冬は日中の時間の少ない。
 夕方五時ともなれば早々に日は沈む前となり、あちらこちらで街灯の明かりがともり始めていく。気温も日が沈んでしまったことで一気に下がり、寒さが日中のそれとは比べものにならないくらいに強くなり、空気は冷えキンとした肌を刺すような感覚が五感を刺激する。

「あのシリーズって三部作で終わりじゃなかった?」
「最初からそうは言われてたけどな。
 初回だけでシリーズ打ち切りで尻切れなんもあれば、新三部作あたりで作るのもあるやろ」
「どっちも心当たりがあるから、どっちも面白かったっていうけど、後者は前のキャストが集まらなかったし、ちょっと食傷気味かも……」

 たこ焼きの一件からしばらく。
 なんだかんだで御堂筋たちはたこ焼きを食べ終わり、再びアキバ巡りをして、今に至っていた。
 今は最初に待ち合わせにしていた駅前近くのビルの壁際に立っている。ちなみに話題になっているのは、先の夏頃シリーズ三部作のファイナルを華々しく飾った作品についてのことであり、それからに至るものは先に挙げたとおりだ。その遠因となった海洋堂の系列ショップでそこに出ている金属生命体のリーダーの可動式フィギュアを目にしてから、つれづれと話題が続いている。二人とも作品を見ていたので話題もつきない。

「あれ見た後、車とか見ちゃったら『変形しないかなー』って思っちゃうんだー」

 ほぅ、と息を吐きながら小野田が呟きをもらす。

「思考がすっかり毒されたな」
「御堂筋くんは?」
「あれはCGっていうのが前提にあるから思わへん。ただ、変形するだけで画面映えするくらいに書き込みやら細かく設定しとるんは、まあ、すごいと思うけどな」
「あれ、ほんとにCGなんだよね。監督さんがシリーズを通してずっと、画面を見ただけで絵になるようにって変形とか細かく設定してるって言ってたからびっくりだよ」
「そのくらい思い入れがあるってことやろ」

 最初こそ『おもちゃの実写化? てめぇオレを舐めてんのか』から、→『(資料やら何やらを見た後)なにこれまじすげぇ!』に見事な転身を遂げたそうだ。
 原文ほぼママである。
 カルチャーショックを受けてより思い入れができたのかもしれない。だとすれば、化学反応としては上々の結果だ。
 閑話休題。

「しかし、」
「うん」
「もうすっかり暗いな」

 矢継ぎ早に会話を続けてはいたものの、不意にできた合間で御堂筋がそんな言葉を挟む。
 それを聞いた小野田も開きかけていた唇をゆっくりと閉じ、うん、と小さく頷いた。

「冬はやっぱり陽が落ちるのが早いね」
「おかげで寒いばっかりや」
「そうだね……あ、これありがとう、返すよ」

 そう言いながら小野田が自分の首に巻かれたままだったマフラーを解いて元の持ち主でもある御堂筋へと差し出す。
 なんとなく返しそびれて今に至っていた。
 御堂筋が何も言わずにいると、さらに小野田が「それに」と話を続けて困ったように笑う。

「そろそろ御堂筋くん、迎えが来る時間でしょう?」
「……そうやな」

 呟き、その理由に納得してか御堂筋が差し出されていたマフラーを受け取る。そうしてそれを自分の首に巻き直せば、自分のものではない体温が残っているのが伝わってきた。
 なぜわかるのかと言えば、それが自分のものより暖かかったからだ。
 子供体温か、と胸の内で呟く。口にしなかったのは声にすることへの恥ずかしさを認識したからに他ならない。

