「なら、これで目的は達せられたんだろ」
言外に、さっさと帰れとサニーは続けます。
「確かに、一応、会えたと言えばこれで会えたんですけど、」
けれどそんなサニーの言葉に小松は肯定の言葉を出しませんでした。
モゴモゴと言葉を探すような動作にサニーはまだ何かあるのかと苛立つ心を隠しもせずに、不機嫌なオーラを出します。
姿はなくとも重くなった場の空気には、ただの人間であるらしい小松も気付いたようで、青くなってさらにあたりを見回した。
「その、えっと!」
しかし何を言っていいのかテンパってしまってわからなくなったようで、言葉はさらに彼の喉の奥で絡まります。
(実力行使するか)
だんだんと付き合うのも面倒になってきたサニーが、元々侵入者である小松を排除するために行動を移そうとしました。
煌めく彼の髪が意志を得たようにふわりと動き始めます。
ただ、それが行動を起こすことはありませんでした。
「あ、そうだ!」
オロオロとしていた小松が、何かを思い出したかように声を上げたからです。
何より、彼が自身の肩に提げていたバックから簡素な布に包まれたものを取り出したことで、一瞬だけサニーの気が逸らされたのです。
その一瞬が、すべてを分けました。
もしこの時、サニーが小松の行動を気にも止めずにいれば、話はまた変わっていたことでしょう。
「これ、良かったらどうぞ!」
布に包まれたそれを小松がさらに掲げるようにして持ち上げます。
「……………んだ、それ」
サニーが静かに問い返す言葉を落とせば、姿はなくとも興味を引いたらしいことを知った小松が勢い込んで口を開きます。
「勝手にここに入っちゃったお詫び……元々、サニーさんに食べて貰いたくて持って来ました!」
話の内容から、それが食べものであり、自分への献上品に近い意味合いのものであるらしいことをサニーも察しました。
しかしお世辞にも今着ているものが上等とは言い難い小松の格好を見、今持っているものに関しても期待できるようなレベルのものではなさそうなことに、サニーは息を吐き出します。
さっさと小松をここから追い出そうと改めて考えていました。
ただ、気まぐれに……本当に、ただの気まぐれで小松が何を持って来たのかを確かめてからにしようと思ったのです。
その待つ間が小松は了承と受け取ったのでしょう。持っていた布を片手に持ち直し、自分の指先で指先でしゅるり、と布を捲ります。
瞬間、サニーは思いがけず目にしたものに視線を奪われました。
息さえも呑み込み、布の向こう側にあるものを凝視していたのです。
そこにあったのは色とりどりの飴玉でした。
ただの飴玉ではありません。色とりどり、というのは、その透明の飴玉のなかで様々な『色』が溶け込まれていたのです。
一筋の食紅が水の流れのようにあるものもありました。
花片がひとつ、完璧な形を保って封じ込められるようにしているものもありました。
「それ、どしたんだ」
どこで手に入れたのかと訊ねれば、小松は勢いよく顔を上げてパァァァと表情を明るくします。
「これ、ボクが作ったんです!」
「……何?」
「サニーさんが綺麗なものが好きだって聞いて……でもボク、料理くらいしか満足に出来るものがないし、お土産なら日持ちするものがいいかなーって色々と考えてこれにしました!」
一瞬、嘘だろうという思いとともに疑問符が口から出ましたが、ニコニコと嬉しそうに笑う小松は感極まった様子でさらに言葉を重ねます。
重ねる言葉にサニーは呆然としました。マジマジと小松の手にある飴玉たちを見つめます。それらは同じものがひとつとしてなく、だからこそ彼の腕の良さを現しているようでサニーは目を離すことが出来なくなってしまいました。
「…………美しー」
呟きを漏らし、感嘆とともに短い賛美をサニーは口にします。
彼は自分が美しいと感じるものに対しての賞賛を惜しみません。
目に映るものは菓子で、芸術家が作った作品や、目映い輝きを放つ宝石にはとても敵うものではありません。
けれど、サニーの心は掴まれていました。
視線を逸らすことさえ惜しい、と思うほどに。
