待ち合わせの場所は。行きたい場所はどこなのか。
 などとメールのやりとりを幾つか交わしていけば、月日はあっという間に過ぎていった。
 退屈な終業式も終わり冬休みに入ってから、しばらく。
 クリスマスの陽気で浮かれた雰囲気も過ぎ、次は年末年始の白と赤のお決まりの色合いで街が彩りを飾りはじめ……それでもまだ、その前哨戦の準備段階という微妙な時期。
 改装工事も粗方済み、新しくなった駅ビルが出来上がり、代わりに秋葉原の象徴とも言えたラジオ会館が閉鎖され取り壊し前の雰囲気を漂わせる秋葉原駅前。その電気街入口。
 改札を出ればそこには柱が幾つかあり、時間が立てば自動で切り替わる電子看板が鮮やかに視界に入ってくる。ちなみに、そこにあるのは大抵『萌え』文化というヤツで、御堂筋が背中を預けているそこにはアニメの人気キャラクターの一角でもあるヒメが笑顔を浮かべて決めポーズを取っている姿が映されていた。
 もうすぐDVD&BDのBOXが発売されるとのことだ。

「どうでもええけどね」

 どうも最近のアニメはDVDやBDを一巻ずつシリーズで刊行させていたと思ったら、新シリーズの始まりに合わせて過去のものをBOX販売する、という手法が多くなっている。
 最初からそうしておけ、という意見もあろう。実際、そうしているアニメもあるにはあるがまだ少数派だ。
 さすがにBOX特典は幾つかつくらしいが、視聴者の財布に大打撃を与える要因となっているのはまず間違いない。
 そういえば、小野田もこれが欲しいけど、さすがに手が出ない(おもに金銭的な問題で)、などと言っていたことを御堂筋はそれとなく思い出す。
 学生の身分で数万円という出費は大きすぎるだろう。
 大人でだって早々手が出る代物では……ない、と言い切れないのが恐ろしいところだ。
 売れるから作る、というのもこういうBOXが出る一つの要因なのだろうし。

 溜息とともに視線をずらし、人の流れに視線を送る。
 今日は暦の上では一応平日なのだが、世間一般では冬休みに当たるためか学生らしい人の姿が多い。
 幾人かグループになって何やら話し合いながら構内を行き交っている。話の内容までは雑音に混じって聞こえてこないが、ここに来るグループなど目的は知れているはずだ。

「…………そろそろやろか」

 呟き、御堂筋は片手で意味も無く弄っていた携帯を持ち直しながら視線を落とした。
 ボタンに触れるとディスプレイのスリープが自動的に解除され、待ち受け画面まで数秒の間もなく立ち上がる。
 端の方に記されている時間は、取り決めした時間の数分前を現していた。
 そこで自動改札口の向こう側から雑音とともにアナウンスが流れてくる。雑踏に混じって聞こえづらいが、新しく電車が入ってきたのは間違いないだろう。それに釣られるような形で何となく視線を送ると、エスカレーターや階段の降り口から人がゾロゾロと降りてくるのが目に留まる。
 しばらくすれば改札口はあっという間に人の流れで血栓をつまらせたようになり、人が多くなった。
 先ほどから電車が入るたびにこんな光景が出来ていたので既に珍しさはないが、ジーッとそれを見つめていた御堂筋の瞳が、一瞬、何かを見つけて僅かに細められる。
 次の瞬間には間髪入れずに背中を預けていた柱から離れ、人の流れに逆流するように改札口まで足早に近づいていった。流れとは真逆の行動を取る御堂筋に、幾人かの通りがかりがチラリと視線を送ったが、すぐさま興味を失せたように横切っていく。
 背の高さも、ここではあまり注目されなかった。
 長い腕を動かし、スッと伸ばして、件のものを捕まえる。

「トロすぎ、なに埋もれとるん」
「み、みみ、御堂筋くん!!」

 猫の子のように襟首を掴み、人混みから半ば無理矢理に『救出』したのは待ち人でもある小野田だった。人の波に埋もれそうになっていたせいか、それとも脱出しようにもなすすべも無く呑まれてしまって慌てたせいなのか、若干頬を紅潮させて小野田が御堂筋を見上げる。
 斜めになってしまった大きな丸い眼鏡をかけ直し、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。

(あいかわらず、小動物みたいな目ぇしとるなぁ)

