店から外に出ると、ラーメンで体の心から暖まったせいか冷たい風が何とも心地よく感じることができた。
それでもしばらく歩けばビルの間を絶え間なく吹き付ける冬の風によって一時の暖かさがどんどん奪われていってしまう。
先ほど通った道とちょうど反対側の歩道を二人は歩いていく。
「やっぱり新機体かっこよかったぁー……」
呟き、小野田が心なしか恍惚とした表情で呟きとともにため息をこぼす。ちなみにその内容は、通りがかりに街頭テレビでPV映像が流されていた据え置き型で新発売されたVSシリーズについてだ。
「あれまだボク持ってないんだ。あのハード高いし」
「初期型と比べたらまだマシな値段設定とちゃうん?」
「……お金ってなかなか貯まらないのはどうしてだろう」
「あれこれ欲しい思うからや」
黄昏ながら呟いた小野田を言葉だけで一刀両断に伏して御堂筋がしれっと告げる。
言葉だけでも結構なダメージであり、小野田は胸を抑えてうぅ、と呻いた。痛いところを突かれた、と言ったところだろうか。
「だ、だって新作が次々と出るんだもん!」
「ええ年の男子高校生が『もん』言うな、キモイ」
「うぅぅぅ……」
とりつく島もないとはまさにこのことだ。
半ば涙目になりながらもグッと堪えて小野田は御堂筋の横を歩く。どんなに辛辣なことを言われても離れていかないのはこれが許容範囲内のやりとりであるからなのかもしれない。
御堂筋は半ば本気で言っているわけだが、彼は相手の心の機敏を感じて言葉を慎むような気質ではない。
それでも小野田はくじけることなく、御堂筋の隣に並ぶ。
いつかの夜と同じように、自ら言葉を重ねて、告げて、そして相手の言葉に耳を傾ける。
いっそ、ひたむきなそれは愚鈍ささえ感じる。
けれどそれが不快でないのは、小野田が小野田たる所以なのかもしれない。
「み、御堂筋くんはあれやってるんだよね? いつもはどの機体使ってるの? やっぱり隊長機とか?」
こうして会話を続けるくらいだ。卑屈にもならず、相手に向けて一生懸命に言葉をかける。
気は小さいが、それゆえに精一杯に紡がれる言葉は相手により深く届くのかもしれない。それが御堂筋にとってはどうなのかは、まだ本人さえもわかっていないので言及はできないけれど。
「……あれな。あれは癖がなさすぎてあんまり使いたいと思わへんのや」
「そうなの?」
へこたれる様子のない小野田に、御堂筋はめんどくさそうに眉を顰めはしたが答えることをやめたりしなかった。
「え、でも好きなら使わない?」
「技入力もスタンダードでソツがないし、大技使いやすいんやけどね。ソツがなさすぎて逆に面白ぅないんや」
「そういう考え方もあるんだ……でも、そういうものかなぁ? ボクは好きならそのまま使い続けちゃうけど」
「ちょっとしたこだわりがあるだけや。別に使うことまで悪いとは思うてない。これは好みの問題やしな。
そういうお前はなに使うとるん。ゲーセンのヤツは何度かプレイしたことある言うてたけど」
「台が空いてるときだけね。そんなにやりこんでないし、下手だけど。
あ、ちなみに使ってるのは青い試作機とか、御大将のとか」
「典型的すぎてキモイ」
「あっさりと否定された!!」
使っている機体名を口にしただけで御堂筋に冷たい視線を浴びせられた挙げ句、ほとんど全否定のような扱いを受けた小野田が半ば涙目になって反応する。
「大将のもそうやけど、試作機なんて典型的なオタク要素満載すぎて痛い」
「ええっ!? だ、だめかな? ボク好きなんだけど、あれ」
「ダメなわけやないし、作品自体は着眼点とかボクもええと思うけど、わざわざあれを機体に選ぶのが痛い」
「最後に痛いって二回も繰り返されるくらいに!?」
小野田の悲鳴はやまないが御堂筋は我関せずだ。
歴史の闇へと葬り去られた青い試作機を知っている輩がいったい何人いると思っているのかと言いたいのかもしれない。何しろOVAで展開された裏方ともいえるストーリー内容であり、言い方は悪いが玄人好みなものなのだ。
PVでの展開も試作機はお世辞にも扱いがよいとは言えない。あれが本来の筋道通りの展開であって、台詞なのだが、それをわざわざPVで持ってくるあたりが何とも涙を誘う。
「まあ、ええか。まだマシなほうやし」
「マシ扱い……」
散々な言われように少しだけ小野田が泣きそうな顔で首を力なくうなだれる。誰だってあそこまで言われて凹まないわけがない。
はぁ、とため息をついたところで、小野田が何かに気づいたようにふと、不思議そうな表情を浮かべて顔を上げる。
視線が気づいた何かを探して先の方をさまよい、動く。
