(拝啓、師匠。
お元気ですか、オレは元気……いえ、いつもどおりです。
少し前に手紙を書いたばかりなので、季節の挨拶は省かせていただきます。
変わったところは、まだあまりないですし。季節的な意味で言えば)
「んー、このケーキ超おいしーしー!」
「そうですね! クリームの味も抜群で、甘すぎず、こってりもしすぎてないっていうか」
(変わったところ。
そう、変わったことはありました。
何て言えばいいんでしょう。確か、前の手紙に、オレの気になっている人についてのことを書いたと思うのですが)
「でも小松さんのケーキも美味しそう……」
「あはは、リンさんのもおいしそうですよ?」
「そりゃおいしいけど、やっぱりそっちのもよかったなぁー」
(とても優しい人です。
すごく優しくて、強いけど、それを誰かに向けることはほとんどなくて、きっと感じるのは『優しい』ということ。
その優しさにはブレがなくて、それは何よりも強いと感じてしまいます)
「じゃあ、ボクの一口食べてみますか?」
「!!!?」
「え、マジで? いいの、小松さんっ」
「はい。あ、でも、ボクの食べさしになっちゃいますから、こっち側から取ってくださいね」
「そんなの気にしないし!」
(いやいやいやいや、気にしようよ!
小松さんは男だよ!? ていうか、ここ、人前! 喫茶店!!
来たいっていうからここに来たんだけど、人気店だってキミが言ってたんだよ。キミが!!
オレだってしたことないのに!!
………………すみません、師匠、取り乱してしまいました)
「でも……」
「それでー、ウチのも一口あげるし」
「そんな、いいですよ?」
「いいのいいの。小松さんだって違うの味見してみたいでしょ?」
「……そりゃあ、まあ、」
「ふふ、さすがシェフ。そういうわけで、これあげるね」
「ありがとうございます…………すみません、結局なんだか貰っちゃって」
「いいしー、交換こってウチ憧れだったし」
(にこにこと楽しそうに笑う目の前の二人。
今はお昼時を少し過ぎたくらい。俗に言う、おやつ時という感じで、まわりの席も結構うまっています。
空席があってもすぐにそこに人が座って、そこに友だち連れだとか、恋人同士だとか……後者のほうが圧倒的に多いんですけど……がそれぞれ楽しそうに座っているんです。
師匠、今のオレたちはどんな風に見られているんでしょうか?)
「あ。ごめんなさい、メルクさん、なんだか騒いじゃって」
「あー、ウチもごめんだし。初対面なのに、こんなに騒いじゃて」
「え、あ、う、ううぅん、気にしないで!」
(二人はこんなにいいひとたちなのに。
オレが悪い思いをしていないかって、ちゃんと考えてくれてるみたいなのに。
師匠、オレ、なんだか心が重たいです)
以上、メルク(二代目)から初代へ捧げた(心の内だけで)手紙より抜粋。
ちなみに。
前回のメルクと小松の邂逅、そしてリン登場からしばらく後に彼らは揃って喫茶店へとやって来ていた。
何でも今回、小松がリンとともに元々来ようとしていた目的地というのがここのようで、今までのワールドキッチンがいわば前哨戦のようなものだということだ。
小松から簡単に説明を受けたメルクは、「そ、そう」としか言いようがない。
他にどう言えばいいのかわからない、というのもある。
リンはどこからどう見ても女の子だ。
その女の子と二人きりで、ショッピング(ワールドキッチンではあるが)、後に喫茶店へ赴くだなんて、それはいわゆる世間一般に当てはまるところの『デート』なのではないかとメルクは思っていた。
これがトリコであれば話はまったく違ってくる。
男同士で喫茶店。しかもお目当てはそこの限定スイーツとくれば、「まあ、小松とトリコだし」と言うところで話は終わる。
しかし、何度も繰り返すがリンは女の子だ。
しかも二人はとても仲がよさそうに、きゃっきゃっと楽しそうにはしゃぎまわっている。
どちらかと言えばリンのほうがテンションが高く、小松にことある毎にひっついているわけだが、小松も小松で嫌がる素振りはない。
かわりに、しょうがないなぁ、と微笑ましさを滲ませた苦笑いでそれを受け入れる始末だ。
「女の子なんだからもっと慎みを」と言うわりには、最後には何だかんだでリンを受け入れている。
そんな小松にリンも自然と甘えているのだろう。
(………………どうしてオレ、ここまで来ちゃったんだろう)
溜息を隠すようにしてメルクは自分の分のケーキを口に含む。
確かに美味しかった。
