−前略−



「スタージュンさーん!」

 そんな休日の街並みのなかで、小松は振り返り体全体を使ってぴょんぴょんと子どものように飛び跳ねながら後方からついてきているであろう相手に向けて声をかける。

「こっちー、こっちですよー!」

 休日ともなれば道を通りがかる人の数もかなりのものになる。
 故に、道の半ばで立ち止まっている小松を避けようとする人々も多かった。あからさまに邪魔そうに顔をしかめるものや、元気なひとだなぁ、と呆れとないまぜになったような顔で見送るものもいる。
 それらの様々な視線に彼自身が言うところの『テンションギガギガ』な小松は気付いていない。
 子犬のように後から来る人物を待っていた。
 そして数秒もしないうちに、彼の待ち人は側までやって来る。

「小松、あまりひとりで先まで行くな」

 回りの人混みから軽く頭一つ分は飛び抜けようかという長身。
 側を通りかがった幾人かがその高さにギョッと驚いたような顔をしていくほどだ。昨今、スポーツ選手や屈強な美食屋でも彼ほどの長身は少ないだろう。
 しかも顔立ちは異性から目を惹くほどの容貌の持ち主でもある。
 ただし涼やか、というよりは、冷たいという印象を受けるであろう顔立ちをしている。
 整ってはいる。
 美形と言ってまず間違いはないが、目にして心を惹かれたりするというよりは、近づきたくないという感情のほうに心は動かされてしまうだろう。
 実際、スタージュンを目にした雑踏の人混みは彼を見るのとほぼ同時に一歩後退したり、あるいは距離を開けたりしている。
 よって、モーゼの十戒のように人混みが割れているのだが、それをスタージュンは気にする素振りもなく行き先に視点を固定したままだった。声を掛けられた小松も近づいてくるスタージュンに申し訳なさそうに苦笑を浮かべるだけで表情に恐れといったものは微塵も感じられない。

「すみません、つい」

 頭を掻きながら小松が短く謝罪の言葉を口にすれば、無意識に立ち止まって相手を待つ形になった彼のすぐ横までやって来たスタージュンが、ふ、と口元を僅かに緩ませる。

「お前が以前から楽しみにしていたのは、わかっているが」
「そ……そうなんですよ! 数年に一度の『美食物産展』! 開催決定からボク、ここに来るのをずーっと楽しみにしてたんです!
 世界中のありとあらゆる食が集結するとも言われてるんですよね?」
「確かに数千万とも言われる食にまつわる店舗が参加を申請し、そこからIGO・美食會双方からの代表者が選考して実際に参加できるのは僅か数百。もしくは主催者が直に勧誘に赴いたものが特別に招待されるというのは私も知ってはいるがな。ありとあらゆる、というのは少しばかり飛躍しすぎだろう」
「それでも凄い倍率ですって」

 期待に目を輝かせる小松の背をぽん、と軽く叩いて無言で先を行くようにスタージュンが彼を促す。その感触に気がついた小松も思い出したように歩みを再開させた。今度は二人が並んで道を歩いて行く。
 道すがらに彼らは今回の目的地でもある場所のことを話し合う。
 休日の人出の多さと相俟って、さらにここの地域一帯が常よりもごった返しているのはそのせいもあったのだ。
 隣り合って歩く小松とスタージュンの身長差は実に八十センチをギリギリ越えないかと言うもので、足の歩幅もかなりの差がある。それでも小松はいつもより少しだけ早足に、スタージュンは常よりもゆっくりとした足取りにすることで歩調は同じ速度を保っている。
 無理のない速度で歩きながら、小松は隣を振り仰いだ。

「そういえば、美食會の方も選考に関係しているんですよね? スタージュンさんは……」
「私は今回の選考には関係していない。
 実際、選考に出向いたのはクロマド様とナイスニィ様だと聞いているが」
「クロマドさんたちがですかっ! こ、今回はすごそうですねぇ……!」

 実際に顔を合わせたことは数度ほどしかないが、それでも彼らと面と向かって会ったときの威圧感にも似た凄さや料理人としての実力も知っている小松が無意識にごくり、と大きく唾を飲み込む。
 我知らず緊張して背筋を伸ばしている小松の態度を指摘するわけでもなく、スタージュンは話を続けた。

「元々はユーやリモンが担当するはずだったが、選考の折にちょうど手が空いていたそうだ。
 ただ、今回の選考で味が落ちたと判断された末に星を剥奪された店もあったと聞くが」
「う、うわぁ…………」

 星を剥奪した、という言葉に小松は思わず表情を暗くしてしまう。
 それは店や自身が今まで築いてきたものを一瞬で瓦解するのは勿論のこと、『あの店は星を剥奪された』と噂され客が一気に減る要因にもなる。
 どこの店かはまだわからないが、星が剥奪されたとなれば噂は一瞬で広まることだろう。
 我が事ではないにしても気分が暗くなってしまう小松を後目に、スタージュンは表情を変えないままに口を開く。