「え、えと、」

 小野田は御堂筋の仕草を眺めながら、言葉を探しているためかどもるような口調で話を切り出していく。それに気づいた御堂筋も彼へと振り返った。

「きょ、今日はありがと!」
「……?」

 最初、何を言っているのかわからずに御堂筋が疑問符を巡らせる。小野田はそれには気づいていないのか、一生懸命な様子でさらに言葉を紡いでいく。

「ボクね、今日、すごく楽しみにしてたんだっ。
 あ、あの、御堂筋くんと遊べるのも楽しみだったんだけど、昔から、いつか友達と一緒にショップ巡りとか、アニメ談義とかできたらいいなぁ、って思ってて!」
「……いつか?」
「う、うん。変だけど、ちょっとした夢、みたいなもの、かな。だからそれが今日叶って、すごく嬉しかった!」

 小野田は、御堂筋への感謝を込めて告げるためか、半ば興奮気味に話をしている。だから相手の様子を気にする余裕がない。御堂筋が自分の話を聞いて、一瞬、眉を潜めたことにも気づかなかった。
 気づいたとしても多分、御堂筋が自分の話しぶりに嫌気をさしているのとでも思うくらいだ。それは間違いではない。間違いではないのだが、すべてが正解とは言えない。
 それを知るのは本人だけ。

「ボクからだと、絶対に行こうって言えなかった、だろう、し」
「……そうなん?」
「だって、迷惑だと、やっぱり言えないから」

 それは気の小ささゆえの言葉でしかない。
 困ったように笑いながら自然と俯いていた顔を上げて御堂筋を見やる。
 つっかえながらでも、それでも言葉を止めることだけはなかった。迷いを残しつつも、必死に縮こまってしまいそうな言葉を続けていく。

「だから、御堂筋くんが誘ってくれて、浮かれちゃった。
 あのときは大きな声出してほんとにごめんね」
「今更やろ」
「うん、だからあのときのことはこれでおしまい。ちゃんと顔見て謝っておきたかったから」

 小さく笑って小野田は目尻を下げる。

「また、メールするね」
「ああ」
「電話も、してもいい?」
「今まで断ったことないやろ」
「怒られたことはあったけど」
「あれはお前がこっちのこと忘れて大声出しとったからや」
「ご、ごめん」

 辿々しくも小野田は話すことをやめない。
 アニメなど以外で人と面と向かって話をするのが苦手であろうことは御堂筋もすでに知っていることだ。
 それでも止めない。
 それはまるで止まってしまったら最後だと思っているかのようだった。
 そこまで考えて御堂筋は何かに気づいて顔をあげて相手へと視線を合わせる。小野田は相変わらず、気の弱い風で肩を落としたまま頼りない顔で笑っていた。表情にはありありとした感情が上っているのが手に取るように伝わってきた。おそらく、それで間違いなどないはずだ。
 言葉を続けていなければ、言葉はのどの奥で絡まり、出てこなくなってしまう。

 さみしい、と。

 ここで今日が終わりだと、そう思っているのがわかる。
 さみしさを紛らわせるために言葉を必死になって紡いでいるであろうこともだ。
 わかってしまった。そしてわかってしまったのなら、それを無視することがどうしてもできなくなった。
 そこで御堂筋は僅かな衝撃と驚きに小さく息を飲んだ。
 もちろん、それを自分の感情だけで手一杯になってしまっている小野田にも、雑踏を過ぎるまわりの人間たちにも気づかれることはない。
 御堂筋本人だけが知っていた。
 
「…………なるほどな」

 気づいてしまえば自分が今のいままで『なんとなく』と様々なものを流してしまっていたことにも合点がいったのだ。
 思わず言葉となって漏れてしまった呟きを耳にして小野田がゆっくりと顎を上げて、緩慢に瞼を上下させる。

「別に対したことやない。わかったことがあった、ってだけや。
 ボクも大概、ザコなところもあったもんやな」

 自嘲気味に言い、一人納得してか御堂筋が皮肉げに唇を歪ませた。それは苦笑しているようにも見えたし、もっと別の感情を織り交ぜているようにも見える。他人にとっては理解しづらい複雑な感情を織り交ぜていることだけは確かだ。
 そんな御堂筋だけがわかっている言葉は、小野田はもちろん理解することができずに困惑を深めるだけになってしまう。眉を顰め、目に見えてオロオロとし始める彼に御堂筋は改めて口を開く。

