むかしむかし。
 それはとおいむかしのおはなし。

 わるいまほうつかいによってみだれたくには、さんにんのゆうかんなおうじによってすくわれたのです。





「Paradise Lost」 <0>





 夜の帳が降りていた。
 世界は闇に包まれ、あたりは夜たる静寂と静謐、天空には星の輝きだけが満ちている。
 月は既にその姿を地平線の向こうへと落とし、誰もが眠りにつく真夜中の暗闇だけがそこに横たわっている。
 
 その王国も例外ではなかった。

 あたりを高い城壁と城塞に囲まれたその国は、人の姿がない真夜中であってもその繁栄の高さを物語っている。
 小高い丘の上に建てられた堅牢でありながら優雅な佇まいを誇る城。
 それを取り囲むかのように作られた城下町。
 きちんとした建築によって作られた煉瓦敷の道と、家々を見ればおのずとそれが伺える。

 その城の中。
 国を治める中心部。
 国の王と、その血に連なる人々が暮らすことを許された奥まった場所に、『彼』はいた。
 城の中でも一際高い塔の一室。
 そこには国の宝ともいうべきものがある。
 夜の冷たい風に、レースのカーテンが舞う。
 豪奢な天蓋つきのベット。しかしそれは小さなサイズだった。大人が眠るには少しばかり手狭でもある。
 しかしそれは問題ではない。
 なぜならそこにいるのは大人ではなく、子供。
 それも生まれたばかりの小さな赤ん坊だ。
 国の宝であり、王の子供。誰もが待ち望み、祝福を一新に受けて誕生した彼ら。
 そう、ベットの中にいるのは三人のあどけない赤ん坊たちだった。
 
 一人は澄み渡った空色の髪を持ち。
 一人は夜の闇さえ溶けてしまいそうな漆黒の髪。
 最後の一人は、色とりどりの四色の髪をもっていた。

 ベットの中でスヤスヤと眠り続けている。
 部屋に来た招かれざる存在のことにも気がつきもせず、健やかな寝息をたてていた。

「……かわいいなぁ。」

 国の宝でもある小さな王子たち。
 その部屋は厳重に守られていた。
 そう、そのはずだった、のだ。

 だが城の中でもほんの一握りしか入れないそこに、招かれざる客は当たり前のようにいた。
 しかし、招かれざる、と名がつくであろう彼は感嘆のため息をつきながらベットの中で眠る王子たちを見つめていた。
 
「かわいい。ふふ……こっちの子はなんだか青空みたいだ。
 触るとあったかそう。」

 大人にしては小柄な手が気遣わしげに眠る彼らに伸ばされる。
 ふくふくとしたその肌をつつくと、つついたほうであるはずの彼がうわぁ、と驚いたような声を出す。

「すごい、やわらかぁ。
 なんだかオモチみたい。」

 ふふふ、と笑う声は愛おしさで満ちあふれている。
 そのせいか眠っている赤ん坊たちも無防備なままで、時折、くぁ、と欠伸をするだけで起きようともしない。
 柔らかな指先が肌を滑る。
 その感触を確かめるように、何度も、何度も。

 ――ア゛ァ゛!

 そのときだ。
 窓の外から嗄れた鳴き声が聞こえてくる。
 急かすようなその声に、彼はようやく我に返ったようで撫でる手を止めると顔を上げた。

「ああ、ごめんね、キッス。待たせて。」

 キッス、と窓の外にいる声の主の名を呼びかけると、大きな鳥の羽音が答えるように空気を揺らした。
 はやくしろ、と訴えている。

 彼はそれでここに来た本来の目的を思い出す。
 先ほどのあまやかな表情を引き締めると、真剣な表情で眠るこの国の三人の王子たちへと向き直った。

「ご誕生おめでとうございます。」

 そうして恭しく頭を垂れる。

「トリコ様、ココ様、サニー様。
 みなさまのご誕生を、国の皆が喜んでいます。
 僕からも、みなさまに誕生のお祝いを。」

 お祝い、
 その単語を口にすると、部屋の空気がミシリと厭な音を立てる。
 そう。これはお祝い。

 おとぎの国に、伝わるお祝いだ。

 空気はさらに凍り付き、熱を帯び、電気を走らせ、魔力を形作る。
 その不穏な空気に先ほどまで泣き声ひとつあげなかった赤ん坊たちが一斉に大きな声で危険を訴え始めた。

 赤ん坊の泣く声に、彼は苦しそうに顔をゆがめる。
 胸が締め付けられるような表情をにじませたまま、だがしかしその指先に走る魔法だけは止めようとしない。

「僕はまほうつかいです。」

 顔を上げ、その指先を泣きじゃくる赤ん坊たちへと近づけていく。

「僕は、わるいまほうつかいです。」

 光る指先が、ひたりと、赤ん坊の一人に当てられた。

「『お祝い』を、授けましょう。」

 魔法が光となって放たれるその瞬間、彼はそっと目を閉じる。
 これ以上、泣いている赤ん坊たちを見ているのは忍びなかったから。






 むかしむかし。
 とおいむかしの、おとぎのくにのおはなし。

 わるいまほうつかいがいました。

 わるいまほうつかいはうまれたばかりのさんにんのおうじたちに、あるのろいをかけたのです。

 


[つづく]