「? どうかしたん?」
「え、えっと、何か聞こえてきたような気がして……」
「聞こえた?」
小野田の様子に気づいた御堂筋が問いかければ、彼も首を傾げて怪訝な顔で答える。オウム返しに呟いて御堂筋も同じように耳を澄ませれば、雑踏のなかで遠く、何かの音楽と閑静らしきものが聞こえてくるのがわかった。
「……なんかイベントでもあるんか」
「え、えと、どうかな。ボクも知らないけど」
「調べたんとちゃうんかい」
「おおまかにだから、取りこぼしはあると思うんだ。それに興味がないところは詳しくみてないし」
「ふぅん」
気のない返事はすでにデフォルト仕様であることは小野田も今日だけで十分わかっているので気にはしない。かわりに道を進んだ分だけ聞こえてくる音が徐々に大きくなっていくことだけが気にかかる。
なにがあるのだろうかと二人はしばし視線を音の聞こえてきたほうへと向ける。
道を進み、信号機が変わるのを待ってからさらに進む。
「…………ここ、かぁ」
信号をわたったすぐ側。
秋葉原のなかでは割と最近になって建てられた高層ビルの一階と二階部分を吹き抜け仕様にして(もちろん、それだけで結構な屋外の敷地面積を保有している)高低差もある屋外会場で、今まさに黒山の人だかりとなって人混みが形成されていた。
人の頭の向こう。会場の一番奥まった角のあたりでパネルが立てられ、目立つようにライトを当てられたそこで、どうやら野外ライブが行われているようだった。
どうやら、と表現したのは、詳しい内容が人だかりのせいでよく見えないからだ。
どこかの県とコラボでもしているのか、物産展まで併設されている状況で、人混みはさらに混沌としてしまっている。
拡声器によって「ここは通路でーす、立ち止まらないでくださーい!」というノイズまじりの声が響くが、それがどれほどの効果を示しているのかはわからない。
しかもその涙ぐましいスタッフ(?)の努力を無駄にするかのごとく、今度はマイクによってスピーカーから女の子の声が響いてくる始末だ。「みんなー! ぶんかしてるぅー?」というどこかで聞いたような台詞を口にして(パクリではなく、リスペクトだとこの場合は言うのだろう)いた。
そしてそれに答えるように「(ほ)わぁぁぁぁぁあ!」という何とも形容しがたい野太い声が会場内と言わず秋葉原の一角に響きわたった。拡声器もマイクも使っていないのにこの声量。
運悪くそれらを耳にしてしまった小野田が驚きのあまり、ぴゃっ! と首を竦めてしまう。
ビリビリと鼓膜を揺らす歓声に御堂筋がこれ以上ないくらいに眉を顰めた。不快さを隠しようもせずに表情まで歪めてもいる。
「なんや、どっかのアイドルの路上ライブかいな」
「い、一応、屋外だけど敷地内だから路上ではないか、も?」
「どっちでもええわ。しかしまあ、これはこれで典型的すぎて何とも言えん」
「い、言わなくていいからね」
言いたいことを何となく察したからか、小野田が冷や汗を流しながら乾いた笑いを浮かべてしまう。
困った顔で横へと振り返り、一気に機嫌が急降下したらしい御堂筋を見やる。
「でもこれ、誰のライブだろ」
話題を変えるためもあってとりあえず、今まさに演奏がスタートしたらしいのを聞いて小野田が疑問を御堂筋に投げかけてみる。
「ボクも興味薄いし、あんまり見たことないけどAKBであの手の顔のヤツはおらんかったな」
「あ、ボクもAKBは詳しくないから誰か言われてもわかんないかも…………って、御堂筋くん、そこからステージ見えるの?」
「ああ、見えづらいけどな」
人の頭の向こう側から見える程度ではあるが、それでも御堂筋はステージに立つ少女を見ることが出来た。小野田の言葉に何でもないように頷くと、ふわぁぁぁ、と期待のこもった視線が彼からやってくる。
「いいなぁ、ボクのほうからだと人の背中くらいしか見えないよ」
「ボクかて前のヤツらの頭が邪魔すぎて見えづらいで」
「でも背伸びしなくても見えるだけでうらやましいよー」
いいないいなぁと小野田は感心したように何度も繰り返し呟いている。
平均より背の低いの小野田は天性のクライマーとしてならば、その小ささことが武器になりうるが、やはりと言うべきか青少年らしいコンプレックスもこっそりと隠していたようだった。
憧れにも似た羨望の眼差しに、それに晒されることになった御堂筋は居心地悪そうに小さく呻く。
「……………なんや、ステージが見たかったんやったら肩車でもしたろか?」
だからこう言ったのは意趣返しも兼ねて狙って言ったのだ。案の定、御堂筋の思いがけない提案に小野田はハッと我に返ってあわてた様子で首を何度も大きく横に振る。
