目の前にあるのは、色とりどりの花。
  春のせいもあってか城下は様々な花で彩られている。
  季節の移ろいを目で見て感じることの出来るもの。花とはその最たるものの一つだ。

  薄い桃色。
  淡い黄色。
  白。
  赤。
  本当に様々な色が、その腕に抱かれている。

  そう、その花束は政宗の目の前にいる人物の腕の中にあったのだ。
  (小憎たらしくも)自分よりも見上げるほどもある長身。
  少し厚い唇に、切れ長の黒の瞳。
  いつもは特徴的な帽子をかぶっているのだが、今はぬいでいるせいもあってその下にある漆黒の短髪が風に凪いでいる。

 「政宗。」

  常ならば『山犬』などと呼び捨てる。
  それが腹立たしくて仕方ないのに、今は自分の名を口にしていた。

  訝しんで政宗が、なんだ、と口を動かすよりも速く、彼の腕にあった花束が政宗のほうへと差し出された。

  差し出されたこともあってか、政宗はそれを反射的に受け取ってしまう。
  花束は自分の腕が見えなくなりそうなくらいにあって、まさに抱えきれないほどの花束。

 「兼続、これはいったいどういう……」

  意味なのだ、と政宗は問おうとした。
  しかしそれは敵わなかった。

 「政宗。」

  これ以上ないくらいに真剣な面持ちで兼続が政宗のほうを見つめている。
  ずい、と一歩を踏み出された挙げ句、顔まで覗き込まれるように近づけられて、政宗の双眸が驚きに見開いた。

 「結婚しよう。」

  そして兼続の一言により、トドメを刺されて絶句してしまった。





  



  時は199年、春。
  下ヒ城は穏やかな日々を過ごしていた。




  『結婚しないか。』−いいえ、聞き方が断定系でしたよ。疑問にするつもりも、了解を受けるつもりも、なかったんでしょうね。−  




  
  そう、過ごしていた。
  過ごしていた、はずだったのだ。








 「ば、ば、ば、ばばばばばばばば!! ばかめぇぇぇぇぇ!!!!!」

  どっかん!!!

  直後、響き渡った轟音に城内にいた者達は残らず表に出てきた。
  何事かと音の発信源へと足を踏み入れ、そこで懐かしいビーム(え)によってブスブスと黒く焦げ付いている兼続を発見して二重に驚いた。

  しかも壁に大穴である。
 
  それを見つけた陳宮が、ああまた余計な出費が、と秀麗な顔に力を込めて溜息をつく。

  しかし壁に大穴を開けるほどの威力を持ちながらも、兼続……直江兼続はいたって無事だった。
  そもそもビームで灼かれたら下手をすると蒸発する。
  黒く焦げるだけでもまだマシだったほうであろう。

  当の兼続もすぐに目を覚まし、起きあがってあたりを見回し、自分の様子を確認してから感慨深げに頷いた。

 「うむ、政宗。愛だな。」

  寝言は寝て言え。
  政宗が聞いていたら速攻でツッコミを入れそうな台詞であったが、そもそも政宗はもう既に逃亡していたので誰もツッコめなかった。
  と、いうよりツッコム気合いもなかった。

  またなんか言い出しているよ、こいつ。というのがまわりの意見である。

  そして兼続もまた、まわりの意見に耳を貸そうとしない御仁であった。
  思い立ったら一直線。
  自分の信じる道を行くことこそが『義』である。道はあとから出来るもの。

  ……そこまで言ったかどうかは知らないが、とにかく兼続はまわりの意見に左右されたりしない。

  良い意味でも、悪い意味でも、自分に正直な人物なのだ。
  わけも言わぬまま一人合点している兼続と、わけがわからぬまま混乱するまわり。

  こういう図式が出来上がったところで、一人離れた場所から見守っていた妲己は、あーあ、と呟いて溜息をついた。

 「あーあ。やっちゃった。」

  何をいったいどう「やっちゃった」というのか。
  しかしてそれを妲己が答えるわけがない。そしてそんな彼女の呟きは混乱中のまわりに聞きとがめられることもなかったのだ。




