夢を見ていた。



 覚えのある感覚に、トリコはゆっくりと閉じていた瞼を開ける。
 朧気な感覚。
 薄布一枚の向こう側に五感のすべてが持ち去られてしまったかのような、奇妙な違和感にはトリコにも覚えがあった。

 これは夢だな、と彼は瞬きをひとつしたあとに気付く。
 さて、ならこれはどんな夢なのかと微かに首を傾げるのと同時に視線を落とせば、足下のあたりに自分とは別の『存在』がいることに気がついた。

 ………いや。
 自分とは別の、というのは語弊があるのかもしれない。
 そこにいたのは、『自分』だった。
 ただ、同じものとするのにも間違いがあるのだろう。
 足下に蹲るようにして立てた膝に額を当てているのは、小さな己の姿だったのだから。

 小さな、
 本当に小さな、子どもの頃の自分の姿だった。
 精悍な現在の自身の姿とは比べものにならないほどの小ささ。
 そして何より、そのボロ細工のような細さが嫌でも目に入ってくるのだ。
 これはいつだったか、と記憶を辿ろうとするのだが、夢のなかにいるせいか辿る糸は縺れてうまくいかない。
 しかし子どもの自分と符合するかのように、強烈な飢餓感を思い出す。
 空腹などという生易しいものではない。

 『飢餓』だ。

 飢え、餓える。
 それは確かに死と直結しているほどの強烈なものだった。
 いつでも満たされているという感覚はなく、全身が苛まれるようにして、ただ生きていくためだけに少しの食料を求めて足掻く。
 そんな感覚を思い出すようで、トリコは僅かに眉を顰めた。
 あの頃に、あまり良い思い出はない。
 『箱庭』へと連れて来られてからの思い出も、けして良い物とは言い難い。
 あそこはまた別のものを自分の心に植え付けた。
 人間の醜さの極みとも言えるものを、あそこで嫌というほど目にしてきた。

「それでも」

 瞬間、黙ったまま幼い子どもの頃の自分を見下ろしていたトリコが口を開く。
 声は曖昧なままに響く。
 子どもに届いているかどうかはわからない。
 そもそもの問題として、これはトリコの夢でしかないのだから、届こうが届くまいが意味などない。

「悪いことばかりでも、なかったぜ?」

 それでも、言葉を紡ぐ。
 腰を下ろして項垂れたままの子どもの頭に手を伸ばし、ゆっくりと小さな頭を撫でてやった。
 力を込めすぎないように、それでも届け、と。
 そんな甘いことを思いながら、トリコは穏やかに双眸を崩した。

「仲間に会った。それこそ本当の意味で、同じ境遇に育った、背を任せられるヤツらに。
 胸くそ悪い大人たちもいたが、それを上回るくらいに世話になった大人たちも、知ってる」

 二、三度と頭を撫でてやれば、手の下の頭がぴくり、と微かに動き出すのが伝わってくる。
 それでも構わず、トリコは唇がこぼれ落ちるままに任せて言葉を紡いでいく。

「相棒にも出会えた。オレと同じで、まだ成長途中ってところだけどな。
 面白いヤツらにも、うまい食材にも、数え切れないくらいに」

 それから、と言って、そこでトリコは一端口を閉ざした。
 目の前を見れば、顔を上げている一対の幼子の瞳とかち合う。
 まだ力のない、光が薄い朧気な瞳だった。

 この世のすべての絶望に出会ったような、深淵の底のような瞳。
 それを見据えてトリコは笑う。
 ニッ、と歯を覗かせて、闇の全てでさえ笑い飛ばしてしまえと言わんばかりに。

「もうちょっとしたら、会えるだろうよ」





 運命、ってヤツにな、と言ったところで、トリコの意識はぷつりと何の前触れもなく、途絶えた。






トリコさーん、トリコさーん。
こんなところで寝てると風邪ひきますよー? 
いくらテリーの背中借りてて気持ちいいからって、トリコさんだって風邪くらい引いちゃうでしょう。
あー、しかもユンまで抱っこしてるし。
こらユン、こっちおいで。トリコさんのお腹の上でバタバタしないの。
……テリーのほうに潜り込むのは、ちゃんと相手の了承を取ってからにしようね、まったくもう。

トリコさん?
どうしたんですか、トリコさん。

「一粒の砂に世界を感じ、一輪の花に天界を見る。
 掌中に無限を収め、一刻に永遠を掴む」