その日からというもの、小松は城で寝起きをするようになりました。
 サニーのために毎日美しいもの……料理を披露するという約束のためもありました。
 城はサニーが世界中から集めて来た美しいものの数々が収められているだけで、部屋は空いていたのです。
 小松は持っていた数少ない着替えと、愛用だという調理器具を持っていただけでした。
 他に持ち物はなく、全部元々住んでいたところに置いてきていたのです。
 とは言っても、他には料理書が中心の蔵書ばかりだったと、彼は言いました。

「生粋の料理馬鹿ってことか」
『そこは否定しませんけどね……』

 件の約束が交わされ、小松が一日に朝昼晩とティータイムなどに合わせて幾度なくサニーの元に訪れるようになりました。
 直接会うことはありません。
 サニーのいる部屋の扉越しに、会話がいくつか交わされるだけです。
 小松はサニーに直接会いたいとは言っていましたが、姿を見せることを自分から催促したりすることはありません。
 ただ、扉越しの会話でも楽しそうに言葉を交わしていました。
 時折、早く食べてほしいからとさっさと食事を置いて扉の前から去ることもありましたが、大抵はやりとりを交わしてから動くことがほとんどです。

『そういえば、この前教えてもらったお皿なんですけど……』
「この前……ああ、あれか。あの肉料理には、あれが一番調和が取れてんだろ」
『それは確かに……あ、いえ、そうじゃなくて』

 扉越しに濁らされた言葉にサニーは怪訝そうに眉を寄せました。
 前に小松が持ってきたビーフロースには、もっと別の皿が合うと言って、その皿がある部屋の場所をサニーは教えたのです。
 調和が取れている、というのには否定はないらしいのですが、もっと別のことが気になるようでした。

『そのお皿のあった部屋のなかが凄かったっていうか……』

 続く言葉を待つサニーに、小松は逡巡しながらようやく口を開きます。
 小松が新たに入ることを『許された』部屋は……彼はサニーが入ることを許すまで勝手に部屋を見て回ることをしなかったのです。基本的には、寝起きしてる部屋と調理場、いつの間にか増えている食材の貯蔵庫以外には、用もなく入ろうとしません。なので、先のように許されたときくらいしかほかの部屋を見る機会がないのです。
 今回、小松が入れ、と言われたのは高名な工房が作ったという磁器の皿が並べられている部屋でした。
 白い磁器に、目の醒めるような赤色が塗り込められていて、一目で値段が張るものであることは陶磁器系と言わず、芸術筋に疎い小松にも理解できました。
 それほどに美しい皿だったのです。

『それに、その皿が並べられてる食器棚も凄かったです』
「あのくらいじゃねぇと見合わねぇだろ」
『しれっとお皿だけじゃなくて棚も凄いものなのが肯定されちゃった!?』
「うっせーし。いつも言ってっけど、前、もうちょっと品良くしとけ」

 サニーの手痛い指摘に小松はグウの音もでません。
 ただ、聞こえない程度の小声で『だってこれで通してきちゃったんだから、もう修正できませんよ』とぶつくさと文句を言っていました。
 もちろん、それはサニーも聞こえていました。
 ただ指摘することなく、スルーすることにしたようです。そのことについては何も言わないまま、先の話を続けます。

「あそこの工房は職人の腕もそだけど、使う材料もいいし。気に入ってんだ」
『えっと、それってすごく貴重なものを使ってるから、とかですか?』
「ま、元々の土とかに関してはその地方でしか取れないようなものを使ってっけど、んな貴重とかではねーな。
 調合とか、それを生み出す職人の腕とかで、ああいういーもんが出来てんだよ」
『そうなんですかー……』

 関心したように呟きをもらす小松は、納得して何度も頷いています。
 それをサニーも直接見たわけではありませんが、空気の動きと小松の様子から何となく悟って、喉の奥で声を殺して笑いました。

「そこんとこは、前の料理と通じてんのかもな」
『あ、え……あ、そっか、確かに』
「前は、顔とか態度とかは十人並だが、料理の腕と知識と、んでもって理解力に関しては文句のつけようがねぇのとな」
『そっちの意味で! てかものすごくバカにしてますよね、その言い方!』
「褒めてやってんだし」
『いやいやいや、それ全然褒めてませんって! むしろ褒めてるつもりなら認識を改めてください!』

 やりとりを交わすうちに、小松はサニーの言動に対して気負いもなくなっていきました。慣れてきた、と言ってはおかしなものかもしれません。
 確かにここにやってきた経緯も理由も突飛なものだったので、元々の素が出てきているのでしょう。
 不用意な失言もありましたが、それにもサニーは目をつぶって……どちらかと言えば、聞き流すことが常でした。

 そんな風にサニーと小松は扉越しに会話を交わしていきました。
 それは小さな積み木を積み上げていくようなものでした。
 それでも、それは少しずつ少しずつ、その高さを増していくのです。






Tha Beast.-04-