  本当に、本当に。




  あーあ、やっちゃった。である。
  しかしこのままでは読んでいる方には非常に優しくない展開になるのは請け合いなので、時を少しだけ巻き戻すことにする。




  ………そもそもの事の発端は、執務を片付けている最中であった政宗のところへ、ひょっこりと妲己が顔を出してから始まったのだ。

 「まーさむねーv」

  猫なで声で機嫌も良さそうに部屋の戸を妲己が開ける。
  顔を覗かせると、その声を耳にしてうんざりとした表情で顔を上げた政宗と目があった。

 「……なんだ、妲己。」
 「そんなに邪険にしないでよぅ。」

  可愛くないぞ☆ と妲己がからかうような、不満そうな口調で言うのだが、そもそも政宗はそんなことは知らない。
  怠業そうに溜息をついてみせる。

 「お疲れの政宗に、いいお話持ってきたのに。」
 「お前の話は八割方ほど「厄介」なおまけつきだろう。もう知っておるわ、馬鹿め。」

  しれっとした言い放ち方なのだが、政宗の声にはそれほどの毒はない。
  言葉遊びを楽しんでいるような雰囲気さえ感じられる。

  それを如実に感じ取った妲己も、別段気にする様子もなくいつもの調子で口を開いた。

 「あのね、天然の湯浴みが出来るところがあるんだって。」
 「湯浴み?」
 「温泉よ、温泉。ちょーっと馬で行かなきゃいけないくらいの距離にあるんだけど。」

  だから、と言いつのって彼女はニッコリと政宗に笑いかける。
  古にして常なる傾国の美女たる彼女の微笑みは、心を持っていかれてしまいそうな迫力があるのだが、政宗は既に慣れたものだ。

  妲己の『傾世元禳』など腐るほど浴びている。

  なので心を動かされる様子もなく、冷静に、それで? と言い返した。

 「一緒に行かない?」
 「断る。」

  れいこんま一秒。
  まさに秒殺の一言であった。

  言われた妲己は不満そうに唇を尖らせて、なんでよー!? と声を上げる。

 「いいじゃない、温泉! 温泉!!」
 「行けるか、馬鹿め! そもそもおぬしと行く道理が儂にはないだろう!」
 「えーだって、政宗だって湯船にゆっくりつかりたいでしょ?」

  行こうよ、行こうよーと、駄々っこのように妲己が政宗の背後から抱きつき、腕をまわしてじたばたと両足を跳ね上げる。
  重い。
  ていうか後頭部にでっかい二つの柔らかい感触があって落ち着かない。

  政宗の額に盛大に青筋が一つ、二つと浮かんでいる。

  妲己もそれを横目で見ているはずなのだが、彼女は気にする素振りもなく、それに、と言いつのった。

 「それに、『同じ』仲じゃない?」

  こっそりと。
  あくまでも囁くような、呟きにも満たないような小さな声であったが、その一言に政宗の双肩がピクリ、と動く。

  じろり、と政宗が妲己を睨み付けるが、彼女は怖がってみせてもそれはフリだけだ。
  
 「ね、行こう? 大丈夫。距離なんかは私の術でパパッとしちゃうから。」

  どうしても政宗を連れて行きたいらしい。
  こうなっては行くと言うまで妲己は食い下がるだろう。

  それを重々承知していた政宗は、仕方がないな、と深い深い溜息をつくと目の前に広げていた治水の検案書をクルクルとまとめ始めた。

 「だから政宗って好きv」
 「ええい、離れろ、馬鹿め!!」

  政宗のその行動に妲己は満面の笑顔になって、ぎゅぅ、っと腕の力を強める。
  後頭部の感触がより強く感じられるようになった政宗が、バタバタと暴れ出してもお構いなしだ。







  それからしばらくはバタバタと暴れていたのだが、妲己は気が済んだ後の行動は素早いものであった。
  政宗の検案書をひょいひょいっと手分けし、とりあえず急ぎのものは全部陳宮へと送りつけた(酷)。今頃、城の中で彼の軍師が吠えていそうだが、それはいつものことなので妲己は気にも止めない。

  兵達の鍛錬は「あんたたち、ちょっとは働きなさい」と言って慶次たちに押しつけておいた。

  こうして一通りのその日の仕事の割り振りを決めておいて、妲己は湯浴み用の道具を持って政宗と一緒に、『ひょい』と空間を飛び越える。
  距離にして馬で走ること三刻ほど先。
  それを文字通り、『ひょい』と飛び越えてみせた。

