『気になってたんですけど』
「なんだ? ……そういえば、朝に出された料理んなかにあったあの食材は前に出されたときに好みじゃねぇっつっただろ。なんでまた入れたんだよ」
『朝であの食材っていうと、ポトフですか。子供じゃないんですから、好き嫌いしないで何でも食べてください』
「誰がガキだ!」
『ちゃんと食べやすいようにペースト上にしておきましたし、あれを入れたほうが料理の味が引き締まって美味しさが増すんですよ……あと、見た目も良くなります』
「ぐっ……!」
『あ、でも全部食べてくれてましたね。そのことに関しては、すみませんでした』

 少しずつ積み上がるもの。
 季節をひとつ越した頃には、小松はサニーに対して苦言を言えるくらいにまでなっていました。
 彼の弱いところをついて説き伏せることができる程度には、気安いものになっていたのです。
 唸るサニーの声は扉越しでも聞こえてきたので、小松は苦笑をこぼします。

『話を戻しますね』

 ただこれ以上は臍を曲げられるのを見越して、わざと話の方向を変えることにしておきました。
 それを予見できるくらいに、サニーもまた小松に素の自分を見せるようになっていました。
 美しい獣、と噂される彼は確かにとても美しい姿形をしていました。けれど、どことなく子供っぽいところも持ち合わせていたのです。

『食材の貯蔵庫なんですけど、知らない間に物が増えてたりしてますよね』
「あ、前、今頃そのことに気づいてたのか?」
『一応、前から不思議だなーとは思ってたんです……もしかして、何か特別な魔法とか掛けてあるんですか?』
「別に魔法は使ってねーよ…………いや、一応、魔法扱いになんのかな、あれも」
『?』

 サニーが自らに呪いをかけて美しい獣になったことは小松も知るところでした。
 呪いを操ることができるのなら、他にも何か……そう、魔法のようなものを扱うことができるのではないか、と小松は予想していたのです。ただ、疑問に思ったことを話のついでに本人に訊ねてみた、というのが今回の話の真相でもありました。

「貯蔵庫の補充はクインに任してんだ」
『クイン……?』
「オレの使い魔。マザースネイクのクインだ」
『つ、使い魔っ! そっちでもサニーさんってすご…………しかもマザースネイクって使い魔のなかでもかなりの稀少種じゃないですか!』
「魔術的なもんに疎い前でも、マザースネイクくらいは知ってたか」

 小松の心底驚いた声にあっけらかんとサニーは笑いました。

『なんで教えてくれなかったんですかー』
「聞かれなかったからに決まってんだろ」
『それって典型的な台詞すぎてツッコむ気が失せます』

 それ以上は隠すつもりもないのか、それとも聞かれたなら答えるつもりだったのか、サニーは淡々と自身の使い魔であるクインのことを明かします。
 クインはまだ子どもであること。それでもその巨大さは城ひとつを簡単に覆うほどのものであるため、今は魔法で別の場所に、むしろ別の次元にいるということ。
 ただ、いつまでも別の場所に閉じこめておくのは可哀想であるため、時折クインをどこか別の場所に呼び出しているということ。
 ……そしてそういうときはクインは狩りをして過ごし、穫ってきたものをサニーに渡すので、幾つかは貯蔵庫に回し、残りは専門の業者に引き取って貰っているということ。

『専門の業者、ですか』
「魔法を使っての取引だ。こっちの顔を出さなくてもいいから裏取引に近いもんになっちまってけどな。ただ、定期的にいーもんを渡してやってから見返りは結構いいし」
『えっと、つまりその見返りがあの食材の山?』
「前にしちゃ察しがいーじゃねーか。ま、取引してんのは食材だけじゃないけどな」

 見返りのひとつが、食材であり、城のなかにある高級品であるのだと言外にサニーは明かしました。
(元々、統治している街からの税収もありましたが)

『すごいですねぇ』
「処理しきれないもんを後生大事に抱えてたって意味なんかねぇよ。
 ま、最近は前がどんな料理を作るのか知りてーから、食材と取引するのが多くなってんだけど」