「う、ううん、いい! いい、結構です!!」
「冗談や、本気にすんなや。
まあ、どうしてもて言うなら考えてやってもええんやで?」
「ほ、ほんとに、いいから!!」
にやぁと笑みを浮かべる顔には何とも悪態じみている表情だった。
それを目にした小野田は自分がからかわれていることを察するが、どうにもうまい返しが見つからずに、もごもごと口の中で不明瞭な言葉を呟く。
言葉の意味は雑踏に紛れて御堂筋も聞き取ることができない。それでもまあ、不満であることはまず間違いないので気に止めないことにしたようで、スッと視線をステージから外してきびすを返す。
「興味ないならここからとっとと出ようや。どうもここは人が多すぎて落ち着かん」
「あ、う、うん、そうだね」
「お前はええんやな?」
「うん、アイドルはあんまり興味ないし」
苦笑を浮かべて小野田も御堂筋の隣に続く。
「それで次行くまんだらけはこっちの方角で間違いないんか?」
「ここの裏手に行けばすぐそこ……さっき見たステージのすぐ後ろの方向にあるビルだよ」
「近いな」
そんなことを言い合いながら二人は人混みをかき分けてさらに進んでいった。そのとき、ちょうど背後から歌声が聞こえてきて小野田は少しだけ首を巡らし、僅かに首を傾げる。
「あれどこかで聞いたことあるかも?」
「知っとるんか」
「う、うーん、聞いたことあるってだけであんまりよく思い出せないや。さっきも言ったけどアイドルとかあんまり詳しくなくて……あ、でも二年くらい前にやってた仮面ライダーに出てた女の子たちなら顔見たらすぐにわかるよ!」
「あの女子高生二人組か。あいつらこそAKBのメンバーやで」
やりとりを交わしている間に二人の意識は先ほど見ていたステージから完全に逸らされてしまう。まんだらけに入ってから話の内容が今年の新ライダーに移り、途中参加ライダーについて「あれはありかなしか」ということで二人とも微妙な顔をしたところで(ある人が言うには、ライダーは最初は「これ大丈夫か?」扱いされても動けば格好いいのだからすぐに受け入れられるだろうとのことだ)、先ほどステージから流れていた歌が有線から流れたことに気づく。
サビまで入ったところで、小野田がようやくあの歌がとある新番組のアニメで挿入歌として使われている曲だということを思い出すに至った。
かなりどうでもよかったので、すぐさま御堂筋も、もちろん思い出した小野田の意識からも追い出されることになるのだが。
まあ、どうでもいいだろう。
◆
客が入れる部分が全七階からなるまんだらけを上から順番に(一階分だけは抜かしておいた。どこの階かは、お察しください)見て回って階段を下って一階部分にまで降りてきたときには、入ってから一時間半以上がたとうとしていたところだった。
連れだって歩きながら小野田が隣にいる御堂筋を降り仰ぐ。
「ここも結構大きいけど、もっと詳しく探したいなら中野のほうがいいかも。
あっちは項目ごとにもっと詳しく特化してるから」
「中野なぁ。ここからはどうやって行けばええの?」
「ここからじゃなくて、東京駅からのほうがいいかも。中央線で一本になるから乗り換えしなくてもいいし」
件のまんだらけでめぼしいものが見つからなかったが、かわりに話題は中野ブロードウェイにある別店舗のまんだらけのものになっていた。
隣にいる御堂筋を振り仰ぎながら小野田はあまりうまくない言葉を一生懸命に紡ぎながら彼に説明しようと手振りを加えながら教えていく。
先ほど話題に出たように、小野田と御堂筋は結構な身長差があり、隣に並べば必然的に首を痛めるのではないかというほどに上を向いていなければならない。
それでも小野田は相手の顔を見て喋ることをやめない。
気は小さいが、心を開いた相手にはまっすぐに視線を向けるということをやめたりはしないのだ。
御堂筋も同じく、前を向くことはあるものの基本的に下を向いて小野田の視線に合わせて話す。
「中野のビルにはね、結構色んな種類の店が入ってるんだ。ボクも話には聞いてたけど、この前中に入る機会があってね、中をぐるっと見て回ったんだー」
「まんだらけだけではないとは聞いてたけど、他にどんなんがあったん?」
「古いレコード店とか、他にはTRPG専門のところもあったし、なんかえっと…………フィギュアをゲームに使うボードゲームのところもあったよ」
そのときのことを思いだしながらなのか時折視線を遠くにやりながらも小野田は説明していく。
「あ、あと、腕時計のお店もあった!
