秋葉原には大なり小なり様々な系列のゲームセンターが点在している。
 大きなところになると最速の青いハリネズミが有名なメーカーが一キロ圏内の数店舗という、他の地域ではまず見られないであろう展開を行っていた。それと同じく、今、御堂筋たちが入ったゲーセンは系列は違うが有名なメーカーが所有しているのもそうだ。
 赤い色合いを主体にした外装と、インベーターのキャラクターが目立つ。
 UFOキャッチャーがまるで迷路のように並べられた間を縫うように歩きながら、小野田はおぉー、と声を上げて中に入れられている景品に視線を走らせる。

「やっぱり最近のは出来が良いなぁ」
「それだけ欲しがる奴らがクオリティ求めてるってことやろ。たかがゲーセンの景品にそこまでのもんを求めるのもどうかと思うけど」
「それはそうかもしれないけど、それに答えちゃうところがスゴイよ」

 迷路のように置かれた機体の間を移動しながら二人は両隣にある機体に視線を流しながらやりとりを交わす。
 昨今は節電が求められていることもあってか、機体の中の蛍光灯を全部つけなかったり、減らしたりしてはいるものの、やはりというべきか中はかなり明るい。
 そして機体から流れてくる電子音のメロディも相まって、まるでエコーが掛かっているかのように鼓膜を絶えず揺さぶってきていた。
 響いている音のせいで、話しているだけならいざしらず、呟きともなるとかき消されてしまいそうだ。つまり、そのくらい電子音がうるさい。それらが絶えず聞こえてくることに僅かに鬱陶しそうな顔をしたものの、文句を言うまでではないようで御堂筋がつい、と、通りがかりで明るい機体の中へと視線を流す。
 ぬいぐるみなども置いてあるが、場所柄ゆえか機体の中に入っているのは、ほとんどが少女キャラのフィギュアだった。
 今流行りのものから、少し前に放映されてシリーズ化したものまで多種多様で、先に小野田が感想を口にしたように大量生産のゲーセン用の景品とは言え、その出来は一昔前のものと比べても別格ともいえる出来の良さを誇っている。

「最近は数千円するフィギュアに匹敵するくらいのクオリティを売りにしてるのもあるからね」
「あのSQシリーズな」
「一番最初に出た女帝さんのは入ったら即出ちゃうくらいの人気だったみたいだしね」
「あれは元々人気あったからやろ。その前に出た流通タイプのフィギュアかて予約も店頭も即完売扱いやったみたいやし…………その分、転売屋も多かったけどな」
「あー……」

 転売屋、という単語に小野田が渋い顔をする。
 オタク文化だけではないが、広く知れ渡るようになってグッズなどにに付加価値がつくようになると、それを悪用しようというものが出てきてしまったのも事実なのだ。
 もちろん、そういう輩は広く買い占め行為をしたりなどしてさらに流通する品数を圧迫してしまう。正規の値段で手に入れられず、仕方なく転売屋から購入し、それで味をしめた輩がさらに……という悪循環を生み出すことにもつながっている。

「もっと流通させればいいのに、とは思うけど、作りすぎて在庫を抱えたくないって言うのもわかるしなぁ……」
「再販くらいならかけられるやろ。一部のメーカーはそうやって『いつかは手に入れられる』っていうのを周知させとるとこもあるし」
「んー、真っ先に手に入れなくてもいい、いつか手に入るならそれでいいかもしれないけど、なかなか難しいね」
「そこはメーカーの方針次第やな。消費者はとやかく言えん」
「要望くらいは出せるみたいだけどね」
「あとは色違いもん出しすぎとかな。新作出さずに焼き増しとかよぉメーカーが使う手や」
「それは前のヤツが人気があって、手に入らないって要望があったからかもしれないよ。どっちにしても、造形がそれだけ良くて好評だったってことだろうし」

 そんな近頃の「人気商品に対してのメーカーなどによる転売屋対策」を話あっていたところで、不意に横を向いた小野田の口がぴたりと止まった。
 ついで、視線が固まり、だがそれを恥じてか慌てた様子でバッと横を向いてしまう。足も止まってしまった。
 もちろんそれには一緒にいた御堂筋もすぐに気がついた。
 おかしな行動に首をひねりかけ、なにを見つけたのかと小野田が先ほどまで視線で追っていたところを改めて見やる。
 そして、ああ、と納得した。

