柔らかな指先。
  大きな掌が、何度も自分の頭を撫でているのを政宗は感じていた。

  (無理矢理)寄りかからせられている胸。
  押し当てる耳の側、胸の奥の、奥のほうの鼓動がとくとく、と音をたてて聞こえている。
  膝の上に横抱きにされたまま、抱きしめられるようにしてゆったりとした『拘束』の対の腕は解けることなく政宗を包み込んでいた。

  夫婦にはスキンシップも必要なのだ、と。

  兼続はそんなことを真面目な顔で言ってきた。
  言われたほうは唖然とするしかない。

  いきなり何を言い出すのだ、この馬鹿は。
  熱でもあるのか、だったらさっさと寝に戻れと言い捨てたのだが、兼続は政宗を嫌味を全然まったく聞いていなかった。
  どちらかというと、さっさと戻れというのを自分の身を案じての言葉だと勝手に解釈してしまっていた。

  (未来の)旦那の身体を心配する妻、という図式が彼の中で出来上がったらしい。

  嬉しそうに顔を綻ばせると、そのままがばりと抱きしめられた。

  離せ離せ馬鹿め! と政宗がギャンギャン暴れても、兼続はびくともしなかった。
  ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
  その腕は強く、振り解くことが出来ない。

  ああ、こんなところでも差があるのか、と政宗はそんなことを思って悔しくなった。

  しかし兼続は政宗をそのまま膝の上に抱き上げて、ゆっくりと自分に寄りかからせた。
  自身もまた、座って丁度良い位置につくと、そこからは何の言葉もない。

  ただ、何度も、何度も飽きることもなく政宗の髪を梳くようにして頭を撫でているのだ。

  これ以上暴れても何の得にも、解決にもならないと察した政宗は大きな溜息をついたあと不機嫌そのもので唇を尖らせて、視線を別のほうへと投げかけたまま兼続を見ようともしなかった。
  兼続はそんな政宗の様子を目にしながらも、頭を撫でる手を止めない。

  色素の薄い茶の髪。
  つんつんとはねたそれは、だが指先で梳くと驚くほど柔らかなのものだ。

  そんな発見をして兼続の顔がなんとなくおかしそうに緩む。
  ただしここで声を上げて笑い出したりすれば、政宗がそれはそれは激怒するのが目に見えていたのでそれを堪えた。
  さすがにこの至近距離からのビームは厳しい。
  
  一応、無事ではあるものの、あれは痛いのだ。
  黒く焦げるし。
  
  だから何も言わない。

  政宗も膨れっ面をしたまま何も言わなかった。

  そうして、二人の間に静かな時間が流れていく。
  ぼんやりとしながら兼続は特に何を考えるわけでもなく、しかし指先を止めるのも忍びなくて手を止めることはない。
  
  その感触を感じながら、政宗もこの状況をどうしていいのかわからず黙り込んだままだ。
  そもそも沈黙というものが二人の間にはあまりない。
  
  少し前までは犬猿の仲であったのだし、会うと「山犬」「義馬鹿」と互いを罵り、近づけば武器まで出す始末だった。

  筋金入りの仲の悪さだった。
  そう、だった、のだ。

  なのにどうして今は、こんな風に側にいるのだろうかと思い、政宗は小さく息を吐く。
  同じようなことを兼続も考えていて、何の気無しに視線を別のほうへと向けていた。

  


  本当に、どうなっていくのかわからない。

  これからどうなるのか。どうなってしまうのか。
  それよりもなぜ、何があってこうなってしまったのか。

  思いは尽きず、難しいことを考えた時のような目眩を感じて、政宗がギュッと目を閉じる。

  瞼を閉じれば、よりいっそう強く兼続の感触が感じられてしまう。

  指先の感触。
  座っている肌の温度。
  触れる回数。

  それから、耳の奥のほうで相変わらず響く鼓動の音。

  回された腕の強さ。

  そんなものをどうして今更気になるのか、とそんなことを思いながら、小さく溜息をついて政宗は薄く瞼を持ち上げる。




  瞼の先には、光の束。

  緩く、緩く。
  あてもないことを考えながら、それでもこの熱は嫌いではないのだ、と。

  それだけをぽつりと、思った。



  口には出さなかったのだけれど、ただそれだけは、はっきりと思っていた。





 <終わり>