隣のとらのあなへ移動すると、一階の中へと入って階段を上る。その途中で、出入り口のすぐ近くにあったエレベーターを話の前提として御堂筋が後ろに続いている小野田へと振り返る。
「上からは行かへんの?」
「上は女性向けばっかりだから…………」
「ああ……」
御堂筋の疑問に小野田は何ともいえない複雑な表情で呟いて明後日の方を見る。彼が口にした単語と、そして表情から上で展開しているものが何なのかを察した御堂筋も、多くは言わずに、ああ、と呟きを漏らす。
「あそこは異世界だよ……」
「………………行ったことあるんかい」
「階数を間違えてちょっとだけ……でも、出来るならもう二度と入りたくない、かも……」
疲れきった表情で大きなため息をついた小野田に、これほどのダメージを与えた『異世界』というのはきっと魔都にも匹敵するのだろうと結論付け、深くツッコまないようにして(下手な言葉は傷口を抉り、そこから毒を撒く事態になりかねなかったために)とりあえず二階の奥へと移動する。
一階、二階とで展開されていたのはDVDやCDと言ったものであり、さらに新作が所狭しと並べられていた。
特に力を入れているものでは、両手を広げてなお届かないほどの巨大なポスターが飾られていたり、ミュージッククリップやアニメが流されたりしている。
「あ、これヒメのBOX予告だぁ。いいなー」
「そういえばそんなん電子掲示板で予告しとったな」
ようやくというか、自分が気になるもので我に返ったらしい小野田が少しばかりよろよろとしたままではあったが、ヒメの映像が流れている画面へと近づいていく。
彼女の笑顔とともに、お決まりのテーマミュージックが流れ出して室内に響いている。
小野田の隣に御堂筋が立つ形になって、自然と二人は並んでそれを見つめることになった。
「これ買う予定とかあるんか?」
「んー、書き下ろしのBOXイラストは気になるけど、特典なんかは前に出てたの流用みたいだし、前にも言ったけど今回はいいかなーって。元々、全巻持ってるしね。
これで新作書き下ろし映像が入ってたら、ちょっと考えちゃうけど。でも、今は新しい自転車のほうが欲しいし」
「新しいの?」
オウム返しに聞き返したところで、御堂筋は小野田が今乗っているものが借り物であることを思い出す。自分から調べたわけではなく、小野田がそれを以前のメールのやりとりで明かしたのだ。
御堂筋の疑問の言葉に小野田はこくん、と頷いて画面から顔を逸らして相手のほうを見上げる。
「さすがにいつまでも借りっぱなしのわけにはいかないから。まだ何を買おうかは決めてないけど」
「今借りてるのと同じタイプのヤツでもええんとちゃう?」
「寒崎さ……お世話になってる自転車屋さんが言うには、自分で買うときは好きにしてもいいけど、自分の力に見合ったものがいいだろうから慎重に選べって」
確かに自転車ひとつ取ってみても、メーカーや車種などでその性能はおのずと変わってくるものだ。一種の癖のようなものだと考えればいいのかもしれない。
それを思い至り、御堂筋も小野田の言い分に納得して「好きにしたらええわ」と告げた。
さらにとらのあなからアニメイトへ入り、そこで発売されたばかりの新刊を手に入れて二人は外へと出た。
なんともしまりのない顔で笑う小野田に御堂筋は眉を顰めながら口を開く。
「アホい顔して笑ぅとるな、キモい」
「だって地元だとなかなか手に入らない限定版が手に入ったもん。嬉しくて顔がニヤケちゃうよー」
御堂筋の辛辣な言葉もこのときばかりは効果が薄いよでうで、小野田はえへへー、と浮かれた表情でふんにゃりと笑ったままだ。
こうなれば何を言っても無駄であろうことは御堂筋もわかっているので、小さく『典型的すぎてキモい』と呟きを落としつつもそれ以上無駄なツッコミを控えた。
小野田が胸に抱えている青いビニール袋の中には今日発売の新刊が入れられている。普通の単行本より厚みがあるのはそれが限定版だからである。
欲しいと思ってはいたものの、情報に気づいたのは随分とあとで、しかも予約は発表後早々に打ち切られてしまって手には入らないだろうとあきらめていた品だったので偶然にも「緊急入荷!」の文字を見つけたときの小野田の喜びはひとしおだった。
「とにかく、ええかげんにそれ鞄のなかに仕舞っとき」
「うん、そうするねー」