「お前のとこからやとスカートの中身が丸見えやな」
「はっきりと指摘しないで!」

 御堂筋の指摘に小野田が今度こそ真っ赤になって顔を手で覆ってしまう。恥ずかしそうに首を竦めてうなだれる仕草は「お前は本当にボクと同い年か」と御堂筋が再びツッコミを入れたくなるような反応だった。
 少なくとも思春期の男子校生がするような仕草ではない。
 ちなみに先ほど小野田がなにを見たのかと言うと、機体のなかに飾られている景品の美少女フィギュアだ。
 しかもミニスカートを翻して扇情的なポーズを取っており、わかりやすく言えばスカートの中が見えやすくなってしまっている。
 通りがかりにフィギュアがどんな造形をしているのか見えやすいようにと配慮して置かれている。客からの要望があってのことなのか、店員がそうして配置したのかはわからない。ただ、スカートの中を見るには平均身長からは
のぞき込んで見なければならないように計算されて置かれていた。これは設定を任された店員の考えだろう。
 ただ、平均身長より幾分か小さい小野田はのぞき込まなくてもスカートの中が見えてしまったのだ。これは本人のせいではない。偶然とも言える結果だった。

「ていうか見えたくらいでなに生娘みたいな反応しとんや」
「生娘って何!?」
「なんや生娘も知らんのか? 生娘っちゅうんは、」
「説明して欲しいわけじゃなくてね! ボクが言いたいのは娘のほうだから!」

 男の自分に対して『生娘』という表現を使ったことに対しての抗議だったのだろう。もちろんそのくらい言われなくとも御堂筋も気づいている。わざとやっているのだから当たり前だ。
 小野田のおぼこすぎる反応にちょっとからかいたくなっただけである。いつもの表情に乏しい顔で淡々と言うものだからからかいの類だとわかりづらい上に、それをされているのは小野田なので気づいていないのだ。
 今にも頭から湯気でも出そうなくらいに小野田は赤面したまま顔を覆って俯いている。偶然とは言え見えてしまったものに対して恥ずかしさを抱えたままで、その上で御堂筋に指摘されたので余計にテンパってしまったのだろう。
 それをしばし見やり、ついでまた機体のほうへと御堂筋が視線を流す。

「今時、キャストオフするフィギュアかて普通に一般流通しとんやからパンツ見えたくらいで騒ぐな。お前かてフィギュアのひとつやふたつ持ってるんやろ」
「そ、そりゃ持ってはいるけど、ヒメのはキャストオフなんてしないし、スカートの中はスパッツ掃いてるから見たことなんてないよぉ」

 ようやく顔を上げた小野田が御堂筋の言葉に反論するためか恐る恐る顔を上げる。必然的に上目遣いなり、半ば涙目なのでその雰囲気といったらビクビクと震えている小動物そのものだ。

「……そういえばそうやった」
「う、うん」
「けどそれにしたって反応がアホすぎ。たかが縞パンが見えたくらいで過剰すぎや。
 てか、このキャラに縞パンて絶対制作者の趣味やな」
「御堂筋くん、なんでパンツの柄まで言い当ててるの! そこから見えないよね!?」
「ご丁寧にのぞき込まなくてもええように鏡置いてあるから見えるんや」
「店員さん何してるんですかっ」

 御堂筋がしれっと指さした先には確かに鏡が置いてあり、わざわざのぞき込まなくてもスカートの中まで確認できるようになっていた。これは店員の配慮というか、いたずら心なのだろう。
 思わずツッコミを入れる小野田は逃げるようにして機体の間をすり抜けていく。そのとき、無意識にか御堂筋の腕を無言で掴んでいった。
 早くここから移動したい、という気持ちの現れだったのかもしれないが、自分から積極的に他人に触れる、あるいは移動を強要するようなことを小野田はしない。
 それは掴まれたほうの御堂筋にも僅かばかりの衝撃を与えた。驚きに目を丸くし、掴むな、という言葉が喉の奥にしまわれてしまう。
 小野田は掴んでいる相手のそんな感情の機敏には気づいていないようで、無言で上の階に向かうエスカレーターに向かい、移動する板の上に乗る。それに御堂筋もつられて乗ると、ふいに手が外れた。