 眼鏡も相変わらずダサいヤツやし、と失礼なことを胸の内で思うがそれを口には出さなかった。珍しくも。
 ただ黙って小野田の襟首を掴んだまま、ズルズルと人の流れが途切れていそうな場所まで御堂筋は彼を連れて行く。小野田は慌てはしたし、襟が圧迫するのか苦しそうな顔はしたが抵抗しようとしなかった。
 適当に入口から外に出て、それぞれがアイドルと機動戦士をコンセプトにしたカフェが隣り合って並んでいるという異様な雰囲気(それでもアキバには溶け込んでいる、当たり前のようなのだから不思議なものだ)が目に留まる広場にまで出てくる。
 そこでようやく手を離して、御堂筋は小野田に向き直った。
 すると小野田のほうもホッとした様子で伸びた襟足を直しながら、少し遅れて御堂筋のほうを見上げてくる。
 目が合えば、小野田は困ったように眉を寄せた。

「ごめんね、迷惑かけちゃって」
「ほんまにな」
「ぅぅ……」

 あっさりと切り返せば小野田はさらに縮こまってしまう。
 恥ずかしさとばつの悪さからか俯き、御堂筋からは小野田の頭しか見えなくなっていた。ちなみに、見えているのは後頭部やつむじなどではない。

「……………なんや、」
「?」
「ふわふわした格好しとるな」
「あ。ああ、これ?」

 御堂筋の言葉に小野田は顔を上げ、ついで眉を八の字に下げて苦笑を浮かべる。

「なんかね、母さんに今日のこと行ったら『絶対これにしなさい! これがいいから!』って凄い勢いで押し切られちゃって……」

 その時のやりとりを思い出したせいか、若干げんなりとした様子で小野田が疲れたような溜息をつく。
 ふぅん、と気のない言葉を漏らし御堂筋は『どこでも同じようなもんなんやろか』と内心首を捻っていた。
 ちなみに、今の小野田の格好は一言で喩えるとしたら先ほどの御堂筋のように、ふわふわしている、といったものが一番しっくりくる表現になるだろう。なんとも暖かそうなファーつきのコートとズボン。色合いはまるでお菓子のように柔らかな色合いでまとめられており、頭には毛糸の帽子をかぶって、それが耳垂れの形をしているせいか小動物を思い起こさせるような風貌をしているのだ。
 ……これを思春期の男子(しかも高校生)に着せるように迫った親も親なら、それを着てしまった小野田も感覚が少しずれているのかもしれない。

(……子供服みたいやないか!)

 全力で思わず御堂筋はツッコンだ。普段はしないようなツッコミを反射的にしてしまうくらいに、悲しいかな小野田にその格好はしっくりとくる、という言葉が合うくらいに違和感がないのだ。
 しかもご丁寧にもつけた手袋も暖かそうなファーが淵についていていた。どこまで徹底しているのかと、ここにはいない、そして会ったこともない小野田の親御さんに御堂筋は全力でツッコミをいれざるを得なかった。
 あんたたちは息子さんをどうしたいのか、と。

 顔も知らない相手の親に向けて全力でツッコミを入れる(小野田は勿論、気づいていない)御堂筋を前に、小野田は感心したように目を丸くして彼の姿を見つめる。
 まとめると『かわいらしい』格好をしている小野田とは対極的に、御堂筋はシンプルな色合いで服装をまとめていたのだ。
 主体となる色は黒。
 細身のジーンズに、体の線に合ったシャツとコート。だが黒一色というわけではなく、シャツの端のあたりにワンポイントの白いプリントが入っている。首に巻いているマフラーも同じく白だが、こちらは本当に原色のそれではなくグッと抑えた色で目に入ってくる。
 それを見やり、小野田はかっこいいなぁ、と内心感嘆のため息をつく。いいなぁ、大人っぽい格好で。とも思ってもいた。

「……何なん、こっちのほうジーッと見て」

 さすがにそんな小野田の視線に気づいた御堂筋が怪訝そうな顔をして訪ねてきた。
 その声に小野田は我に返り、自分が彼に不躾な視線を送っていたことの気づく。

「ご、ごめん!」
「謝らなくてもええ。それより、なに見てたかに答えや」
「う、へ、」

 意味不明な声が喉の奥から漏れる。
 それでももし黙っていれば御堂筋の機嫌が急降下することがわかっていた小野田はふるりと首を横に振ってから、困った顔で眉の八の字に下げた。

「なんかね、御堂筋くんの格好が大人っぽいなぁ、って思って」
「…………大人っぽい?」
「うん。すごく似合ってていいなぁって」

 それで思わず見ちゃったんだぁ、と小野田は何の気無しに言うが、言われたほうの御堂筋は思わず返す言葉に詰まってしまう。
 何度か繰り返し思ってはいたし、感じてもいたのだが小野田は人に対して簡単すぎるくらいに褒める言葉を口にする。
 かっこいいとか、すごいとか、それは自転車に関するもののが顕著だったが、普段の生活でも割と思ってすぐに口にしてしまうところがあるのだ。
 それを聞いてしまった、あるいは言われてしまった相手に与える衝撃など、きっと気づいてもいないのだろう。

