*このお話は、OROCHIのドラマティックモードにあった『呂布と慶次、忠勝』。
  三人だけで天下取れんじゃね? なメンバーによって遠呂智が倒された後のお話、というある種のパラレルな下地がございます。
  この注意書きだけでイヤな予感がした方はお帰りくださいませ。

  それでは、






  呂布は、窓辺の縁に寄りかかりぼんやりと外を見ていた。
  見つめる先には冬のなかの穏やかな日溜まりに広がる庭が広がっている。

  『世界』は、平和だった。
  創造主が消えてもまだ、この混沌とした世界は崩壊への道を緩やかにゆっくりと辿りながらも、まだその形を保っている。
  そのせいもあってか、山賊の出現などのいざこざはあるがそれは小さなこと。
  大きな戦もなく、世界は、国々は平和を享受していた。

  いつか来る『世界の終わり=元の世界への道』を先にしてまで、人々はこの世界の覇権を争おうとは思わなかったらしい。

  そんなまるで湯のなかに肩まで浸かっているかのような平穏は呂布にとっては退屈極まりないものであったはずなのに、彼の心はあくまでも穏やかなままだ。
  いや、穏やかにならざるをえない、と言ったほうがいいのかもしれない。
  何しろ、力への渇きにも似た欲求を満たしてくれる相手が、自分の治める国、しかも城のなかに客人として招かれているのだ。
  渇きを覚えたとき、それを思う存分ぶつける相手が手近にいる。

  拮抗した力。
  暴威。
  嵐。
  脅威。
  言葉にすれば一つとして同じものが見つからない。
  そんな力の持ち主たちを前にして、力への欲求など満たされて当然である。

  ただ少し不満があるとするならば、あると呂布は答えるだろう。





  呂奉先の怠慢なる日常。−「欠伸さえ出ないような、怠慢で、それでいて五月蠅い日々をあなたに!」−





 「おお、呂布。こんなところにおったか。」

  外を眺めていた呂布の横合いから声が掛けられる。
  声はまだ年若いがなんとも古風な話し方をするその音は、もう呂布も慣れたものだったので何の警戒もせずに振り返る。
  視線の先、開けられた扉の外から明るい茶の髪の青年がひょっこりと顔を出していた。

 「なんだ、政宗。」
 「なんだとはなんだ、馬鹿め。」

  あっさりとそんなことを口にする政宗。
  呂布をよく知らぬ輩が側で聞いていたのなら、その軽口に卒倒さえしそうな言葉だったのだが、とおの本人はどこ吹く風だ。
  言われた張本人の呂布でさえも、気にした様子はない。

  政宗の馬鹿め、は、所謂、気心の知れた挨拶のようなものだ。
  だいたい声が違う。
  本気で心から罵るような響きが微塵もない。
  気安い友のように言われているのだ。

 「お前が欲しがると思ってわざわざ持ってきてやったのに。」

  そう言いながら政宗が部屋の中へと入ってくる。
  その手に皿と、その上に菓子が盛りつけられていた。
  白い丸いものは団子だというのはわかる。

 「政宗。」
 「なんだ。」
 「団子の上にかかっている緑色のヤツはなんだ。」

  しかし、その上にかかっている緑色のものに呂布は見覚えがない。
  指摘されたものを頷きながら一瞥して、皿を机の上に置いた。

 「豆だ。甘く煮た豆を潰して、団子にからめてある。儂の故郷の菓子じゃ、うまいぞ?」
 「この前言っていた餡とは違うのか。」
 「あれも豆だが、こっちは違うヤツじゃ。大体、豆の種類が違うからな。」

  いいから食べてみろ、と政宗が楊枝で団子をひとつ刺して、呂布へと差し出す。
  呂布も小さく首を傾げて、ふぅん、と気のない返事をしてから窓辺から机のほうへと近づいていく。
  政宗から団子ごと楊枝を受け取ると、一口でそれを口に入れた。

  口に入れた瞬間に、甘さが舌の上に広がる。

 「……甘い。」
 「む、口に合わんか?」
 「いや、甘いがうまい。だが、俺は少し甘すぎる。」
 「なら塩でも加えてみるか……それなら塩っ気と相俟ってお前にも食べやすいじゃろう。」
 「うむ。」

  頷きながら政宗の話に相づちをうち、皿の上に盛られている団子を空になった楊枝で突き刺す。
  確かに甘いが、呂布はうまいと思っている。
  政宗は職人も顔負けの料理人でもあった。実際、城のなかの厨房にいる料理人たちが政宗に教えを請うほどの腕前を誇っているのだから、その腕のほどが伺える。
  