「慢心していた当然の結果だ」
「そうは言っても」
「星を掲げたからと言って上を目指すこともなく、星を持つという意味を忘れ去った報いだろう」
「うぅー……」

 料理人としての厳しい意見に小松は呻き声を上げるくらいしかできない。
 スタージュンの意見もある意味で正しいと思えるからだ。実際、雑誌に取り上げられたり星を新たに授与したが故に、味や質が落ちたと感じた店を小松だって幾つも知っている。
 しかしながら賛同するわけにもいかずに渋い顔をしたままで唸る結果となった。
 それは小松の優しい心根故のものだ。
 料理人としての慢心は小松も厳しく接するだろうが、どこの誰とも知れない相手を悪し様に言うことは出来ないのだろう。

「…………」

 この話を続けていても小松の気分が沈むだけで建設的ではないことを察し、スタージュンは手っ取り早く話題を変えるために思案を巡らせる。

「そういえば、」
「?」
「クロマド様がお前のことを話していたぞ」
「え、く、クロマドさんがっ? ぼ、ボク何かしましたか!」

 途端に表情を変えてオロオロとし始める小松に「落ち着け」と短く言いながらスタージュンは軽く首を横に振った。

「悪い話ではない。ウーメン梅田の元へ顔を出すついでに、ホテルグルメでお前の作った料理を食べたとおっしゃっていた」
「い、いつのまに?」

 ウーメンもIGOの幹部として忙しい身の上であるために、いつも同じ場所に留まっているわけではない。
 それでもホテルグルメに滞在しているときは小松に朝食やブランチ、あるいは昼食等を用意するように連絡してくることが常だった。なので、そのうちのいずれかの折にクロマドの分も一緒に準備させたということになる。

「言ってくれたらいいのに…………!」
「お前が余計に萎縮するのを避けたんだろう」
「いえ、絶対そんな思いやりはないです」

 呻きと恨み節にも似た声にスタージュンがフォローを入れるが、小松はキッパリと彼の意見を否定しておく。
 どうせ、後から知るか言うかしてボクの反応を面白がる気だったんだ! と小松は内心、ちょっとだけ憤慨していた。頬を膨らませて、脳内で再生されたウーメンの幻影に向けて悪態をつく程度なのでかわいいものなのだが。

「………………それで、あの、クロマドさんは、なんて?」

 そこで最初の『クロマドが小松のことを話していた』という話題を思い出し、しどろもどろに小松がスタージュンに尋ねてみる。
 不安げに両手の指を擦らせている姿は、なんとなく小動物を思い起こさせた。

「腕を上げたな、とだけだ」
「…………ほ、ほんと、ですか?」
「私が嘘を言うとでも?」
「いいえ!」

 スタージュンの揶揄を含んだ声を小松は急いで否定する。
 そして先ほどの短いながらも、美食會料理長という肩書きを持つからこそ料理に関しては厳しい意見を持つクロマドの言葉が『本物』であることを小松もわかっていた。
 ぱちぱちと目を瞬かせ頬は喜色のためがほんのりと紅くなっていく。

「……嬉しいか?」
「そりゃそうですよ!」

 慌てて我に返った小松がスタージュンにそう答えて、それから「……えへへ」と崩れるようにして表情を和らげていく。
 赤味が耳まで上っていく様子は、外から見ていても彼の内心が喜び一色に彩られているのが伝わってくるほどだった。

(…………私の恋人は、このところメキメキと腕を上げているな)

 そんな小松の姿を眺めて、スタージュンは胸の内で空白の言葉を落とす。成長を見て喜ばしいと思う部分と、恋人として誇らしいという気持ちとが一緒になって沸き上がってくる。
 そうなのだ。
 IGOと美食會という垣根はあるものの『料理人』を一生の生業とすることを決めた彼らが出会い、『恋人』という関係にまでなったのはつい最近のこと。
 小松は料理に関しても真っ直ぐな気質の持ち主である。
 優しい、とも喩えられるのかもしれない。
 誰にでも分け隔て無く接する姿勢は、食材や料理、何より調理器具に至るすべてのものに惜しみなく注がれている。
 努力を苦とせず、そして努力を当然のものとして『努力』と思わない。
 料理は喜びであり、そしてそんな彼の手から生まれるものたちは総じて、口にしたものに喜びと幸せを感じさせるのだ。
 そんな小松の料理に魅せられたものは数多い。
 もちろん、料理だけでなく、小松当人に惹かれるものもいた。

(私もその一人なわけだが)






ふたたび.B −ぱられるぱられる−