「……………」
「? どうかした?」

 押し黙ってしまった御堂筋に気づいて小野田が首を傾げて相手を見やる。
 パチパチと不思議そうに目を瞬かせて、やはりというか自分の言った内容についての認識は薄いのだ。

「…………別に」

 数秒ののちに我に返った御堂筋が、彼にしてはようやくという形で口を開いて答えを返す。視線が僅かに逸らされていたのは衝撃の名残なのかもしれない。

「ボクもお前と似たようなもんや」
「え、そうなの?」

 小野田への答えは間違いではない。
 御堂筋も同じく、おばや従妹の押しの一手により強引に押しつけられたのだ。絶対こっちのほうがいい、こっちにしなさい、翔くんの好きな色にしておいたし! などと渋る自分に対してだ。譲歩の案も混ぜながらではあったが、あれは自分が折れるまで続いていただろう。そうに違いないと、あのときのことを思い出すと、先ほどの小野田と同じくげんなりとした気分になって御堂筋が疲れたようなため息をついて明後日の方を見た。
 そんな御堂筋の態度に小野田がオロオロとしてしまう。
 どうやって声をかけようかと口を何度か無意味に開閉させるが、うまい言葉が見つからない。
 右往左往してあちらこちらに視線がさまよった。
 小野田の様子には御堂筋もすぐに気がついて、視線だけは送っていた。そもそもどこかのマンガのなかでしかしないような珍妙な態度、気がつかないほうがおかしいだろう。
 キモぃわぁ、と脳裏で思い浮かべ、そして息を吐き出して佇まいを直す。背を正した御堂筋を見て小野田も我に返る。ぴたっと止まってから、ふんにゃりと双貌を崩した。

「…………どこも一緒なんだねぇ」
「せやね」

 ともかく互いの労をねぎらって言葉をかけることになった。
 そうでもない、とツッコむ人物はここにはいない。
 だが、ツッコまれなかったおかげで二人はそうして立ち返ることができる。
 仕切り直しの意味も含めて、とん、と小野田が御堂筋の隣に並ぶ。

「じゃあ、行こっか。
 最初は…………すぐそこだからボークスでいい?」
「そんなに近いんか?」
「視界の範囲内だよ」

 ほらあそこ、と小野田が指し示した先、本当に今いる位置から100メートルもないような先に、ボークスの入っている建物が見える。

「ほんまに近いんやな」
「ラジ館が閉鎖しちゃって移動したからね。元々、あの中でも階数を分けて入ってたくらいだし」
「そうなん?」

 閉鎖前のラジオ会館は知識でしか知らない、なによりなにがあったのかをあまりよく知らなかった御堂筋は説明された内容に微かに驚きをのぞかせる。
 僅かな声の変化に、興味を持ってくれたのだということに気づいた小野田も笑いながら話を続けた。

「全部で三階まであって一番上はドール関係が多いから見る必要はないかもだけど……御堂筋くん、興味ある?」
「ドールってあれやろ、スーパードルフィーとかいうヤツか。あれはボクも興味あらへん」
「そっか。ボクもあんまり……よく出来てるなー、とは思うんだけど、あれって値段のほうが、ね……」

 言葉を濁すが確かにスーパードルフィーといったドール関係は、あまり興味のないものからしてみれば造形の出来云々よりもまず値段の高さに驚きのほうが勝ってしまうだろう。
 もちろん、造形は良い。
 しかしそれに見合った値段もするので、興味本位で手を出せるような類のものではないのも確かだ。

「そういえば、あれは東京の下町あたりで素体が作られてるとかこの前テレビで言うとったな」
「あ、それボクも見たよ。キユーピー人形が作ってるところが手がけてるんだよね」

 などと話し合いながら二人は示し合わせたように足を進めて元の場所から移動を始める。
 道中もなにやら話を続け、そのまま目的の建物のなかに入っていった。一階の奥のほうに入ると、敷地面積の半分ほどを占めたレンタルスペースと呼ばれる場所へとたどり着く。

「中古販売みたいなもんか」
「うん。でも値段はこれを借りてる人が好きに決められるから、ちょっと違うかな?」
「好き、ってことはボッタクリも何でもありなんやな」
「そうかもしれないけど…………でも、店で買うより安いときもあるから、そういうのはありがたいよ。あと、時々掘り出し物なんかも……あ、これ見たことないやつだ!」

 透明なケースのなかに様々なジャンルのものが入れられており、それにはひとつずつ値段がつけられていた。小野田の言うとおり、同じものでも借り主が値段を決めているせいなのか値段がマチマチなのが目に留まる。
 アイドル、アニメ、あるいは特撮のグッズだけでなく、カード関係が張り付けられているところもあった。
 ちなみに小野田が歓声を上げて張り付いたのはアニメグッズが中心となっているところで、その内容は言わずもがな、というところだろう。