  ついでに言えば、そんな政宗の料理を呂布も楽しみにしていた。
  仕事もあって中々披露はしないのだが、素直な称賛をくれる呂布の舌を、政宗も気に入っている。
  そういうこともあってたまにこうして菓子や料理を差し入れてくれるのだ。
  もぐもぐと咀嚼する呂布の様子を、視線を上げて眺めながら政宗は眩しそうに笑う。

  そこへ、廊下のほうから軽い足取りで早足でやってくる音が聞こえてきた。
  誰か来たのかと呂布が視線を向けるのとほぼ同時に、扉のところにその音の主が現れる。

 「呂布殿ー。」

  まるで羽根でもはえたかのような明るくて軽い声だ。
  それと同じような笑顔を見せて、声の主である少女が部屋の中へと入ってくる。
  ちなみに部屋の主である呂布の確認は取っていない。

 「なんじゃ、ガラシャ。戸を打つくらいせんか。」

  それを見とがめたのは政宗のほうだった。
  ガラシャは大きい目を真ん丸くしながら、思い出したように舌を出した。

 「すみませぬ、お二人の姿が見えたからつい。」

  えへへ、と照れたようにガラシャが笑った。
  素直な謝罪に政宗がやれやれ、と溜息をつき、呂布も少しだけ双眸を崩す。

 「ちょ、ちょっと、ガラシャ、早い!」

  そこへさらに新たな声の主が扉の外から姿を現す。
  名を呼ばれたガラシャが振り返りながら、だって、と唇を尖らせた。

 「呂布殿にお願いをしに来たのじゃ。早く行かねば会えぬかもしれぬと言ったのは、平のほうではないか。」
 「た、確かにそう言ったけど…」

  困ったように眉を下げる青年は、部屋の主である呂布の視線に気がついて慌てて居ずまいを直した。
  型通りの挨拶をしてから、ガラシャのほうへと向き直る。

 「だからって、いきなり将軍の私室に来るのは良くないだろう?」
 「いつでも会いに来て良いと呂布殿は言ってくださったのじゃ。平は細かいことを気にしすぎる!」

  父上みたいじゃ、とガラシャが眉を寄せてそっぽを向いてしまう。
  そんな様子を見ていた政宗がやれやれと肩を竦めた。

  呂布が招いた、あるいは城に押しかけてきた客人は数知れない。
  その中でも後者の位置にいるのが、ガラシャであった。
  あの争乱のあと、一時は信長の元にいる光秀のところにいたものの「外の世界が見てみたい」という彼女の主張と、親子でのすったもんだの喧嘩のあとで、

 『もうよい! 父上のばかー!』
 『待ちなさいガラシャ!』

  …と、言ったようなやりとりがあったとかなかったとか、まあそれに近いことが起きたあとに以前、立場の似たもの同士、父親たちに立ち向かった関平を頼ってこの呂布軍に転がり込んできたのが彼女だったのだ。
  信長から直接、『少し鍛えてやってくれ(要約するとそんな感じ)』と言って里子に出された(違います)関平とは違い、彼女はどこか奔放で物怖じしない。

  呂布の鬼神の如き強さも目を子供のように輝かせて「呂布殿は格好いいのぅ!」と大絶賛するくらいであるから、筋金入りであろう。
  
  そしてそんな真っ直ぐな好意を呂布は持て余しながらも、不器用に受け入れている。
  そもそも自分の娘と似た歳であるガラシャへの信条は、娘へ向けるものに近い。
  
 「ガラシャ。」

  まだあーでもないこーでもないと言い合いを続けていたガラシャの名を呼ぶと、彼女は関平から呂布のほうへと顔を向ける。
  言い合いではガラシャに勝てたことのない関平は、解放されてあからさまにホッとした様子だ。

 「俺に何か用か?」

  用があってここに似たのだろう、と暗に含めて伝えると、おおそうじゃった! と彼女は手を打った。

 「実は、わらわに稽古をつけて欲しいのじゃ!」

  そしてそんなことを言い出した。
  側で聞いていた政宗が思わず前のめりに倒れかけ、関平もああもう、と額に手を当てた。
  言われた呂布も目を瞬かせている。

 「……稽古?」
 「うむ!」
 「俺の、稽古をか?」

  呂布は改めてガラシャの体を頭の先から爪先まで、視線を動かして確認する。
  ……………死ぬんじゃないだろうか。
  真剣にそう思えた。実際、呂布が稽古を『本気』でつけたのなら彼女の細い体が真っ二つに折れかねない。

