朝の七時。
 窓の外から降り注ぐかのような外の光に照らされながら、今日も時間きっかりに、コンコン、とドアがノックされました。

(……また来やがったか)

 柔らかな革張りのソファにもたれ掛かれ、城主である美しい獣……サニーが閉じていた目を開けました。そうして視線を滑らせて閉ざされたドアのほうを見れば、まるでそれを見透かしたかのように……実際、『いつものこと』なので習慣になっていたのかもしれませんが、声が響きました。

『サニーさーん、おはようございまーす!』

 豪奢な造りの室内にそぐわない、脳天来そのものの声でした。
 サニーは耳にした声に不機嫌そうに眉を寄せています。

『サニーさーん』

 口を閉じたまま、睨めつけるようにしてドアを見ていたサニーでしたが、返事がないことを不審に思ったのか、彼の名を呼ぶ声とともに、ドアを叩くノックの音が何度も響きます。
 ドンドン。
 ドンドンッ。
 ドンドン!
 しかもノックの音は繰り返されるたびに大きさを増し、いい加減に額に青筋をいくつも浮かべていたサニーも我慢しきれずに苛ただしげにソファから体を起こしてドアに向かって声を上げました。

「うっせーし!」
『あ、起きてたんですねー』

 煌びやからに輝く四色の長い髪を文字通りの意味で逆でさせながらドアの向こう側から怒鳴りつけたサニーでしたが、その相手……小松は剣呑な雰囲気にも気にする素振りさえ見せませんでした。むしろ、返ってきた声に嬉しそうに声を弾ませます。
 自分の苛立ちをそよとも感じない相手に、サニーは更なる怒りを声に乗せようとしましたが、口を開きかけたところで諦めを含んだため息をついてやめてしまいました。
 幾度となく繰り返されてきたやりとりから、今ここで自分が怒鳴りつけたところで何の効力もないことがわかっていたからです。

『良かったー。今日はスープを作ってあって、暖かいうちに食べて貰いたかったんです』

 無駄なことほど美しくない、という心持ちからでしたが、怒りをどんな形であれ鎮めることとなったサニーに向け、さらに声がかかります。
 美しい細工と幾重にも漆や膠を重ねて独特の風合いを施された木製のドア越しに聞こえてくるのは、どことなくくぐもったような声でしたが、今更それをサニーも、なにより、小松も気にすることもありません。
 スープ、という単語を聞いたサニーは、数度ほど目を瞬かせた後に、小さく「そうか」とつぶやきをもらしました。

「……今日はちゃんとこの前指摘したとこ、直してんだろな?」
『もちろんです』

 含みを持たせた言い方で、核心を告げることはありませんでしたが先の言葉だけで何かを読みとったらしい小松も臆することなく答えます。
 
『ちゃんと器も料理と調和を取れるものを選びました』
「ほう。断言するってことは自信あんだな?」
『…………そ、そう指摘されると、サニーさんが気に入るかどうかすごくプレッシャーがかかるんですけど……』

 途端に尻すぼみになる声に、サニーは「どっちなんだし」と呟きます。
 小さい呟きだったこともあり、彼の声は小松に届くことはありませんでした。かわりに、小松は扉の下にそっと持ってきた料理をトレイごと置きました。

『じゃあ、ここに置いておきますね』
「ん」

 素っ気ない返答ではありましたが、小松はやはりというか気にする様子もなく、そのままドアから離れていきます。
 遠ざかる足音と気配が完全に感じなくなるのを待って、サニーは閉じていた部屋の扉を開けました。
 扉の下を見れば、開いていないほうの扉の下には小松の言葉通りにトレイに並べられた朝食が置いてあります。
 仄かに湯気をたてるスープのなかには野菜とベーコンが色鮮やかな配置で入れられていました。焼きたての小麦とバターの香りが漂うパンと、至ってトレイの上にある朝食の内容はシンプルなものでしたが、見目もよく整えてあるのがわかります。
 サニーは銀色に輝くトレイの上に広がる光景に、満足そうに目を細めました。
 聞こえないのを承知で、ほぅ、と感嘆のため息をこぼします。

「……ん、今日も朝からなかなかの出来じゃね」

 そう言ってサニーは笑みをこぼしました。

「あいっかわらず、声とか行動とかは落第点だけど、これはやっぱいーし」

 それはいつもの朝の光景でした。
 城に住まう美しい獣と、たったひとりの人間との間で幾度も繰り返されてきたやりとりでもありました。
 もう何度目になるのかさえわからないほど。

 小松がこの城に住むために交わされた約束の一端によって生み出された『いつもの』でもあります。






Tha Beast.−01−