのだが、ちょうど茶の準備もしていた張遼が「お前も飲んでいくか」と誘ったのである。
いや、本音を言えば二人きりの邪魔などしたくないのだが。
そう龐徳は言いたかった。
しかし、言えば言ったで呂布が怒り出すのは目に見えていたので、曖昧に、はぁ、と頷く。
呂布のほうを窺ってみると、彼は少しだけ不機嫌そうな顔をしていたが、既に桃饅頭にかぶりついていた。
どうやら菓子に命を助けられたようだ。
そんなことを思いつつも、龐徳は指し示された椅子に腰を落ち着けて、茶をすすり、菓子を口にしていた。
「おかえんなさい。」
「ああ。」
オカエリ。
龐徳にならって口にしたのだろう。
呂布はかなりの棒読みで戻ってきた張遼へと言葉をかけていた。
その声を聞いた張遼の顔がおかしそうに緩みながらも、はい、と頷いて答える。
「ただいま戻りました……菓子のほうは、もう?」
「ないですね。」
ナイナ。
張遼が出て行く前にはちゃんと中身のあった空になっている皿を見つめる。
空けた時間は台所と部屋を往復するくらいだったものなのだが、その間になくなってしまったらしい。
持ってきて良かったと笑いながら、籠を差し出す。
中には饅頭の他にもたくさんの種類の手作り菓子が入っていた。
「どれもこれも城の侍女たちが腕によりをかけて作ったものですから。」
ほら、と籠の中を見せると、龐徳がうまそうですな、と顔を綻ばせる。
呂布はと言えば嬉しそうに瞳を輝かせて見つめている。
何も言わないが視線が物語っていた。
その様子を見て張遼は顔が緩むのを止められなくなっている。
この菓子を作ったという侍女たちも呂布のことは承知していた。
彼が甘い物が大好きだということも、甘い物に目がないということも。
そして彼はうまいものは何でもぺろりと平らげてしまうのだ。
おいしいおいしい、と。
そう言って何の遠慮もない。
何の損得もない掛け値なしの賛辞は、侍女たちにとっても嬉しいものだ。
だからこそ腕によりをかけて菓子を作ってくれる。
甘い香りがふんわりと部屋の中に広がって、空気に解けていく。
「どれから食べようか目移りするくらいですね。」
龐徳がそう言いながら、どれにしようかな、と菓子の数々を指でさしながら示していく。
「私もどれにしようかと迷うくらいですよ。」
オ前ハマダ食ベテイナイノカ?
と、首を傾げながら呂布が張遼を見上げる。
聞かれたことに、張遼は、ええと言いながら頷いた。
「なんだ、つまみ食いくらいしてもいいのに。」
「お前と一緒にしないでもらおう。」
すっぱりと龐徳の言葉を切り、張遼はそう言いながら机の上へと籠を置く。
呂布はそんな二人のやりとりを見ながら、そうか、と呟いた。
何がそうなのかと張遼が問いかけようとして口を開きかけるのだが、それは言葉にならなかった。
スッと、張遼の前に呂布が口にしていた饅頭のひとつを差し出したのだ。
「………呂布殿?」
行動の真意がわからず、名を呼ぶことで疑問を伝えると呂布が再度、饅頭を差しだしながら、
コレハ中々ウマカッタゾ。
だからお前も食え、という意味らしい。
差し出したまま呂布は張遼が動くのを待つ。
龐徳はそれを間近で見てしまい、うわぁ、と呟いた。呟くだけにして、そしてここからどうやって抜け出そうかと算段を巡らせる。
そもそもこの二人の憩いの場に交わるというのは、どうも嫌なのだ。
なんだかもう、あてられてしまいそうで。
「そうですか。」
ああ、なんだかもう雰囲気が違う。
早くこの場から離れてしまいたい。
そう龐徳は思った。
思っただけで行動には出さなかったのだが、それを龐徳は後悔することになる。
「では、」
そう、ありとあらゆる意味で後悔する。
「いただきましょう。」
張遼はそう言いながら、スッと顔を呂布のほうへと近づける。
呂布の差し出された饅頭へと口を近づけ、ぱくり、とそのまま一口かじる。
うわぁ、と。
本当にうわぁ、と龐徳は空白の声を出す。
せめて視線だけでもその空気にあてられまい、と首を90度ほど巡らせて視線を滑らせる。
光景だけは見るまい、として。
「………おいしいです。」
ダロウ。
呂布の答える声もとても嬉しそうだ。
見るまでもなく、そう感じられて龐徳は大きな溜息をつく。
この場に自分がいることを忘れているのではなかろうか、と龐徳はそんなことを思いながらも、何も言わずに窓の外へと視線を流す。
そもそもなんで自分はここにいるんだろうなぁ、と。
いや、お呼ばれをしたからこそここにいたんだが。
まあ呼ばれてそのまま来てしまった自分の軽率さもあるんだろうけれど。
窓の外を眺めながら龐徳は小さく息を吐く。
早く二人のうちのどちらでもいいから気がついてくれないだろうかと願いながら、思いながら。
それまではこのある種の拷問のような光景は広がるのだろうな、と。
はぁ、と溜息をついた。
<終わり>