「お前はもう帰らなあかんな」
「……ぇ」

 脈絡の通じない疑問にますます小野田はどうしていいかわからない、とでも言いたげな声しか出せなくなる。
 それでも御堂筋は自分の口にした疑問に注釈をつけることも、あるいは話を続けるわけでもなく、ただ黙って小野田の言葉を待っているようだった。無言を貫き、視線を彼に固定させたままジッと見つめている。だからこそ小野田もどうにか我を取り戻すしかなくなっていた。困惑のなかにいながらも、どうにかさっきの……おそらくは今、自分が答えなくてはならないのが先ほどのものであることを感じ取り、無意味な開閉を繰り返して空白の息を吐き出す口を動かして、囁きのような声で答える。

「…………元々、御堂筋くんの帰る時間はわかってたから、それに合わせて帰って来るように、って」
「ん、そか」

 それだけ言って御堂筋は考え込むような仕草で自身の顎と唇に指を当てて黙り込む。
 小野田もこれ以上はなんと言っていいのかわからない様子で、御堂筋を見たり、あたりを見回したりとせわしない。
 助けを求めるような顔でまわりを見るが、行き交う人のなかに知り合いはもちろんいない。過ぎていく人々はこちらに注視するわけでもなく、無感情に通り過ぎていくだけだ。

「もう行くわ。時間やしな」
「え、あ、」

 しばらくして御堂筋が広場にあった時計に視線をやり、先ほどの独り言や話の流れを打ち切ってそう言い出す。小野田が慌てて反射的に振り返り時計を見れば、確かに時刻はあらかじめ聞いていた別れの時間のすぐそばまできているのがわかる。
 それでもそれはあまりにも唐突で、話の流れについていかない小野田の困惑はより深まるばかりだ。
 なんとか声を絞り出そうとしても、言葉が出てこない。
 それを悔しがるようにきゅぅ、と下唇を噛みしめた小野田を見つめながら、御堂筋が先ほど巻き直したばかりのマフラーに手をかける。

「お前はここから電車で帰るんやろ?」

 小野田の様子に気づいているのかいないのか、それでも人の機敏に鋭いはずの御堂筋が何とも思わないのはおかしいはずなのだ…………だとすればそれを後にして、わざと話をしているのだろう。
 表情を固めたまま、小野田はほとんど無意識のうちにこくりと一度だけ頷いて、言葉を絞り出す。

「母さんが、晩ご飯を準備しておくから、遅くならないうちに……」
「ほなそっちのほうが寒いな、これはやっぱり貸しといたる」

 手に掛けたマフラーをほどき、あっと言う間に小野田の首へとまた簡単に巻いてしまった。
 驚きに小野田が目を見開いて、慌てた様子で言う。

「だ、だめだよ! これは御堂筋くんのなんだし!」
「本人が貸す言うてるんやからありがたく受けとっておくんがマナーちゅうもんやで」
「ま、マナーとか、そんなんじゃなくて! それに、いつ返せるかどうか、わかん、ない、し」

 自分で言いながらそれにまた思い至ったようで小野田の語尾がどんどん小さくなっていってしまう。俯くようにして下を向きかけた小野田に、御堂筋は見えないのを承知の上で表情を引き締めてゆっくりと言葉を続ける。

「いつでもええ」

 一息に言った言葉は雑踏のなかでも少しも遮られることなく鮮明に響く。

「夏の大会までとは言わへん。最悪、それでもええけどな。どっかの大会でも、なんかのついででも。
 戯言の『もしも』で言うてたように、お前がこっち……京都に来るときに持って来てもええわ。それやったら昼に話したとおり、ボクがお前を特別に案内したる」