余韻のせいか浮かれ口調ではあるが小野田は御堂筋の指摘に従って提げていた鞄を開けて袋を中へとしまっておく。
蓋を閉じてぽんぽん、と大事そうに鞄を叩いたあとで、ふと小野田は腕につけていた時計に気づいて視線を落とした。
見ればお昼を少しばかり過ぎてしまっている。
本を物色していたせいか、思ったより時間がたってしまったようだ。
それを確認したことで浮かれ気分から幾分か立ち返った小野田が御堂筋のほうへと振り返る。
「御堂筋くん、お腹空いてる?」
言われ、御堂筋も今がお昼時だということに気づいたようでちらりと腕時計に視線を落としたあと、「もうこんな時間か」と呟きをもらした。
「言われてみれば腹も空いてきたし、ここらで飯食べよか」
「うん。ちょうどお昼時からは時間が過ぎてるから、人も少なくなってるだろうしね」
「ほな、とりあえずここから動くで」
「うん」
こくりと小野田が頷けば、それをきっかけにして二人は立ち止まっていたアニメイトの出入り口付近から道なりに移動を始める。そこにいて話し合っていたのでは迷惑ということもあってのことだが、移動先も決めないままに動いては目的地を決めたときに無駄足になるかもしれないので、歩幅はゆっくりとしたものだった。
「御堂筋くん、何か食べたいものとかある?」
「何でもええ」
「それが一番困るんだけど……」
あっさりとした御堂筋の答えに小野田が眉を顰めて困った顔をする。何か食べたいもの、と言って、なんでも、と言うのが一番厄介な代物でもあるためだ。
「せめて和洋折衷だけでも言ってくれないと」
「お前がここの案内しとるんやから、お前が決めたらええやろ」
「そりゃ、おいしいって評判のところならいくつか調べてあるよ? でも、それでおいしくなかったら……」
「それはそこにしたお前の責任」
「……やっぱりそうくるんだね」
予想はしていた、と小野田は明後日のほうを見て乾いた笑みを浮かべてしまう。
そんな小野田を御堂筋は何もジッと見つめたあと、おもむろに口を開いた。
「別に、おいしいって評判のところでなくてもええやろ」
「?」
御堂筋の声に不思議そうな顔をして小野田が振り返った。無言の疑問符は、そのまま御堂筋に向けられており、言葉の真意を尋ねているのが雰囲気だけで伝わってくる。
それを御堂筋も感じてか、続きを話す。
「普段、お前がうまいって思ってるところでええってことや。誰なんかわからへんヤツらの評判なんかより、そしたら当たり外れも少ないやろ」
「……そ、う、かな?」
「そうや」
一言の元に断じられた。
それに小野田は目を丸くしていたが、やがて御堂筋の理屈に納得したようで、うん、と小さく頷く。
「そうだね、そのほうがいいかも」
「そうしとけ。それで、お前が行ったことあるとこでうまそうなのはどこなんや」
「う、んと、幾つか知ってるけど、一度食べてみて欲しいのはラーメン屋さんかな」
「ラーメン?」
オウム返しに御堂筋が尋ねれば、小野田もさらに頷く。
「何度か行ったことあるけど美味しいよ」
「じゃあそこに行こか」
「うん。お店は秋葉原なら二店舗あるけど、駅前のほうが入りやすいからそっちに行こう」
「二店舗? そないに有名なとこなんか?」
「全国展開はしてないけど、東京と沖縄で何軒か系列展開してるみたい。秋葉原は珍しく同じ地区で出してる」
行き先は道なりに進んでいけばいいので、二人は示し合わせたようにゆったりとした歩調のまま目的地まで歩いていく。
「あ、ボク、母さんから『遠くから来てくれてるんだからお昼代くらい出しなさい』ってお昼用に多めにお金貰っちゃったんだけど……」
そうしている内に、小野田が思い出したように御堂筋に告げる。最後は言葉を濁したものの内容から察するに、おごる、と言いたいのだろう。
学生の懐事情というのは結構厳しいものがある。かく言う小野田も、電車代が浮くからと自転車で週末のたびに秋葉原へと約90キロの移動をしていたほどだ。お金を使わないでいい機会があるのなら、ありがたく受け取るだろう。
それは同じく学生である御堂筋も変わりない懐事情であるはずだった。しかし、小野田からの提案に彼は一瞬、渋い顔をする。
それを目にした小野田が、気の障ることを言ってしまったのだろうかと思わず首を竦めてしまう。
「……考えることはどこも似たようなもんやな」
