二人が日々話すことは、小松が知っている料理のことや、サニーが持っている知識などを中心にして(それさえも料理に関することが多かったのですが)、多岐に渡っていました。
扉を介して話すことが常だったので当然かもしれません。
『ボクがいたところは、この国よりもっと外なんです』
「ふぅん……」
『ここはすっごく大きくて、都に近い感じがしますよね?
ボクのいた村……って言っていいのかな。そう、村は大きな山と綺麗な川が近くて農業と酪農が盛んでしたよ』
時折、小松は自分のことについて話すことがありました。
こうして自分の暮らしていた場所について語ることもありましたし、規格外すぎる(実際に聞いたサニー評価)友人たちのおかしなエピソードを話すこともありました。
『今朝、サニーさんのところに持って行ったお皿に描いてあったあの山の絵柄を見て思い出したんです。
余興らしいものは何にもなかったんですけど、でも、自然がすごくて獲れるものは山の幸も獲物も、すっごく美味しかったなぁ』
思い出を噛みしめるようにして紡ぎ出されるそれを、サニーは揶揄せずに耳を傾けています。
宝物のように差し出される小松の思い出を、そのままにするためなのかはわかりません。
それでも扉越しに、サニーはただ小松の声を聞いていました。
『それから、燃えるみたいに赤い夕暮れとか……』
「燃えるみたいな?」
『1年に何度かあるんですけどね。確かえっと、ボクの物知りの友人が言うには季節の気圧の微妙な変化で大気が変わって、特殊な条件が加わって起こる現象、だとか?』
「なんだよ、それ。わけわかんねーし」
思い出すついでに小松も理解し難い内容であったためか、話す内容はとても拙いものとなっていました。サニーが意味がわからない、と呆れるのも無理はないでしょう。
怪訝そうに言い切るサニーの声に、小松は苦笑を浮かべて短く謝罪の言葉を落としました。
『ごめんなさい。ボクもうまく説明できなくて……でも、本当に綺麗なんですよ』
うっとりと陶酔するかのように出された言葉は、心の底からそう思っていることが伝わっているものでした。
「…………」
それをサニーは黙って聞いていました。
そこに帰りたくはないのか、と訊ねようともしましたが、なぜかその一言が出て来なかったのです。なんとなく小松が否定する気もしましたが、逆に肯定されてしまえばどう反応を返していいのかわかりません。
そこまで考えて、自分が小松を手放すのを……最初から、小松の持つ腕を欲していたのはもちろんでしたが、いなくなることを拒絶したということに気付き、言葉を失って目を見開きます。
自身の変化に衝撃を受けたのです。
変化は、文字通りの意味でいつのまにか自身のなかに芽生えていました。いつこうなってしまったのかわからないくらいに、繰り返しますがサニーは『いつのまにか』小松に心を動かされていました。
そしてその変化を驚きこそすれ、忌避感も嫌悪感さえも何一つ自分が抱いていないことにも気付きます。
『あとはそうですねー……空の青とか。
雲一つ無い、っていうのは結構見たことあるんですけど、空とあと、海との境目がわからないくらいの青、ですか』
サニーの変化に気付いていない小松の話は続きます。
続く言葉にやっと衝撃から自身を取り戻したサニーが、小さく「海、見たことあんのか」と問いかけました。
『はい。それも友達に……さっき出てきた人とはまた別のひとなんですけど、狩りにつれて貰っていったついでに。
ボク、海は何度見ても圧倒されちゃうんです。どこまでも果てのないっていうんでしょうか。あの向こう側に別の大陸があるんだーって言われても、全然信じられないくらいで』
さらに小松は饒舌に語ります。
今日はその時の興奮を思い出してなのか、語る言葉が止まらない様子です。常なら、そろそろ食べ物が冷えてしまう、という理由などで話を打ち切ることもありましたが、今回は気にしなくてもいいメニューなのでしょう。
そんな、偶然が重なって小松の言葉は止まりません。
『空の青と海の青の境目がわからないくらいの、すごい青。あれも忘れられません。
あんなに綺麗なもの、ボクは始めて見ました』
ああ、と溜息をつくように小松は息を吐き出します。
『サニーさんにも見て貰いたいなぁ』
それは、
それは、もしかしたらただの話の流れだったのかもしれません。
サニーが何より美しいものを好むからこそ、自分が綺麗だと……美しい、と思ったものを見て貰いたいという、そんなもの。
絶対の約束ではないもの。
「…………そか」
そのことに関して、ついにサニーは肯定も否定もしませんでした。
いつか、というものを、たとえ口約束でもするころもありませんでした。
ただ相づちをうつだけに留めて、それ以上はなお語る小松の声に静かに耳を傾けていたのです。
気付いたもの。
差し出されるもの。
自身と、相手との関係。
そんな様々なものを、サニーはこの時から改めて考えるようになってました。
そして小松に直接会いたい、とそんな風に思うようになっていったのです。それと同時に、今のこの時間を終わらせたくはないとも考えるようになりました。
……それは、相反する考えでした。
The Beast.-06-