「…………ごめん、騒ぎすぎちゃった」

 小さく呟きを漏らして小野田が謝罪を口にする。
 顔を覆っていた片手は外されているが、まだ頬に赤みを残しているためか横を向いたまま御堂筋のほうを見ようとしない。
 先ほどの行動に驚き、言葉を続けられなかった御堂筋も小野田の声に我に返り、二三度瞬きをしたあと、ああ、と口を開いた。

「別にええわ」

 短く御堂筋がそう答えれば小野田はようやくホッとした様子で表情をゆるめる。それでも少しだけぎこちなかったが、許容の範囲内だ。

「ありがと……」
「だからええ言うてるやろ。
 それで、上の階に移動するようやけど二階にもキャッチャーはあるん?」
「二階はキャッチャーとプリクラが置いてあるけど、どうだろ。もしかしたらまだ景品自体が入ってないかもだし……」
「なら探して、適当に上までぶらつくか。お目当てのはなくてもええの?」
「う、うん……すぐに手に入れたいわけでもないし、今日でなくても大丈夫」

 こくんと相づちを打つたびに小野田の顔にも平静さが戻ってくる。それでもその仕草は何とも小動物めいていた。

「上には何があるん」
「え、えと、格闘ゲーとか、体感するやつとかかな。あとは音ゲーとかも」
「だいたいゲーセンに入ってるヤツはあるんか。まあ結構階数もあるし、ないわけないやろうけど」
「向かいの通りにあるヤツのほうがレトロゲーも置いてあったりするんだけど……あ、御堂筋くん、何かしたいゲームとかあったりする?」
「あんまりないな。たまに音ゲーするくらいやし」
「え、御堂筋くん、音ゲーも出来るの!?」

 最後のやりとりでパッと小野田が俯いていた顔を上げる。期待に瞳を輝かせ、頬にまだ薄く紅潮が残っているのが目に入る。

「本格的にはしとらへんで。ホンマにハマってるヤツラの真似なんかできへん」
「確かに、うまい人はなんていうか手の動きとかすごいもんね…………ボクも見たことはあるけど、目で譜面を追いかけるのもできなかったし」
「あれは曲のなかで同じ譜面が繰り返されるし、要所さえ覚えておけばクリアだけは出来るで」
「そういうもの?」
「数に惑わされとるうちは無理やな」

 話を交わすうちにすっかり元の様子に戻った小野田とやりとりを重ねるうちに、惰性で上へ上へと移動していた二人は話題の音ゲーが置かれている階に到着する。
 ちらりと視線を流したところで、御堂筋の視線が止まった。

「……新シリーズ出てたんやな」
「あ、これ、ボクもやったことあるよ」
「…………ちょっとやってく」
「いいよ。あ、荷物とコート持つね」

 御堂筋がちょうどやっていた音ゲーの新シリーズが配置されており、しかもちょうど人の姿もなかったので試しに、とばかりにやっていくことにする。
 音ゲーをするなら荷物とコートが邪魔になることはさすがに小野田も知っていたので提案すると、相手から言われたのだし、それを曲げてまで床の上に置く気にもなれないもで「おおきに」と言いながら御堂筋は鞄と脱いだコートを小野田に差し出す。
 財布から久しく使っていなかった記録用のカードとコインを取り出し、投入口に入れると、高らかにカコン♪ と軽快な音が鳴り響いた。

 しばらくして。

「…………」

 絶句する小野田を後目に御堂筋は三曲目のゲームを終了する。画面のなかでは軽快な音とともに結果が表記され、クリアを高らかに告げた。
 背後で通りがかりに画面を眺めていた数人のギャラリーのひとりが感心したように、おぅ、と呟いたのが聞こえてきた。

「ん、まあこんなもんかな」
「み、御堂筋くんってこれハマってないんだよね?」
「さっきもそう言ったやろ」
「初見で平均アベレージ40近くは普通じゃできないと思うんだけど……!」

