【あなたがそれを望むのならば。】
「だぁめv」
甘えるような猫なで声が、その場に響く。
だが、それと同時にあたりにいる兵士たちが次々とうめき声を上げて崩れ落ち、悲鳴を上げて吹き飛ばされていく。
何故、この場に女がいるのか荀攸には理解できなかった。
しかも軽装。
まるで踊り子か何かのような肌を露出させ、ぴったりと身体の線を強調させたその姿だ。
見たこともないような(どこかで見たことのあるような)、その女はクスクスと笑い声を立てている。
「貴方達に『お仕事』をさせちゃうわけにはいかないのよ。」
そして、その口から洩れたのは今回の『策』についてのこと。
荀攸の顔に驚愕と緊張が走る。
何故、目の前の女が『水攻め』のことを知り、そしてそれを止めにきたなどと言っているのか理解できなかったのだ。
我に返りかける幾人かの兵士が、荀攸が支持するよりも早く女に向けて突進する。
しかしそれすら、女にとっては欠伸の出るような遅さであったのだろう。
ちょい、と細い指先が動く。
それだけで彼女のまわりにふわふわと浮かんでいた珠の一つが動き出し、その体をはじき飛ばした。
うふふ、と笑い声が。
笑い声が、響いている。
「あなたは知らないだろうけど。」
そこで女が、ことり、と首を傾げるようにして顔を動かす。
笑みを浮かべたまま、指先が唇へと当てられた。
「『運命』を変えるためには、何から何まで崩さなくっちゃいけないの。」
だから、と、そう言って女は美しく、そして残忍で、残酷なまでに酷薄な、笑みを唇に刻み上げる。
「妲己、大暴れしちゃいま〜す☆」
嵐は、その直後に巻き起こった。
同時に荀攸は吹き飛ばされる意識の奥底で、今回のこの策が失敗に終わったことを、確かに知った。
【なんとなく通じるものがあって。】
「政宗、いるか?」
ばぁん! と部屋の中にいる政宗の返事も聞かずに、扉が開け放たれる。
いや、別に来客を拒むような理由もないのだが、と思いながらその客人の振るまいに、政宗は小さく溜息をついた。
「立花か。」
「そうだ。」
疑問系で一応聞いてみたのだが、彼女はこっくりと頷いて短く答えたのみだ。
「ワシとしては、いったい何をしにきたのかが気になるのだが。」
「顔を見に来ては行けないのか?」
それだけか。
たったそれだけで時空を飛び越えてきたのか、と政宗は問いただしそうになったのだが、ァ千代があっさりとそれを「そうだ」と答えても嫌な感じがしたので明後日のほうを見てやり過ごすことにした。
「いけなくはないが……」
「ならば問題あるまい。」
人の話は最後まで聞きましょう。
そういう極々当たり前の、人に対する何とやらが政宗の頭の中に浮かんだのだが、それを口にするのも憚られた。
ァ千代はすでに政宗の目の前にある椅子に腰を落ち着かせてしまっている。
今日の装いは戦場での鎧兜ではなく、この世界の服装であった。
ヒラヒラとした装いをァ千代は嫌がったようであるが、その薄い色合いは華美なものではなく、自身が黙って座っていれば華やかな彼女には丁度良く似合っている。
「息災か、政宗?」
ぼんやりと彼女を見てた政宗はそう切り替えされて、慌てて、頷く。
するとァ千代も、そうか、と言って双眸を崩した。
なんとなく。
本当になんとなくではあるが、政宗とァ千代は仲が良い。
頻繁に酒を酌み交わしたり、話し合いをしたり、共に出かけることもないが、会えば自然と場が和むかのように平穏になるのだ。
「兼続におかしなことはされていないだろうな。」
…………
…………無言が。
無言がその場を支配する。
思わずふい、と視線を逸らしてしまった政宗が、自分の失態に気付いたころには既に遅かった。
「政宗! まさか手込めにされたのか!!」
「大声で阿呆なことを喚くな、馬鹿め!!」
途端に血相を変えて大声を上げたァ千代の発言に、政宗が折り返して言い返す。
「何を言う! 立花の可愛い政宗が、山城に手込めにされたなどと許せるはずないだろう!!」
「ええぃ、可愛い言うな!!」
「政宗は可愛い!」
「真顔で言うな!!」
ぎゃいぎゃいと言い争いなど始めてしまった双方に、当の兼続がその場にやって来て、
私の(強調)政宗が可愛いのは当たり前だ! などと言い始めるまで、あと少し………
【攻防戦(可愛いもので)】
政宗:………何故、お前が此処にいる。(夜。政宗が与えられた寝室。寝台の上にて)
兼続:何を言う。夫婦ならば、同じ床で眠るのは普通だろう。
政宗:夫婦ではないわ!!(布団の上でえぃっと兼続を蹴り飛ばす)
兼続:(蹴り飛ばされた)………痛いぞ、政宗。
政宗:うるさい! さっさと出て行け!! 此処はワシの寝所だ!