「え?」
だがおもむろに口を開いた御堂筋の呟きは小野田に対してのものではなく、別の誰かを思ってのものであるような響きを持っていた。
疑問符を頭の上に浮かべる小野田に、御堂筋は先ほどの呟きの実状を明かす。
「ボクも、一緒に行く子の飯くらいおごったり、って余分に昼食代渡されたんや」
「え、え?」
御堂筋の話は想像しなかったようで、ぱちぱちと瞬きを繰り返して小野田が目を丸くする。
秋葉原へは車で移動したものの、降りる際に半ば無理にやりに渡されたのだ。いや、押しつけられたと言っても過言ではない。
何しろ先の一言を告げたあと困惑してそれを返そうとする御堂筋の言葉を待たずに車は出発してしまったのだから、確信犯でまず間違いはない。
ちなみに押しつけたのはもちろんおばで、車を発進させたのはおじだ。合図も何もなく見事な連係プレーによって完遂されたところを見ると、御堂筋が知らない間に示し合わされていたのかもしれない。いや、絶対にそうであろう。
どうでもいい……いや、ここまでくると良くない部類に入るが、おばの言動の裏には何か良からぬものが控えているように御堂筋は思う。予想をしようとすると無意識が最大級の危険信号を鳴らして自己防衛を計るので、未だに結論には至っていない。
何を考えているのかと、半ば投げやりな気分で御堂筋が疲れた表情でため息をつく。ここ最近、自分の『家族』の間で自分の知らぬ間に行われていることを思うとため息が増える。
御堂筋のそんな様子に小野田は目に見えておろおろとし始めた。小野田に対してのものではないにしても、どう答えていいのかがわからないのかもしれない。
眉を八の字に下げて視線をあちこちに動かす様子に気づいて御堂筋も小野田を見やった。
そのとき、小野田もさまよわせていた視線を隣にいる御堂筋に戻して顔を上げた。ちょうど同じタイミングで視線がかち合う。
しばし、二人は緩やかな歩調を保ったまま見つめあった。
それはほんの数秒ほどのことで、先に口を開いたのはやはりというべきなのか御堂筋のほうだ。視線をふい、と前方に戻しながら「そんなら」と口火を切る。
「替え玉でも追加すればええか」
おそらくどちらかがおごるというのであれば押し問答に発展するのは目に見えている。その場合、どちらかがどうしてごちそうしなかったのかと言われてしまうだろう。
だからこそ暗に、おごるというのではなく、普段の昼食より奮発して使えばいいのだと御堂筋は言いたいのだ。
言葉は少なかったが、それは小野田にもちゃんと伝わった。彼は緩慢に瞬きをしたあと、ふわりと口元を緩めて同意を示して繰り返し頷く。
「そうだね。ボクも、たまごかけごはん追加してみようかな。前から興味はあったんだけど、ちょうど良い機会だし」
「白飯やないんか?」
「それもあるけど、どんぶりものもお茶碗サイズで三種類くらい置いてあるんだー。たまごかけごはん以外にも、とろろがけとかあって」
そうやって店にどんなメニューがあるのかを小野田は道すがら御堂筋に話して聞かせた。
身振り手振りを時折加えながら説明する小野田に、御堂筋も相づちを打ちながら時折、質問する形で話をより深めて聞く。
そうこうしている間に数分もすればラジ館の隣にまわりのビルと比べて少しだけ小さい構えの店舗につく。
しかも二階は別の店が入っていて、お昼時を過ぎたとは言え中に入れるのかという疑問が御堂筋の中に湧く。もし中に入れたとしても、お昼時を過ぎたとは言え駅前という好立地条件にありながら客が少ないというのもいただけない。
食券販売機の前に立って財布を出している小野田に向けて御堂筋が怪訝そうにつぶやきをもらす。
「……これ、店ん中に入れるんか」
「ここは注文してから出てくるのも早いし、地下にも席があるから大丈夫」
「なんや地下にも店があるんかいな」
「外からだとわからないけどね。だから見た目よりたくさんお客さんが入ってるんだ。
あ、もしこだわりがないなら御堂筋くん、自分仕立てラーメンにして貰っても良い? 他のも美味しいけど、初めて来たならそれが一番おすすめだから!」
「お前の太鼓判ってわけか。まあ、ええわ」
もし口にあわなくてもお前に責任取らせればええし、と付け加えれば小野田の表情がひきつったが、それを無視して御堂筋は食券を買った小野田に続いて指定どおりにお金を入れて自分仕立てラーメンのスイッチを押す。