「……欲しいんやったら買えばええやん。せや、ここってどうやって中のもん買うの?」
「ほ、欲しくはあるけど、限定ものだから手が出ない……
 買い方はね、そこの紙にスペースの番号とか書いて店員さんに見せに行ったら出してくれるよ。出してもらったらそのまま会計になるから、他のも見たいときには後でまとめて、になるけどね」

 前半部分を半ば涙目になって言ったあと、簡単に店内(レンタルスペース)の精算についての説明をする。
 名残惜しそうにケースから離れ(ため息までついていた)ながら小野田が尋ねる。

「御堂筋くん、何か欲しいものでもある?」
「と、言われてもな。あるもんが多すぎてなにから見ればええのかわからん」
「ああ、ここはね」

 確かに数も種類もあるが、借り主が好きに中身を置いていくという手法ゆえか、先にも述べたようにジャンルもかなり雑多なものとなっていて、目的のものを見つけるにはかなり骨が折れる状態となっているのも確かだった。
 掘り出し物は見つかるかもしれないが、見つけるのも時間がかかるだろう。そもそも、あるかどうかも運任せという意味合いが強い。

「見たいものって、前に言ってた赤い隊長機とか?
 この前、その人が乗ってた機体を集めたのがミニフィギュアで出てたけど、御堂筋くんはもう買った?」
「あれな。ボクが好きなんはあの機体で、隊長さんが好きっていうわけやないし」
「そうなの?」
「嫌いやないけどな」

 御堂筋の口振りに小野田があはは、と笑い声をこぼす。

「そっかー、ボクもあの人が乗ってるの好きだよ。格好いいし」
「形だけかいな」
「それだけじゃないよ、性能も主人公機との対比でやっぱりすごく強くなってるもん」

 などと語り合いながら二人は並んでケースのなかを順番に覗いていく。
 とは言っても、熱心にひとつひとつ中身を吟味しているわけではなく、ほとんど流して見ているような状況だ。それにしたって時間はかかったが。
 話の流れがちょうど、件の隊長と主人公が何度目かの直接対決の内容に入ったところで、御堂筋が好きだと言っていた隊長機を発見し、定価よりも安く状態も良さそうだったので購入することになった。
 小野田は欲しいものは今回はないので精算する御堂筋を待って二人は次の場所に移動することにした。

「二階は行かなくてもよかったんだよね?」
「別に欲しいのはなさそうやったし。そういうお前は良かったんか?」
「ボクはこれから行くところでありそうだから大丈夫」

 言い合い、建物から出て道に沿って移動していく。

「じゃあ次は、とらのあなとアニメイトで……あ、」
「あ?」

 思いがけず声を上げた小野田に気づいた御堂筋がオウム返しに問いかける。

「な、なんでもない、よ!」
「お前、それ嘘やろ」

 わかりやすすぎる。てゆか、それはなんでもないということに気づいてほしいと言っているようなものではないか、計算づくか、と長々と言おうとしたが、最後の『計算づく』という単語によって御堂筋はそれを思いとどまることにした。
 気にしてほしくて言葉を選ぶような器用な真似が小野田に出来るとは思えない。
 むしろ、それが出来たら目の前にいる小野田という人物の評価が根本から崩れさってしまうだろう。それほどに、目の前の人物は計算というか、狡猾さが微塵もない。
 天然といえば聞こえが良いのか。悪いのか。

「え、えっと、その側にゲームセンターがあって……景品のなかに見てみたいのが……」
「ゲーセン、なぁ……そのくらい別にええよ」
「い、いいの!?」

 間を置いた短い間に考え、そう答えた御堂筋にパッと小野田が目を輝かせて顔を上げる。期待のこもった視線は、キラキラとしていて見ているだけで何とも言えないおかしさにも似たものがこみ上げてくる。

「ありがとう!」
「気にすんな。ていうか、お前はありがとうとか言い過ぎや」
「だって、うれしかったし!」

 それなら感謝の言葉を口にするのは当たり前だと小野田は言いたいのだろう。それに対しては、投げやりな言葉を返すだけに留めて御堂筋は隣を見ることもなく視線を滑らせてちょうど赤になった信号機に気づいて立ち止まる。
 するとそれに気づいた小野田も口を噤んで慌てて立ち止まった。
 タイミングを逸してしまったせいか、会話はそこで切り上げられることになる。御堂筋はそれを無意識にねらっていたのかもしれないが、それを知るのは本人だけだ。






1と10−秋葉原にて。待ち合わせから、−