これで気分が落ち込んでなければ、素直においしいと称賛できるくらいには絶品だ。
なぜメルクが彼らと一緒に喫茶店にやって来ていたと言えば、先に挙げたように小松に誘われたからである。
久しぶりに会えたんだし、もしこのあと暇なら、と小松は申し出る。
あとでリンに、ひとり増えても大丈夫かと尋ねたが、彼女はちらりとメルクを一瞥したあと気にするそぶりもなく「いーし。いっぱいいたほうが楽しいもんね」と言ってくれた。
そこに嘘は感じられない。
ただ、なんとなく二人の間で交わされる会話に入りづらくて居心地が悪い。
(……帰れば良かった、かも)
暗い気持ちでメルクは口の中にある甘いケーキを咀嚼する。
「あ、そろそろ新しいの取って来ますね。リンさん、メルクさん、新しいのボクが取ってきますけど何か持ってきましょうか?」
そこで皿の上をカラにした小松が椅子を引きながら両者にそう尋ねる。
この店はバイキング方式で、客人が好きなケーキを持ってくるスタイルになっているのだ。
「じゃあ、うち、あの苺のとさっき小松さんが食べてたのがいいなー」
「二つも大丈夫ですか?」
暗に、まだ食べれるのかと小松が言えば、リンはぺろっと舌を出してみせる。
「甘いものは別腹って、昔から言うでしょ?」
「ふふ、はいはい」
「ねぇ、メルクはどうするし?」
「え」
そこで話を切り返されてメルクは驚いて顔を上げる。見れば、小松だけではなく、リンも自分のほうを見つめていた。
「え、えっと……オレは、なんでもいい」
うまく答えることができずに抽象的なことを言ってしまう。これでは小松を困らせてしまうとメルクは表情を曇らせるが、それを聞いた彼は気に様子もなくにっこりと笑って、
「じゃあ、何か美味しいそうなの取ってきますね」
とだけ言った。
こんなところでも小松の気取らない優しさにメルクの心はホッとしてしまう。
そうして小松は二人を残して席を離れて行ってしまう。
あとに残るのは、なんとも言えない沈黙。
(ど、どうしよう……)
そこでメルクはリンのことを意識してしまい、この沈黙をどうするべきかと頭のなかを働かせ、そして余計に混乱してしまう。
何を話せばいいのか。
いや、そもそも同年代の……同性の少女となどこうして隣り合ったこともないので、何をどう話していいのかもわからない。
小松はリンをIGOの関係者で、四天王でもあるサニーの妹だと簡単に説明してくれたが、自分との話題の共通点などもまるで想像がつかなかった。
(な、なにか話さなきゃ! でもオレ、何を言っていいのかわかんな)
「ごめんね」
グルグルと脳内を駆け巡る言葉の羅列に翻弄されていたところで、隣から聞こえてきた短い言葉にメルクが、はたと我に返った。
言葉の意味がうまく理解できずに困惑気味に隣を見れば、リンが眉を下げて両手を合わせて謝罪の姿勢を取っているのが見える。
「さっきも言ったけど、テンション高くて」
「え、う、うぅん?」
そんなこと気にしなくてもいい、という意味でメルクは慌てて首を横に振るのだが、その言葉に疑問符があったのを感じたリンがさらにすまなそうにしょげてしまう。
「ウチ、あんまり他の人と話したことないの」
「え……」
「ウチね、さっきも小松さんが言ってくれたけど昔からIGOの研究所にいて、あんまり外に出たことなくて他の人と何話していいのかわかんないし……
お兄ちゃんの……そうだ、美食屋とかなら同じ感じがしてすぐに話せるんだけど。
なんか、テンパっちゃった、っていうか、メルクにどう接していいのかわかんなくて、テンション上がっちゃったんだし」
そこまでごにょごにょとどもるようにして話したところでリンは、「うわー、思い出しても変だし! 絶対おかしかったし!」と頭を抱えてしまう。
そんな様子のリンに対して、メルクは新鮮な驚きにも似たものを感じていた。
目を丸くして、緩慢な瞬きを繰り返したところで、ゆるゆると自然に唇が開く。
「……オレも、」
「……う?」
「オレも、その……昔から鍛冶一筋で、あと、いつもは工房にこもってばかりだから、キミとどう話していいのかわからなかったんだ」
「……そうなの?」
慰めるために嘘をついているのでは、という声なき言葉を視線に感じてメルクはふるりと首を横に振る。
「だから、キミに対しても随分とそっけない態度を取ったと思う。ごめん」
謝罪はすんなりと唇からこぼれ落ちた。
軽く頭を下げればリンもメルクの言っていることが嘘ではないということがわかったようで、居ずまいを直しながら「うん」と小さく頷く。