 「が、ガラシャ、将軍だって忙しいんだから…」
 「そうじゃぞ。執務方面では、はっきり言って役立たずじゃがこいつは一応この地域を治めている城主なのじゃからな。」

  関平の言葉に刺はないが、政宗の言葉には仙人掌の針のような無数の棘があった。
  普段から執務全般を放棄したがる城主への嫌味も込められている。
  実際、執務に至っては呂布の軍師でもあり、城の執務全般を受け持つ陳宮の悲鳴が今日もいずこかで木霊しているであろうからだ。
  言われた呂布は不機嫌そうに政宗に一瞥をたれるが、彼はどこ吹く風だ。

 「そ、そうか……呂布殿は執務があるのじゃったな。わらわ、すっかり忘れておった…」

  しかし政宗と関平の言葉は、根は真っ直ぐなガラシャには響いたようで、しょぼんとして肩を落とす。
  それが少しだけ可哀想で、呂布は仕方なさそうに息を吐いた。

 「……稽古をつけてはやれんが、」

  声をかけるとガラシャが顔を上げる。
  眉を下げたその顔に幼い頃、遊んでやれなかった娘の面影が過ぎって、呂布は苦笑をこぼす。

 「見てやるくらいは出来るぞ。」

  親心にも似たそれで伝えると、始めはパチパチと瞬きを繰り返していたガラシャの瞳が大きく見開かれ、それから頬に薔薇色の赤みが増す。
  嬉しくてたまらない! と言った様子で、ガラシャは嬉しそうに笑顔をみせた。

 「本当か!?」
 「ああ、だが、稽古はつけてやれん。俺とお前の得物は違いすぎる。」
 「全然構わぬ! 呂布殿はやっぱり格好いいのぅ!」

  ガラシャの手放しの賛辞に聞いているほうが恥ずかしくなってくる。側で聞いていた政宗が、はずかしいやつめ、と呟きながら明後日のほうを見るくらいにだ。
  言われた呂布のほうもどう返していいのかわからない。
  真っ直ぐな言葉はこれまでに幾らか受けたことはあるものの、ガラシャの言葉はその中でもとびきり別格で、まるでキラキラ反射する真水のような純粋さを見せてくる。

  喜色満面のガラシャの様子を溜息をつくことで複雑な胸の内を隠した呂布だったが、ふと、彼女の隣にいる関平が彼女のほうを見つめていることに気付いた。
  何か言いたげな、けれど遠慮しているような顔だった。
  
  元来、本能だけで生きているように思われがちな呂布だが、その本能は別の意味で役に立つ。
  心根を察することが出来る。
  それは殺意や悪意といった負のものだけではない。

 「関平、お前も来るか?」

  隠された心を、察する。
  思わずこぼれ落ちた言葉に関平が驚いた様子で肩をビクッとさせて、振り返って呂布のほうを見る。
  瞳には驚きと、それから興奮と期待、ほんの少しの遠慮が入り交じっているのが見えた。

 「え、い、いいんですか?!」
 「なんじゃ、平もやっぱり呂布殿に稽古をつけてもらいたかったのじゃな?」
 「そ、それは……」

  ガラシャに「さっきはわらわを止めたくせに」と非難がましいジト目で見つめられて、関平は慌てて言葉を探す。
  
  呂布の武は、武将である関平だって知っている。
  あの父、そして張飛、劉備の三人を相手に互角の戦いを繰り広げたことがあると聞いていたから尚更だった。
  関羽、それに並び立つ張飛、さらには劉備までも相手にしながらの、引き分け。

  その力のことを聞いて武将として、一人の男として興味が湧かないわけがない。
  
 「関平、貴様まで呂布の信者か。」
 「な……ま、政宗!?」
 「信者ではないぞ、政。わらわは呂布殿のふぁんじゃ。」
 「ふぁん? なんじゃ、また異国にかぶれた言葉を使いおって。」
 「慶次殿に教えてもらったのじゃ。ふぁんというのは…えーっと……好きということらしいからの!」
 「す、好き!?」

  無邪気なガラシャ。
  冷静に言葉を紡ぐ政宗。
  そして二人の言葉に顔を真っ赤にさせて慌てた様子の関平。

  そんな三人の様子を、ここのところ城の中でよく見ることが出来る。
  三人とも個性がバラバラでまったく共通点のなさそうな面々なのだが、この城のなかでも年の若い彼らは不思議と話が合うらしい。
  