  城の中にいたはずであるのに、瞬きもしない間に目的地までたどり着いたその所行に政宗は小さく目を瞬かせる。
  目の前に広がっているのは木立に囲まれた岩場。
  その中心に、誰が作ったのかもわからないような泉があって、そこから白い湯気が仄かに立ち上っている。

  確かに温泉だ。しかも天然露天風呂。

  まわりが鬱蒼とした樹木に囲まれているせいもあって、覗かれる心配はまずないだろう。
  それにしてもほんの一瞬で移動できてしまう、その妲己の『術』。

 「その力をもっと有効利用せんか。」
 「だって疲れるんだもん。」

  術を使ったら『にんげん』に影響が出るとかそういう規準ではないらしい。
  少なくとも、妲己の中では、の話だ。

  はぁ、とこの日何度目かになる溜息をあからさまについてみせた。

  しかしここで気にするようであるのなら、妲己ではない。
  
 「それじゃさっそく……」

  政宗のこれみよがしな不満も何のその。
  ひょいひょい、と自分の来ていた薄手の服を軽快に脱いでいってしまう。

  それを見せられた政宗の頬に、サッと赤みが差す。

 「ば、ばばば、馬鹿め!」
 「政宗、馬鹿め、言い過ぎよ?」
 「慎みくらいもたんか、と言っているんだ!!」
 「いいじゃないの。」

  だって、と言って妲己は服を脱ぎ終え、振り返る。
  その瞳はどこか楽しげに細められていた。

 「だって、政宗は私と同じ、『おんな』なんだし。」

  気にする必要ないでしょ、と言われるのだが、そういう問題ではない。

 「儂だって、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ!!」

  カァッと耳まで赤くなって言う政宗に、妲己はコロコロと楽しそうに笑い声をたてる。
  はいはい、わかりましたと言って、彼女は先に温泉へと足をつけながら、髪留めを外していく。

 「じゃあ、私は後ろ向いてるから。
  平気よ、このお湯、白くて濁ってるし。中に入っちゃえば見えないわよ?」

  だから早く、と妲己は言うのだが、政宗の表情は優れない。
  あー、とか、うーとか言いながら、視線をあちらこちらへと滑らせる。

  しかしここで入らないわけにもいかない。

  妲己がそれでは納得しないだろう(政宗を連れてきたがっていたのだし)。
  それに……のんびり湯船につかれる、というのは政宗にとっても魅力的なものであった。

  『男』としてまわりには通しているせいもあって、政宗はゆっくりと城の中にある湯浴みにつかることが出来ない。
  精々、気付かれないように早めに出てきてしまうし、人の気配に注意しなければいけないので落ち着かないのだ。

  だから、今回は(妲己という存在がいるにしても)湯浴みがゆっくり出来るのは良い。

  妲己がちゃんと向こうを向いているのを確認すると、政宗は来ている上着に手をかける。
  『この世界』に来てから、中華の衣服を着るようになって日が過ぎたとはいえ、やはりまごついてしまう。

  下帯を外し、上着を脱いでいく。

  しゅるり、と音をたてて服を脱いでいくと、その下の肢体が外気にさらされる。

  北方出身ということも手伝ってか、その肌は雪のように白い。
  度重なる戦のせいか、よく見るとその肌に消えない引き連れたような痕もあるのだが、それを差し引いたとしても艶めかしい肌であった。

  一応、刀と銃を振るうこともあり均等に筋肉がついているとは言っても華奢な印象だけは拭いきれない。
  だが華奢な中に、しなやかさを秘めている。
  そのまま手折られるのではなく、跳ね返す強さを。

  政宗は少し迷ったが、そのまま胸を巻いていたサラシも外していく。

  その下から現れたのはふくらみかけの胸。
  全体的に見ればまだまだ成長途中といった身体つきであった。
  
  それを見られないように、と思いながら最後に政宗は片目を覆っていた眼帯を外す。

  そこには真一文字につけられた刀傷。
  へこみかけて塞がれた瞼があった。


  そして政宗はそのままゆっくりと温泉へと片足を入れていった。


  足の先からゆっくりとお湯のあたたかな温度が伝わってきて、ほぅ、とひとつ息を吐く。

  良い湯だ、と。
  熱に促されるように政宗は呟いていた。






 <つづく>