 選んだ曲だって今作から入った新曲ばっかりだったのに、と小野田は感心を通り越して若干狼狽え気味にまくし立てている。
 そんな小野田に御堂筋は気だるげに首を傾げて問い返した。

「一番難しいのは選んでへんし、そもそもクリアするだけならギリやったやん」
「あの連打地帯をギリでクリアできるだけでもスゴいよ!!」

 小野田の言葉にも御堂筋はそんなものかと首を傾げるだけだ。

「せやから言うたはずや。譜面は繰り返しの部分があるし、あとはゲージ根こそぎ削られそうなところに気をつければクリアだけなら余裕やで」
「そ、そういうものなのかなぁ?」
「そういうもんや。今回はオジャマも強制スピードもいれへんかったんやけどな」

 ゲージが予想より削られた、今回の譜面描いたヤツはよぉプレイしとる、とつぶやきながら、エクストラステージ……一定のポイントをクリアしたら通常の曲と合わせてもう一曲プレイできるという、いわばおまけ(ごほうび)のようなもの、を選び始める。
 あくまでもおまけ扱いなので、通常モードでつけることができるいくつかの付加ができなくなっている。
 まだぽかん、としている小野田に視線を送り、御堂筋が口を開く。

「お前かて、これしたことくらいあるやろ」
「へっ!? あ、う、うん、したことはある、けど」
「してみるか?」
「で、でもそれ御堂筋くんがプレイしてるヤツだし!」
「ボクはやりたい曲はもうやったから後は別にどれでもええんや」
「う、で、でも、ごめん、それ、9ボタンだからボク、できない……」

 御堂筋の誘いに小野田が申し訳なさそうに答える。
 ちなみに、ボタンの数はそのまま曲の難易度に直結しており、9ボタンというのは最高難易度への門みたいな部分が大きい。
 小野田の言葉に御堂筋が眉を顰める。

「今時、5ボタンて……女子高生でも普通に9ボタンからとちゃうん」
「ゲームには一人用はそれからって書いてあったから!」
「んなもん一般人への建前に決まっとるやろ」

 そこまで言ったところで制限時間が近くなったこともあり、御堂筋はしょうがないからと画面に向き直り、今作最高難易度(隠し曲のぞく)を選んでおく。
 さすがというか初見クリアは彼が言うとおり無理だった。LOSEと示されても別段御堂筋は気にする様子もなく、小野田からコートを受け取って羽織り、鞄をかける。
 ついでに小野田も興味を引かれたようでやっていくことになった。先にも言ったとおり5ボタンの初心者(中級者とはいえない)仕様ではあったものの、入ったばかりの曲でいくつかをクリアしていく。
 小野田の脱いだコートと鞄を床に置く前に無言で取り上げ(彼には御堂筋に持たせようという考えは微塵もなかった)、恐縮する彼を「始まるで」と一言いうことで意識を逸らさせてしまう。
 これ以上は何をしても無駄だということをさすがに悟った様子で、小野田はしきりにオロオロしつつも最後には御堂筋にお礼を言うことにしておいた。

「……そのレベルでほぼノーミスなら9ボタンでも行けるんちゃうの? レベル20くらいなら余裕やん」

 小野田はミスを連発するまでではなく、むしろ初見でも危なげなくクリアする程度には安定して譜面をたたいていた。
 それを見て御堂筋もそう言うのだが、小野田は苦笑を浮かべて首を横に振る。

「ボク、ボタン配置がこれ以上増えるとどこを叩いていいのかわからなくなっちゃうから」
「それはとっとと慣れたほうがええんやけどな。まあ、無理にしろとは言わへん。ハマるほどの熱意もないみたいやし」
「うん。ボクもたまにやる程度で、いつもやりたいってわけじゃないから。あと、叩くのに夢中になると音楽のほうが聞けないから」
「まあ、叩く数が増えたら聞く余裕はないな」

 そういうことになった。

 二人はそれからまた階を移動し、VSの新シリーズを見学したあと(人が多かったのでプレイはできなかった)、そのまま外へと出る。






 1と10−秋葉原にて。ゲームセンターにやって来ました。−