−中略−



 緩やかな山肌に沿って作られた石段を登っていく。
 石段=山道とは言っても獣道と言った類ではなく、ちゃんと人の手が入ってある程度整備されているものだ。
 それでもあまり頻繁に綺麗にされている、というものでもないという少しばかり悲しい部分もあるが、それでも鬱蒼とした山道を分け入って行くわけではないのでここを歩く身としては助かる部分も大きい。
 馴らされた道には既にそこに入れられて久しくなったらしい滑り止めの石板があちこちにあるのもうれしい。うっかり足を滑らせる心配は少しでもなくなれば悪いわけがないからだ。
 急ぐものでもないので小松はゆっくりとした足取りで道を上っていた。
 片手に持ったバスケットを持ち直し、そこにかかるほどよい重さを感じながらフッと足を止め、顔を上げて山から見下ろせるようになった町並みに目を落とす。
 いつもと違って小さく、そして見下ろせるようになった景色というのはなかなか見られるものではないので、目に映る景色に小松がそっと目を細める。ついで、はぁ、と息を吐き出した。

 にぃ?

 そこで耳の後ろのほうから聞こえてきた声に気がついて小松が首を巡らせてみる。
 小松はここに来るまで一人だったのでもちろん、後ろに誰もいないことはわかっていた。ただ、首を巡らせたのはもちろん後ろ……目線を少しだけ下げて自分の背中あたりを見るためだったというだけだ。

「大丈夫ですよー、ココさん。ちょっと町の景色を見てみたかっただけですから」

 にぃー……

「本当ですって」

 小松はそう言って背中……正確に言えば今日着てきたフード付きのジャンパーの、まさにフード部分にいるココに向かって笑みを見せる。
 ちなみに、先ほどのココの声の意味を訳すのだとしたら、『大丈夫? 疲れてない?』が正しいだろう。そしてその次に出たのが、『ほんとに……?』と言ったところか。
 大きくても小さくても心配性のココに小松は改めて大丈夫ですからね、と言いながら自由なほうの片手を上げて彼の小さな頭を撫でる。
 すると不安そうな顔をしていた(位置的な問題として小松からは見ることはできないが)ココが撫でられる感触に気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしながら双眸を崩して甘えるような仕草を覗かせる。

 わふっ!
 みぃー!

 しかしのほほんとしているココと、そんな彼を撫でる感触に心を癒されていた小松に向かってフードの中からうごうごとトリコとサニーが揃って顔を出して抗議の声を上げた。

「わわっ!」

 にっ!

 声に驚いて小松が撫でていた手を離し、同じく後ろのほう、というか下のほうからいきなり大声を上げたトリコたちに驚いたココが揃って肩を竦ませる。
 慌てた拍子にフードの中に入れている小さな三人が転げ落ちないかと小松は気を揉み、そして改めて見てみればトリコたちがまだ何やら不満そうにぎゃーすかと声を上げているのを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。撫で下ろすついでに、ぷぅ、と頬を膨らませて抗議しておく。

「もー、いきなり大きな声出すからビックリしちゃったじゃないですかぁっ」

 このあたりは人気も少なく、今は春で暖かさもあるということで日光浴も兼ねて小松は彼らをいつもの移動用のバックではなく、フードの中に入れていたのだ。
 事情が事情とは言え、いつも部屋の中に篭もってしまっている彼らがついででもいいから外の景色を空気を楽しんでほしいという配慮からのもの。
 ここに来るまではトリコたちも大人しくフードの中に入り込んでいたのだが、いきなりどうしたのかと小松が暗に尋ねれば、サニーがココを押し退けてフードから彼の肩へと移動し、さらにキッと視線を鋭くさせる。

 みぃー! みーみぃっ!

 何事かを訴えかけるようにしてサニーが地団太を踏む勢いのまま、文字通りの意味で髪の毛を逆立たせている。
 言葉としてはわかりづらいこと限りない(何しろ先の声なのだ)ので、あれだけで瞬時に意志疎通が出来れば世の中のペット(家族)とともにいる人々は苦労しないだろう。
 しかし、小松はそれが何となくわかる程度には彼らと一緒にいた。
 共にいた時間と、なんとなくという推測も交えて、サニーと、そしてトリコが自分に向かって訴えている意味を感じ取ってしまう。

 彼らの、何よりもサニーの訴えを直訳するとこうだ。
 曰く、
 ココだけ構うのは、ずるい!
 と。

「…………えー」

 察してしまったが故に小松は眉を寄せて困ったように苦笑を浮かべるしかない。
 常日頃からちみっこいときの彼らは精神年齢が子どもそのものになってしまうことを考慮したとしても小松に甘えたでべったりなところが強い。
 誰か一人の頭を撫でたりしていると、わらわらとオレもオレもと寄ってくる。さすがに、トリコの毎度のつまみ食いという名の味見行為については『トリコだからしょうがない』程度の共通認識で黙認されているという例外も存在していたのだけど。
 だから小松はちゃんと三人とも平等に接しようと努めていた。
 みんな大切で、みんな好きで、そしてこれは言うとあからさまにがっかりしたりするので(プライドを傷つけられるため)みんなかわいい。
 それは小松の感情に関して言えば嘘偽りのないものであり、そこを引き合いに出されても困るしかない。
 今のココへの頭なでなでも、ちょっとしたスキンシップ程度の認識だ。
 するならオレにもしろ、というのがトリコたちの言い分なのかもしれないが、

「今はまだ山道だから、みんないっぺんにはだめです」

 ブーーーーッ! ブーーーー!

「ブーイングしてもダメなものはダメですってば! まだ石段を登ってる最中で、足下が疎かになるとトリコさんたちが危ないんですからね!」

 返答で一斉に抗議のブーイングを発したトリコたちに、メッという意味も込めて重ねて自分が今、どうして彼らの訴えを却下するのかを小松は早口に説明する。
 今は緩やかとは言え、傾斜になっている道=石段を歩いており石板はあっても完全に滑り止めの意味を成しているわけでもない。もし注意力が散漫になって小松が足を滑らせれば、彼だけではなくフードのなかに収まっているトリコたちも危ないのだ。
 そう含めて言い聞かせれば、不満そうに頬を膨らませてはいるもののトリコとサニーも納得した様子でそれぞれにこっくりと頷いた。小さく不満たらたらな「うぐぐ」声が聞こえてくるのは、この際だから聞かなかったことにした。小松もそれをツッコむほど鬼でもない。
 ただ苦笑を浮かべて前を向いたまま、手を伸ばして各々の頭を指先で一撫ですることだけは忘れなかった。その感触にトリコとサニーが、こんなことじゃあ騙されないぞという趣旨の鳴き声をあげて(それでもどこか気持ちよさそうなものなのは、もはや身に刻まれたサガとしか言いようがない)、ココもふんわりと尻尾を揺らして小松の首元を慰めるように一撫でしたあとフードの中へと改めて戻っていった。

 わふぅー。
 にー。
 みぃ!

 とにかくひと段落ついたところで後方から聞こえてきた三者の声に小松はクスクスと笑い声をこぼしながら顔を上げて道の向こうを見やる。
 緩やかな山肌をぐるりと螺旋を描くようにして作られた道は、まだ先へと続いているようだ。だが、見下ろす景色とたまに見かける案内板から察するに目的地はもうすぐだろうとあたりをつけていた。



 −以下略−






モンぷち −さあ、−