ちょっと興味があってフラッと入ってみたんだけど…………」
「場違いやった、と」
「うん……ちょっとだけ見たディスプレイされてた時計の値段がすごいかった……」
「腕時計はピンキリや。値段の張るもんはそれこそ青天井クラスのものかてあるんやで」
「知りませんでした。あそこも別世界です」
思い出して遠い目をしつつ少しだけ涙目なのは、そこの雰囲気を思い出し、なおかつ興味本位で足を踏み入れてしまった自分への悔いもあったのだろう。
呻くように呟きをもらす。
「一目見て、綺麗だなーって思ったんだ。細工も細かいのがあったりして、つい。
だって、高い時計って言えば、宝石だらけのキラキラしてるのだって思ってたから!」
「テレビの見過ぎや。宝石ついてたらその分の付加価値はつくけど、ほんまに高い時計はあほみたいに精巧に出来てるもんは宝石なんかなくても値段が張るんや」
御堂筋の話に小野田は感心したように「へぇー」と言いながら何度も小さく頷いて耳を傾けていた。
興味のない話だと聞き流したり、適当に相づちを打つこともあるのだろうが、小野田にはその様子は微塵もなく、ただ真摯に相手に接している。
「奥が深いんだねぇ」
「……どんなもんでもそんなもんやろ」
「あ、そっか」
ぽむ、と手を打ってからそれもそうだね、と小野田がふんにゃりと柔らかく笑った。相変わらず生来の気の小ささゆえか言葉につまったり、遠慮することはあるがなんだかんだで御堂筋には慣れてしまったらしい。
それを何とも言えない表情で御堂筋も見下ろしていた。
表情は相変わらずわかりづらく変化に乏しいが、もしもおば一家が見たら吃驚する程度には珍しいものをだった。
もちろん、それを知らない小野田は気づいていない。
「で、次なんだけど……って、わわっ」
「ん」
次の場所へと移動しようとしたところで今も吹いてはいたが、今日一番に強い風に煽られて小野田が吃驚して首を竦める。ついで、思わず足がたたらを踏みかけたのを御堂筋が気づいて手を伸ばして背を添えた。
ぱちぱちと瞬きをし、背中にある手に気づいて小野田が隣を見やる。
「ご、ごめん、ね。ありがとっ」
「一緒におる相手がドジでこけられるのを避けただけや」
「…………なんか微妙にけなされてる」
しれっと告げられた辛辣な言葉に少しだけ心にダメージを受けるものの、それでも下がった眉を戻して小さく笑みを浮かべて小野田が頭を下げる。
「ほんとにありがとね。
でも、強い風だったなぁ……」
今は日中のなかでも陽の高い時間帯で、ある意味で一番暖かいはずなのだが冬の日差しはやはりというべきか柔らかさが目立ち、冷たい風のせいで体温がよけいに奪われていってしまう。
小野田もぶるっと体を震わせてから首を竦めた。
「なんかまた寒くなってきたような気がする」
「12月も末やしな。寒くなって当たり前やろ」
「そうは言ってもやっぱり寒いよ。御堂筋くんは平気そうだけど、寒くないの?」
「寒いと言えば寒いけどな」
それにしては表情に変化がない、のは仕方ないのかもしれない。そもそも寒がる御堂筋の様子が想像できずに一度ふるりと首を横に振った。
無理に想像しなくてもいいことがある。
「なんや?」
「う、ううん、別に。
あ、京都もすごい寒いって聞いたから、そのおかげで寒さにも強いの?」
「せやから寒いもんは寒いって言うてるやろ。
京都は盆地やから寒暖の差は大きいけど」
そう言いながら御堂筋は小野田のほうをちらりと見やる。視線に気づいた小野田がぱちん、と瞬きを一度して首を傾げようとしたところで、タイミングが良いのか悪いのか、くしゅん、と小さくクシャミをこぼした。
「ボクより着込んでるくせにクシャミまでしとるし」