兼続:それに。(床の上にもう一度体を)
政宗:(ずず、と後ろに引き下がる)
兼続:私の寝る場所が他にない(真剣)。
政宗:知るか、馬鹿!! 公台に用意してもらえ!
兼続:公台?
政宗:陳宮のことだ!
兼続:ああ、軍師殿か。
政宗:(ぜぃぜぃ)
兼続:…………その陳宮殿が、ここを使えば良いだろうと。
政宗:ちんきゅぅぅぅぅぅ!!!!!(涙)
兼続:……(少しだけ眉をひそめて)うるさいぞ、政宗。近所迷惑だ。
政宗:誰のせいだ! お前など、その辺の厠にでも寝ておれ!
兼続:政宗。(名を呼びながら、近づいていく)
政宗:こっちに来るな!(近づいていく距離の分だけ、後ろに下がる)
兼続:政宗。(近づいて)
政宗:(とん、と背中が壁にあたる。これ以上後退できないことに気付いて、うぅ、と呻き)
兼続:政宗。
政宗:うぅ……(歯ぎしりしそうなほど)
兼続:私は何もしない。
政宗:っ!
兼続:眠るだけだ。
政宗:し、信用できるかっ!(真っ赤)
兼続:信用しなさい。お前の未来の夫だぞ(真顔)。
政宗:だから夫言うな!(真っ赤)
兼続:(てい、と政宗を抱きしめ)
政宗:ぅわっ……!
兼続:(そのまま布団の上へなだれ込む。ぎゅぅ、と抱きしめたまま)
政宗:く、くるしっ……離さぬか、馬鹿め!
兼続:離したら逃げるだろう(ぎゅぅぎゅぅ)。
政宗:誰が…!
兼続:それに、私がお前を抱いて寝たい。
政宗:(ぎゃーっとなりつつ耳から首のほうまで真っ赤。言葉も出ない。)
兼続:何もしないよ。
政宗:…………
兼続:おやすみ。
政宗:………(馬鹿め、馬鹿め。と、胸の内で罵りながら、きゅ、と兼続のまわしている腕を掴む。)
【攻防戦の、そのあとで。】
静かに寝息を立てている政宗。
先ほどまでの歯ぎしりまで立ててしまいそうな険しい(照れているのはわかるのだが)、眉間の皺もなくなり、すぅ、と眠りについている。
常日頃、何やらよくわからないのだが兼続自身を見ると政宗の顔は険しくなる。
(この御仁、自分のどの態度が政宗を怒らせたり、照れさせてそれを認めたくなくてまた怒らせて、ぎゃいぎゃいと言い出すのか、全然さっぱりわかっていなかった。)
だが、無意識にとは言え、無防備な顔ともなれば一息に幼さの残る顔になる。
長い睫に揺れる瞼。
薄い肉の皮のその下にあるのは、目に良く映える琥珀色。
柔らかな頬に、兼続はソッと指先で触れる。
途端、むずがるようにして政宗が唸る。
まるで寝入る子供だな、と兼続は密やかに笑みをこぼした。
小憎たらしく悪口を言う唇も、慣れてしまえばどうということはない。
将来の妻(しかも決定事項だ)となる身からの照れなのだろう、と兼続は何処吹く風。
どんな罵詈雑言を受けてもしれっとしたものであった。
第一、嫌っていないのであればどんな言葉であったとしても、どうということはない。
そう。
政宗は本気で兼続を嫌っていない。
心の底から嫌っているのであれば、そのくらいは兼続にだってわかる。
もし心の底から嫌われ、憎まれ、疎まれているのであれば素直に引き下がりもするというもの。
そこまで自分のことを押し通すはずがない。
けれど、
「お前は知っているのかな。」
おかしそうに笑いながら、指先が政宗の前髪を梳いて、滑り落ちる。
灯籠の仄かな明かりの下でも、長い年月をかけて出来うる琥珀色の髪は煌めいているかのようであった。
「政宗。」
名を呼び、囁く。
眠る政宗からの答えはない。
「政宗。」
腕に眠る、小さな竜。
「愛しい、私の竜よ。」
ふんわりと月の下、灯籠のその中で、美貌の顔が柔らかく緩む。
政宗にそれを見る術はない。
ただ、まるで誘われるように、何かを探すように政宗の片手が動く。
敷き布の上を探るようにして動き、暖かな兼続の腕に触れると、眠りのなかで蕩けるような笑みを浮かべた。
安心しきった子供のような、捜し物を見つけたと言わんばかりの顔。
それが答えのような気がして、兼続が驚きに目を見開いて、それから腕の中の政宗を抱き直して目を閉じる。
いつか、こたえが返ってくるように。
<終わり>