隠し事を、していました。



 その日はいつかと同じ昼下がりで、サニーは自室の窓辺で晴れ渡った空から降る太陽の陽に照らされる外の景色を眺めていました。
 特別に許可を出した庭職人たちが時期を見て手入れをしにやって来る庭は、今日も美しくサニーの目に映っています。けれどそれを見ても彼の心は、美しさに震えることはありません。
 かわりに浮かんでいたのは、苛立ちでした。

(あいつ、何してんだし)

 柳眉を跳ね上げ、眉間に皺まで刻んでいるその表情の原因は、いつまでたっても姿を現さない小松にありました。
 彼がサニーの元にやって来るのは、朝昼晩の一日三食の三度。
 そして、おやつとサニーが夜食を言付けるときと増減しています。
 つまり、必ず小松が姿を見せるのは先の一日に三度。
 しかし今、小松は昼食を持って来ていませんでした。時はすでに、昼食の時間を過ぎています。
 これまでも支度に手間が掛かったと遅れることがありました。

(今朝も遅れてたと言えば、遅れてたけどな)

 とんとん、と手に顎を乗せた体勢で、頬を指先で叩きながらサニーは考えます。

(遅れたこと侘びて、んでさっさと引っ込みやがったし)

 話をする時間もなかったとそこまで考えて、サニーの指先が不意に止まりました。

(…………体調でも、崩したのか)

 思えばこの一年、小松は休まずサニーとの約束を守って料理を作り続けています。
 小松は人間であり、体調を崩すこともあるだろう、とサニーは思いました。

(………………………)

 もしかしたら、城のどこかで倒れているのかもしれない。
 そうなれば他に人のいないこの城では、誰かに見つかることもないでしょう。
 見に行ってやるべきか、とサニーは考えながらも、乱れそうな心中を制して、城の中へと『気配』を探ります。
 どこに小松がいるのかを知るためでした。
 小松が使っているという部屋。厨房。貯蔵庫。
 さらに廊下へと感覚を走らせたところで…………がちゃん、と扉の外で何かが落ちる甲高い音が響きます。
 ハッとして我に返ったサニーは、音をたてた人物が小松であろうことにすぐに気がつきました。広い城の中を探るのに神経をさきすぎていて、すぐ近くまで来ていたらしい小松を見落としていたのでしょう。
 しかし響いた音に、サニーは言い知れない違和感を覚えました。
 胸の奥で何かが甲高い警告を告げているのさえ感じます。
 衝動に突き動かされるままに、サニーは閉ざされていた扉に手を掛けました。重い木製の擦り合う音が響き、扉が開かれます。

 それは、小松とサニーが約束を交わしてから始めて、扉が開かれた瞬間でもありました。

「……っ松!」

 開かれた扉の先にあった光景に、サニーは短く叫ぶようにして名を呼びます。
 そこにいたのは……扉の外、廊下にいたのは、小松でした。彼は、廊下に敷かれた絨毯の上で倒れていたのです。
 弾かれるようにしてサニーが倒れている小松の側まで駆け寄り、倒れている体を抱き起こします。

 その、あまりの軽さにサニーはゾッとしました。

 始めて会ったときから小さいとは思っていました。
 一年前に見た姿は、とても小さな体躯。
 しかし今、腕に感じる重さは想像を遥かに超えた軽さしかなかったのです。まるで、今にも消え去ってしまいそうなほど。

「松、おい、松!」

 揺り起こすことさえ憚れました。
 ただ声をかけ、名前を呼んだところでゆるゆるとした鈍さで小松が閉じていた瞼を持ち上げました。
 ……瞳の強さに翳りを見ました。
 血の気の引いた顔色。
 いつか見た射抜かれるほど真っ直ぐな瞳の強さは、燃え落ちる前の灯火しかないように感じられます。
 そのどれもがサニーの心に重い不安を知らせます。

「…………ぁ」

 朧気な視線を瞬きとともにようやく繋げて、小松は声を絞り出します。

「サニー、さん」

 瞬間、ふわぁ、と嬉しそうに小松は笑いました。
 なぜ笑ったのか、サニーは理解ができません。混乱し、問いかける言葉が見つからない彼の耳に、小松はさらに口を開きます。

「また、会えたぁ……」

 ああ、やっぱり綺麗だなぁ、とただただ、嬉しそうに小松は笑うのです。
 自分に会えたことを喜んでいるのだと知ったサニーの衝撃は計り知れないものでした。ふざけてるのか、それとも計算してこんなことをしたのかとは言えません。
 そんなことを言えないほどに、小松は弱り切っているのが明白でした。
 抱き上げるサニーの腕に小松は心地よさそうに体を寄せたあと、ふと、困ったように表情を曇らせました。

「すみません……料理、こぼしちゃって……
 今日のは、いつだったか美味しいって言ってくれた……もの、を、再挑戦して、」
「……んなの気にすんじゃねぇ!」

 辿々しく紡がれる言葉に胸の内が掻きむしられるようで、サニーが声を上げてそれを遮ります。
 それを聞いた小松がビクリと体を竦ませますが、やがて困ったように眉を下げて弱々しく笑いました。その笑みさえ消えてなくなりそうで、サニーが怒鳴ろうとした続く言葉を堪えました。

「……どした、前、どっか具合悪いのか」

 ゆっくりと呼吸をし、驚かせないように極力小さな声で訊ねます。
 小松はゆるりと緩慢な瞬きをしたあと、答えました。

「…………はい」
「なんで黙ってた。医者なら、城下にいる。ここに入れることはできねぇが、馬車で前をそこに、」
「いりません」

 具合が悪いのなら医者を、と言いかけたサニーの言葉を遮って、小松は言い切りました。
 はっきりとしたその口調は、サニーに不可解な怒りを覚えさせるよりも先に、途方も無い嫌な予感を胸の奥に根付かせます。ざわめきのような、そんな。

「こうなることは、もう、ずっと前から、わかってましたから」

 はっきりと小松はそうサニーに告げました。
 どういう意味なのかと頭のなかで理解できずに困惑し、返す言葉を探すサニーにさらに小松は続けます。

「ボク、不治の病っていうのに……かかって、るんです。人に移ったりはしない、から、遺伝的なもの、じゃないかって……お医者さんは、言ってましたけど……
 …………最後に、診て貰ったときに、言われたんです……長くても、季節を、一巡りし終わるまでは、もたないだろう、って……」

 ああ、でも持っちゃったなぁ、と小松は弱く笑い声を立てました。
 それは、笑いながら言うにはあまりにも場違いな内容でした。現に、その事実をいきなりつきつけられたサニーは混乱してしまい、完全に思考を停止させてしまっています。

 今、こいつはなんと言っている?
 終わり、だと。
 不治の病。一巡りするまでは、持たない、と。
 自分と出会ったのは、一年前。
 季節はすでに一巡りすぎている。

 つまりそれは、




The Beast.-08-