「ご、ごめん」
「謝らんでもええわ。悪い風に言うてるわけやないし。
これでも巻いとけ」
「へ?」
言われ、意味が分からずの顔を上げたところで小野田の首にマフラーが巻かれる。落ち着いた白のそれは、間違いなく御堂筋が巻いていたものだ。
ぽかん、と口を半開きにして小野田が目をまん丸くするのを、「間抜けな顔しとる」と御堂筋が揶揄したところで、ハッと我に返った。
「え、うぇっ、あ、あの、これ!」
「なに言うとるかわからへん」
「だ、だだ、だから、これ!」
これ、と言いながら小野田が手に取ったのはマフラーで、言葉はなくとも自分がなにを気にしているのかを相手に伝えようとしている。もちろん、御堂筋は最初から小野田がなにを驚いているのかわかっていたので気だるげに首を傾げるだけだ。
「しばらく貸しといたる。隣でクシャミされるよりマシや」
「で、ででも、それだと御堂筋くんが、寒いんじゃ」
「まあ、ちっとな」
「だ、だったら」
「せやからええ言うてるやろ。それともなんや、お前ボクのすることに文句でもあるんか?」
「えぇぇぇぇぇぇっ」
ひたすらに恐縮する小野田に御堂筋が機嫌悪そうにすごむ。だが小野田も相手のことを気にするあまりに素直にマフラーを受け取ろうとはしないようで、オロオロしながらもどうにかできないかと視線が右往左往している。
そこで何事か続けようと口を開きかけたところで、御堂筋はまわりの視線に気づいて目だけで横を見る。
見れば通りがかりの人々が自分たちのやりとりを見て、何かあったのかと視線を向けているのがわかった。今は通り過ぎるだけだが、このまま押し問答を続ければ注目を浴びるのはまず間違いなく、わざわざ他人の好奇心を寄せるような真似をするわけにもいかない。
どうするべきかと僅かな逡巡の後、ふと、何かを思い着いた御堂筋が「せやかったら」と切り出す。
「それ貸すかわりに、あそこでなんか奢って」
「? あ、あそこ?」
困惑気味の表情で首を傾げる小野田の視線に合わせるようにして御堂筋が『あそこ』と言った場所を指さす。そこへ小野田もつられて視線を流せば、歩道の向こう側、秋葉原の中でも割と……いや、ある意味でもっとも有名なビルのひとつと言っても過言ではない建物がある。その理由というのが、今や国民的アイドルとなった少女たちが公演を開いていたからではあるが、そのことは今は問題はない。
その一階部分には、観光客相手用なのかクレープやおにぎりと言ったものが売られている店頭があるのだ。
「さっきの昼用のもなんだかんだで余ったしな」
奢らせる気は毛頭なかったが、こうしなければ小野田も引っ込みがつかないのがわかっているのだろう。落としどころをつけたとも言える。
不思議そうに目を瞬かせ、小野田がようやく、うん、と頷く。
「……それなら……」
どうやら御堂筋の考えは正しかったようだ。
「ほなら行こか。向こうに行く横断歩道はどっちが近い?」
「あ、それならこっちのほうから行こう」
促されて行く方向へと二人は歩き出した。
隣を歩きながら小野田はしばらく考え込むようにして視線を虚空へと泳がせていたが、やがて御堂筋のほうを見る。
「あ、あのね、」
「なん」
「ごめ…………じゃなくて、ありがと」
謝罪ではなく感謝の言葉をと途中、自分で言い直して小野田はマフラーに顔を埋める。
あったかぃ、という小さな呟きがもれた。聞こえないだろうと思っているのだろうか、雑踏の隙間、冬の風に乗ってそれは御堂筋の鼓膜を僅かに揺らした。
御堂筋もちらりと視線はやったものの、すぐに前を向いて呟きを聞こえないふりを決め込んだ。
1と10−秋葉原にて。ぶらぶら歩いている真っ最中。−