 御堂筋の話を聞くうちに小野田の顔から困惑の色が減っていく。かわりに浮かんだのは、驚きにも似たものだ。
 ぱちん、と大きな瞳に瞬きが落ちる。
 小野田の表情の変化を御堂筋は見つめていた。
 マフラーを巻いてやった手をそのままに、視線を逸らさずに、言う。

「返すついでに、これの答えも考えとって」
「こ、れ?」

 これ、と言われても何のことかわからずに小野田は顔を上げて目を丸くする。大きな黒い瞳は今にもこぼれ落ちてしまいそうなくらいに見開かれていた。
 それを見据え、御堂筋が苦笑いをこぼすようにして小さく目を細める。
 何とも表現しがたい表情の変化に小野田は見入られたように視線を逸らすことができなくなり、沈黙が横たわる。
 そのまま、場所も何もかも置き去りにして見つめあっていたところで、

 開いていた二人の距離をつい、と御堂筋が一息に詰めた。

 それはほんの一瞬で、瞬きしていれば見えなくなるほどの刹那のことだった。
 ぱちぱちん、と放心状態の小野田が瞬きを繰り返す。
 そんな小野田から御堂筋は何事もなかったかのようにスッと音もなく離れる。掴んでいたマフラーから手を離し、その動作と風に沿って毛糸のそれが宙に揺らぐ。ぽかんと、口を半開きにし、目を丸くしたまま瞬きさえも忘れて凝固してしまった小野田を見て、御堂筋はさっさと踵を返してその場から離れる。
 ただ、離れるそのときに悪童のような皮肉めいた笑みを表情に上らせて小野田を見つめていた。
 表情とは裏腹に目の奥にある光だけは、まっすぐなもので、目が離せないくらいに強い。

「これや。
 今度会うまでに時間もたっぷりある。察しのその悪い頭でも、そんくらいあれば『答え』には辿りつくはずやろ。
 ほなな」

 言い切り、今度こそ御堂筋は小野田を残して雑踏のなかへと紛れてしまった。そうなれば人の姿に飲まれて小野田のほうからは彼を見ることができなくなってしまう。
 もちろんそれは御堂筋も同じことで、彼の場合は背を向けているがゆえに背後の小野田を見ることができない。見るためには振り返る必要があり、そうすることができなかったのだ。
 進む足をそのままに一度も立ち止まることもない。
 冬の秋葉原を照らす街灯やネオンのなかで、ただ一心に足を動かす。
 そのとき、御堂筋がどんな表情をしていたのかを知るものはいない。まわりの人間は気にもとめないからこそ記憶に残ることもない。





 そうして冬休みのひとときは終わりを告げる。
 追記しておくならば、御堂筋を迎えに来たおば一家は今日何があったのかを(できるだけ事細かに)聞こうと躍起になっていたのだが、待ち合わせ場所に現れた御堂筋を見た瞬間、そろって目を丸くして言葉を噤んでしまったこと。同じく、小野田のほうは自分がどうやって自宅に帰りついたのかまったくと言っていいほど覚えておらず、その夜はまんじりもせずに眠れぬ一夜を過ごし、次の日の練習中にまわりのメンバーに大層、心配をかけたとのことなどがあったくらいだ。

 そんなわけで、あとは、二人の間で取り交わされていたメールや電話が一時期かなり減少し、しばらくすると増加傾向に直ったりしたらしいが、進展らしい進展はなかった。
 御堂筋は別れのときのことにはいっさい触れず、いつもどおりを貫いていたし、小野田は相手が何も触れてこないのだからと自分からわざわざつつくことをやめてしまっていた。御堂筋が言ったように、最悪、夏の大会で再び顔を合わせるまで彼が求めた『答え』を小野田が告げることはなかったのかもしれない。

 けれど、偶然というのはいつ何時、当人が予期もしなかったことを引きつれてくるのがわからないものだ。
 それはまた、別の話になるのだけれど…………






1と10−秋葉原にて。おわかれと、あとは、−