呟きは小松の元にも正確に届いたようで、彼はホッと胸を撫で下ろしていました。
「気に入っていただけましたか?」
「…………………ん、そだな。
これなら、受け取ってもいいし」
ゆっくりとサニーが答えれば、小松は益々破顔して笑います。
その裏表も感じられない純粋な歓喜は、見ているサニーの疑心を晴らすほどのものでした。あまりにも真っ直ぐすぎて、彼の持っているものに毒が含まれているという疑念さえ生み出さないくらいです。
「そこに置いてけ。それで今回の不法侵入は不問にしてやる」
そうサニーが受け取る許可とともに告げます。
けれど、それを聞いた瞬間、小松は表情を露骨に曇らせました。
「直接、受け取ってくれないんですか?」
それは言葉の裏で『姿を見たい』という願いが込められていました。
サニーもそれを瞬時に読み取りました。
「んで、前に姿を見せなきゃいけねーんだ」
しかしここで姿を見せることをサニーは拒みました。
自身の姿を人の目に触れさせることへの拒否もありました。無粋な視線に晒されたくはないという思いもあったのです。
なおかつ、小松の願いを易々と叶えることへの反発心もありました。
元々、人前に姿を晒すことも稀だったので尚更でした。
「駄目、ですか?」
「人の視線に晒されるのは御免だし。そもそも、前の望みを叶えてやるメリットがオレのどこにあるんだ」
訊ね返された内容に拒絶を感じた小松は、先ほどまであった笑みを曇らせて悲しそうに目を伏せます。
沈黙は続きます。
けれどそこでサニーはふと、あの美しいものを作り上げる小松の腕前を『欲しい』と思いました。
ただの飴玉を自身の目を奪うほどのものに仕立て上げる腕前は、他のものを作らせてはどうなるのだろうかという興味を引いたのです。
美しいものへの興味はサニーの生き方の形のひとつでもあります。
沸き上がった興味に引かれるままに、彼は小松に告げました。
「…………見せてやってもいい」
「……え」
「けど、条件がある」
「条件?」
さっきからオウム返しの疑問だな、とサニーは思いましたが、それを指摘しないままに「ああ」と短く肯定しました。
「前が、それを作ることだ」
「それ……って、この飴のことですか?」
「それだけど、それだけじゃ足りねぇし。前は、オレが満足するまでそういう『美しい』ものを毎日作ってみせろ。
条件はその一個だ。
もし、前がオレを完璧に満足させたらその時はもう一度、前にオレを見せてやるし」
「…………」
それは、ある意味で法外な取引でもありました。
完璧に満足させるという言葉は、もし足りなければこれからさきずっと、サニーが小松の前に再び姿を見せることはない、という意味も含んでいたからです。
もちろんそれは、サニーが自身の姿を衆目に……たったひとりでも、人間に見せるという行為を忌避した結果の打算めいた言葉であったからです。
惜しいとは思いました。
けれど忌避感との天秤にかけても、傾きは動くことはなかったのです。
これで小松が諦めて帰ればそれで良し。
もし一縷の望みを込めて受け入れるのであれば、美しいものを目に出来るのだから御の字であるということ。
サニーは小松の答えを待ちました。
「……満足、してくれたら」
たっぷりと思案を巡らせたのちに、小松が閉じていた唇をゆっくりと解きました。
表情を強くし、挑むような感情を視線に込めて言います。
「サニーさんを満足させることが出来たら、会ってくれるんですね」
「応」
瞬時の間もなくサニーが肯定の言葉を告げました。
「お受けします」
それに小松も答えました。
真っ直ぐな視線のままで、サニーの狡い提案を受け入れました。それでもその顔に悲壮感は一つとしてありません。
彼の顔にはただ、決意だけがありました。
サニーを完璧に満足させてみせるという、強い決意。
それをサニーも見ていました。
挑戦的なその態度を、サニーも見下ろしていました。ただ、その唇の端が小気味よさそうに持ち上がっていたことには、ついに彼は気付くことはなかったのです。
The Beast.-03-