 話の流れで、作るものを楽しみにしている(意訳するとだいたいこんな感じ)であることを明かされた小松は、一瞬言葉に詰まりました。
 どう反応を返していいのかわからないからこそのものでしたが、それでも認められた、あるいは自分のすることに期待を持たれているという事実は、彼の心の内を喜びで満たしていきます。

『……あ、あの!』
「ん?」
『いつか、その、クインにも会いたいんですけど!』
「クインに?」
『はい!』

 それはどう反応していいのか迷い、ただいつまでも沈黙しているわけにもいかず、話の繋ぎを考えてのものでした。ちゃんと、本当に件のクインに会いたい、という思いもあります。
 噂話か、あるいは吟遊詩人が紡ぐ御伽噺のような存在を、一目見てみたいと思うのは好奇心に近いのかもしれない。

「……クインがその気になればな」

 だが、すげなく断るかと思われたサニーの返答は、ある意味で予想外のものでした。
 なんとなく、いえ、確実に却下されてしまうんだろうなー、と考えていた小松も驚きで目を見開いてしまいます。

『え、え、い、いいんですかっ!』
「クインが決めることだ。オレはどうなるか知ったこっちゃねぇぞ」

 ただ言った手前、小松がクインと面会する機会くらいは作ってやる、と告げられ、小松はじわじわと湧きだしてきた実感と嬉しさに顔を綻ばせました。頬もほんのりと興奮で上気してしまうほどです。

『ありがとうございます!』

 掛け値無しの感謝の声にサニーは扉越しでも一瞬たじろいでしまうくらいでした。
 それを悟られまいと、彼は改めて「断られても、泣くんじゃねーぞ」と釘を刺すことにしておきます。





 後日、本当に引き合わされることになった小松がクインと出会ったのは城の外。
 サニーに『そこでならあいつと気兼ねなく会えるだろ』、と指定されたのはさらに郊外ともなる場所になったので、そこにつくまでに馬に乗っても半日はかかろうかという草原でした。
 来てくれるのだろうかとひとり、しばし草原の真ん中に佇んでいた小松の元に『魔法』によって呼び出されたクインが姿を現したのは、その直後のことです。

 空間が……そうとしか例えられないような宙のそこで、ばきり、と音をたてて景色が縦に歪な音を立てたかと思えば、視界いっぱいに独特な色をしたマザースネイクが現れました。
 直後、視界を埋め尽くす蛇の鱗に気付いた小松は、悲鳴とも何ともつかない声を上げます。
 けれど気絶しなかったのは驚きながらも、それがサニーの言っていた使い魔のマザースネイク、クインであることを予め知っていたからでした。
 体をビクビクと竦ませながらも、小松は自分の元へとヌゥッと顔を出したクインと何とか意思疎通を取ることに成功しました。
 クインは使い魔であるためなのか、それともマザースネイクという種がそもそも人語を出来るほどに知能の高いものであったのか、小松の言葉をよく理解してくれたのです。もっとも、サニーから先に小松のことを言付かっていた、という理由もありましたが。
 クインもまた、サニーが珍しくも言付かることになった、少なくとも使い魔となってから始めて関わるようになった小松のことを珍しく思っていたのです。
 そして心根の優しい相手であることを感じ取り、クインは小さな人間のことを気に入ってしまいました。そのまま、狩りに小松を連れ出すくらいだったので、その気に入りぶりがよく伝わることでしょう。

 もっとも、目の眩むような速度で進むマザースネイクの背に乗るという行為は、小松の寿命を幾らか縮ませてもいましたが。
 それでも小松も同じくクインのことを気に入り、馬に乗って城に帰ってから土産にと持って帰ってきた食材を調理してから、扉越しにいつもよりも長い話をしてサニーへ出すはずの料理を冷まさせてしまうほどです。
 サニーは冷めた料理に文句を言うことはなく(小松は謝罪と恐縮しきりでした)、黙々とそれを口にしました。
 クインから小松とのことを聞いて、文句を言う気もなかったのでしょう。






The Beast.-05-