ついでにセットのスイッチも押してから、店の入り口の引き戸に手をかけて待っていた小野田とともに暖簾をくぐりながら中に入った。
中に入れば店員らしき数人の人物から一斉に、いらっしゃいませー! と明るい声をかけられた。ついで、何名様ですか? とカウンターを出て近づいてきた腰エプロン姿の店員に尋ねられる。
二名だと小野田は答えれば、地下へと行くように指示された。
勝手知ったる小野田は先に店の壁沿いを進み、すぐそこにある地下への階段へと進んでいった。それに御堂筋も続く。
地下に降りれば小野田の言ったとおり、そこにもカウンターテーブルが配置されていて、既に席が埋まりかけていた。ちょうど二つ並んで開いていた席へと進み、コートを壁掛けにかけてから椅子に腰を下ろす。
店員が水を運んでくるのと同時にそれぞれに食券を差し出せば、手慣れた様子で二枚の紙を差し出してきた。見ると麺の太さや硬さ、味の濃さだけでなく、チャーシューの有無に至るまで細かく指定できるようになっていて、なるほどこれが自分仕立てということなのかと御堂筋も納得する。
小野田はテーブルの上にあったペンを手にとりながら隣に座る御堂筋のほうへと向き直った。
「これで、どんなのがいいか決めていくんだよ。
トッピングも左側の八種類のなかから四つ選んで追加できるから」
「追加料金は取られんの?」
「最初から値段に入ってるから大丈夫」
御堂筋が小野田から説明を受けているのを見て、店員も自分がする必要がないことを悟ってか一度離れていった。それを後目に小野田の話は続く。
「トッピングはもちろん好みでもいいけど、チャーシューと味付け卵は選んで欲しいかも」
「おすすめか。まあ気が向いたらな」
「うん!」
素っ気ない返事にも小野田は気にするそぶりはなく、気が向いたら選んでね、とでも言いたげに笑いながら頷いてみせる。
結局、トッピングには先のチャーシューと味付け卵が真っ先に選ばれ、あとは互いに適当に好きなものを選んで店員に渡した。
「麺の太さで思い出したけど、関西のほうは麺は細いのほうが主流だったりする?」
「店によってまちまちやけど、大抵のところは細いんが多いな」
「へぇー、ボク、ラーメンだとちぢれ太麺のほうばっかりで、細麺はあんまり食べたことないよ」
「こっちはちぢれ太麺はだいたいつけ麺やからな」
「あ、それはこっちも。つけ麺で細麺ってあんまり見かけないよね」
「あれは麺につけ汁絡ませなあかんからちぢれなんや」
「そっか」
御堂筋の説明に小野田が納得したとことで、カウンターの奥から店員がラーメン鉢を二つ持って近づいてくるのが見えた。
熱いので気をつけて、というお決まりの言葉と一緒にカウンターの上に置かれたラーメンは何とも美味しそうな湯気とともに匂いで鼻腔を刺激する。ついで、それぞれのごはんなどのセットが出てくる合間に箸を手にとった。
「あ、胡椒は入れてもいいけど、その旨味辛ダレがあるから先に混ぜてから味をみたほうがいいかも」
「そうしとく」
注釈も入り、頼んだものがすべて自分たちの前に並んだところで、二人はほとんど同じタイミングで手を合わせて「いただきます」と言う。
言われたとおりタレを混ぜ、一口麺を啜ってみる。
「…………悪ぅないな」
「よかったぁ!」
呟きは小さいものだったが御堂筋の高評価(あれでも)に小野田は胸をなで下ろしたのか、ホッと息を吐き出す。
「麺の太さまで事細かに注文つけられるんや、大抵の人間は気に入るやろ」
「でも、味はやっぱり好みもあるし」
「そこまでボクも偏食ちゃう」
さすがに口の中に物が入っている間に喋るような不作法は双方ともしないので、飲み込みんだ合間に言葉のやりとりを交わす。
ラーメンの話題から入ったせいか、麺の類に連なるものがほとんどだったが。
「そういえば、京都ってどんなラーメンがあるの? やっぱり京風ラーメンとか?」
「塩、とんこつ、味噌、あとはスープの出汁も千差万別や。いろいろとあるんはどこも一緒やろ。
てか、京風ラーメンってなんや」
「え、だって京都…………」
「京都にあるのにか?」
「…………あ」
御堂筋に指摘されて小野田もようやく自分の言葉のおかしさに気づく。
京都にいるのに京風ラーメン。