  元々、先に城に来ていた政宗と関平の交流の間に、ガラシャが飛び込んでいくような形なのだがうまくいっているようだ。

 「呂布殿、呂布殿。」

  そうして三人の様子を何の気なしに眺めていた呂布へとガラシャが声を掛ける。
  呂布がどうした? と視線を通して無言で問いかけると、彼女は笑顔で口を開いた。

 「ありがとうなのじゃ!」

  満面で笑うその顔。
  それを聞いた関平も慌てて踵を返すと呂布へと向き直って続ける。

 「拙者も感謝します。」
 「やれやれ、お前らと来たら呂布に懐きおってからに…」

  呆れた調子で政宗はそう言うが、口調は楽しそうだ。

 「まあ、稽古なら腹も減ろう。あとで握り飯でも差し入れてやる。」
 「おお! 政の握り飯! ふっくらなのに形も綺麗で、わらわは大好きじゃ! 政も好きじゃぞ!」
 「おまけのように言ってもなんも出んぞ。」
 「拙者も楽しみにしてる。」
 「…関平、お前までまったく。」

  食い意地まで張りおって、と言って、政宗が呂布のほうへと視線を上げる。

 「で?」
 「で? 、とは?」
 「何を言っておる。今回の功労者に好きな握り飯の具を聞いてやろうと言うんじゃ。呂布、何が良い?」

  にっかりと歯を見せながら笑う政宗の顔は、まるで悪戯を告げる子供のようだった。
  何がいいかと問われた呂布は、いつぞやから振る舞われる日本伝統料理を頭の上に思い浮かべながら、口を開く。

 「なんでもいい。」
 「なんじゃ、作りがいがない。」
 「お前の作るものは何でもうまい。」

  呂布の素直な賛辞に、政宗は数度瞬きをして彼を見て、それからプッと吹き出した。

 「たまにお前は人を乗せるのが上手いの。」
 「たまにとはなんだ、たまにとは。」
 「事実じゃ仕方なかろう?」
 「政ー! わらわは塩鮭が良いー。」
 「菜っ葉も美味しかった。」
 「ええぃ、お前らも食い意地がはりおってからに!」

  そう言いながらも政宗の表情は楽しそうだ。

  自分のまわりに、いつの間にかこんな賑やかな場が出来るようになった。
  鬼神だと、
  化け物だと、
  裏切り者だと罵られたことも、陰口をたたかれたこともあってが、自分よりも年の若いものたちが恐れも何も抱かぬままに、こうして会話を弾ませているのを見るのは別世界の出来事のように遠いもののように、呂布は思えてしまう。

 「呂布殿。」

  だが、

 「わらわ、呂布殿の大ふぁんなのじゃ! 稽古を見ていただけて、ものすごく嬉しいぞ!」
 「こら、ガラシャ。そうやってまた好きだなんて公言して…」
 「良いではないか。儂も呂布のことは気に入っておるしの。」
 「な、もう、政宗までそうやって煽る!」

  だが、目の前にある笑顔も声も、そして好感もすべて、現実だ。
  全力でぶつけられる、その思いは心を羽毛でくすぐるようなこそばしささえ連れてくる。

 「平、呂布殿のことが嫌いなのか?」
 「ガラシャ!」
 「おお、それは初耳じゃのう。」
 「政宗まで拙者を困らせないでくれ!」

  やかましい。
  けたたましい。
  それなのに、この喧噪は自分に負のものを連れてくることはない。

  今までのものとは違うものを見せる。

 「大好きなんじゃな!」
 「そうじゃぞ、素直になれ。」
 「二人ともいい加減にしないと拙者も怒るぞ!」
 「平は堅いの。好きというのはな、もっと手っ取り早く伝える方法があるのじゃ!」

  ガラシャがそう言って両腕を広げる。
  何をするのかと問うよりも早く、ガラシャの細い右腕が関平を巻き込み、さらに政宗を左腕で抱き込んで呂布へと飛び込んでくる。

 「こうして伝えるのじゃ!」

  わー! という悲鳴と、一人はおなごとは言え三人分の突然の衝撃を受けて呂布が蹈鞴を踏んで後ろへと倒れた。



 「ガラシャー!!」



  そんな二人分の大声と、呂布は心に湧いた感情に沿ったまま、からりと、笑い声を立てた。



  ああ、もう本当になんて。
  




 −おわり−