京都にあるのに京『風』とはこれにいかに、と言ったところなのかもしれない。
「自分の言うてることの不自然さに気づいたか?」
「うぅ、確かに変だね」
「まあ、お前が何を思ってそう言うてるかは知らへんけど、何でも京風ってつけたら京都になると思うのは偏見やで」
「だ、だって、なんか普通のラーメンと比べて醤油ベースのあっさり味だったし、油でぎとぎとーって感じでもなかったからつい、京都ってこんなラーメンなのかなーって」
「和風ラーメンか……和風、ってのもおかしなもんやな。
まあええわ。けどそないに特徴的なもんなんて京都にはあら……へんとも言えんな、そういえば」
自身で否定しかけたものの、思い直して前言を撤回するのは御堂筋にしては珍しく小野田もスープをレンゲで掬った体勢で止まって顔を隣に座る御堂筋へと向ける。
「そうなの?」
「にしんそばとかあったわ。あれもあったかいそばの上ににしんが乗っかってるもんやし」
「あ、それボクも聞いたことあるよ。食べたことはまだないけど、ほんとににしんが丸ごと?」
「さすがに生やないし、うまいから有名になっとるけどな」
確かに、にしんそば、という言葉だけなら小野田だけでなく、他の人たちも聞いたことはあるくらいに有名なものだろう。
だが、聞いたことがあるという意味では広く知られていてまず間違いない。
ただその見た目のインパクト故に、食べてみるのに勇気がいる側面が多少なりともあるのかもしれなかった。何しろそばの上に、にしんがまるごと乗っているのだ。
「あとはせやな。この前食べたけど、焦がし味噌ってのが結構うまかった」
「焦がし味噌。そういうのもあるんだ」
味噌ラーメンではあるが違いがうまくわからず、それでも美味しいのであれば食べてみたいなぁ、と小野田は表情を崩しながら掬い取っていた麺を啜る。
焦がしてあるってどんな感じなのかな、焼おにぎりみたいな感じかな? と思案を巡らせていたところで、横合いからそれを横目で見ていた御堂筋が口を開いた。
「お前がこっちに来ることがあれば案内したる」
「…………」
沈黙。
言われた意味が最初、耳から入りはしたものの理解ができずに小野田は口のなかに麺を入れて租借を始めた体勢のまましばし固まってしまう。
そんな小野田の反応をある程度予想でもしていたのか、悪態をつくわけでもなく御堂筋がスープだけになった鉢を置いて、替え玉注文用の目の前の機械にコインを投入する。
替え玉一丁! という声が機械の中から響いたところで、
「………(ごくん)………え、えぇっ?!」
「遅。反応するのにいつまでかかってるんや。まあ、口の中のもん飲み込んでから声上げたから許したるけど」
「あ、ありがと……じゃなくて!」
思わずノリツッコミまで披露してしまった小野田とは裏腹に御堂筋は何でもないような顔で近づいてきて、麺の硬さを問う店員に「硬めで」と答えてから今度こそ振り向いた。
「借り作ったままやったら座りが悪い」
「か、借り?」
「今日のことや」
「そ、そんなことないよ! ボクも御堂筋くんとこうやって遊べて嬉しいのに!」
「せやからお前は…………ああ、もうええわ。言うても無駄やろ。ともかく、お前に案内してもろとんのは事実や。せやから、もし関西に来ることがあったらボクが案内したる」
なんか文句でもあるのか、言い足りないことでもあるのかと御堂筋が小野田を見る。
小野田はぽかんと口を半開きにして呆然としていた。
借りだなどとは微塵も思っていないのだろう。
しばし逡巡し、けれどジワジワと表情が緩んでいくのが御堂筋の目から見てもわかりやすいほどだった。
ふんにゃりと笑いながら、照れくさそうに声をこぼす。
「じゃあ、お願いします」
「ああ。まあお前が実費でこっち来るのが大前提やからな。期待せずにおるわ」
「うん、でも、ありがとう」
感謝の言葉は静かで、それでいて社交辞令などではなく本当に心の底から紡がれているのが如実に伝わってくるような声だった。
表情も実に嬉しそうで、眦を下げて柔らかく笑んでいるのがわかる。
約束は確証もない口約束に近い。
もちろん、御堂筋は自分の言ったことに対して嘘は交えていないのだが、それだけでこれほど喜ぶものなのかと内心驚きを禁じ得なかった。
それから二人はとりとめもない話を完食するまで交わすことになる。
1と10−秋葉原にて。お昼でも食べませんか?−