「お互い様ってところだし?」
「そうなるね」
短く言葉を交わせば、なぜか笑みがこみ上げてきて二人はそろって声を殺して笑う。
「じゃあ、改めて。ウチはリン。IGOの第一研究所でフレグランスを使って仕事してるし」
「フレグランス……あぁ、だから『猛獣使い』って」
「う、そっちの肩書きはなんか可愛くないし、女の子には言ってほしくないかも」
「あはは、ごめんね。オレはメルク。包丁の研ぎ師をしてるよ」
途端に渋い顔したリンに苦笑いを浮かべながらメルクは短く謝罪してから自己紹介を改めて口にする。
するとリンも大して気にした素振りもなく、すぐさま、拙いなりにあれやこれやとメルクに簡単な話を聞き始めた。
それに答えたり、相づちを打ったり、あるいはリンに問い返したりしながらメルクは会話から感じられる相手の人柄に目元が柔らかくなるのを止めることができなくなる。
(だって、いいこなんだ、すごく)
明るくて、口調はとてもサバサバとしているがそれが話しやすさに直結している。
割と思い込みが激しいようなところも感じられるが、それもかわいさとして受け入れられる程度であろう。
何より、『いいこ』だとメルクも感じられるほどの人柄を感じることができる。
(……うん、すごくいいこだ)
このこなら小松が心惹かれるのも当然かも、とメルクは鋭い痛みを発した胸の奥に蓋をしかけた。
「そういえば、メルク。メルクって小松さんのこと好きなの?」
ぶふーーーーーーーーーーー!!!!
「きゃー!」
ちょうど紅茶を飲みかけたところで話の脈絡なる、思いつくままに尋ねられた内容にメルクは吹き出す勢いで驚愕した。
さすがに紅茶を吐き出すような不作法はしなかったものの、メルクの反応に驚いてリンも悲鳴を上げる。
一瞬、まわりがなんだなんだ、と注目してきたが、それに構う余裕が、メルクにもリンにもない。
「や、やだ、大丈夫だし!?」
「う、う、ご、ごめっ……!!」
なんとか痙攣する横隔膜を抑えつけるようにしながら何とか落ち着こうとする。
席から立とうとしたリンに大丈夫だという合図を送れば、彼女も不承不承に席に戻った。それを見たまわりも「なんだ何事もないのか」と興味を失った様子でそれぞれに向き直っていく。
「あ、でもそこまで反応するってことは図星だし?」
「うぐぅ……!」
だが先ほどの話はまだ終わっていなかったらしい。
さらに追求されてメルクが呻くような声を上げる。
そんな彼女を見ながらリンは、うんうんと幾度も深く頷いている。
「これまで小松さんってば彼女ひとりもいないって言ってたし、見た目はお世辞にも良いって言えないもんね」
そこまで聞いていたところで、恋愛は外見でするもんじゃないという思いが湧きかけたメルクだったが、それを言おうとしたところで会話の違和感を感じて口を閉じてしまう。
いま、リンは何と言った?
「まあ、小松さんの魅力はなんていうの? 外見なんかじゃ及びもしない次元にあるっていうか、そこのあたりに気付くのはメルクってば見る目あるーって思うし!
ウチとしては友だちに恋人が出来るのは大歓迎!!」
「…………は?」
そしてその違和感は、実際にリンが言葉にしたことでより明確なものとなってやって来る。
この会話、何はともあれおかしくはないか?
「……え、えと、リンさんは」
「ウチのことはリンでいーし。ウチもメルクのことは、メルクって呼ぶからね!」
「それは構わない、けど……えと、リンは小松シェフとは」
「うん、友だち!」
メルクが全部を言い終わる前にそれを遮るようにしてリンは断言してしまった。
…………友だち。
友だち、という単語がメルクの脳内をグルグルと駆け巡る。
「小松さんは、ウチの研究所以外で出来た友だちなんだし。
あ、いなかったわけじゃないんだけどね? だいたい友だちっていうのは研究所に勤めてる子とか、あと、その関係者とかばっかりで、本当に全然関係ないって言ったらおかしいんだけど、『外』の友だちて始めてなの」
えへへ、とリンはとても嬉しそうに笑った。
話の節々からメルクは、目の前の彼女の特殊すぎる環境が透けて見えたような気がしたのだが、それよりももっと大きく、小松と『友だち』になれたということの喜びにも似たものを感じることが出来て余計なことを言えなくなってしまう。
音も無く唇を引き結べば、リンの柔らかな笑みに視線が自然に集まってしまう。
「……そう」
「そーだし。小松さんはほんとにふつーの人なんだけど、なんだかんだで規格外! って感じでね。
ウチとしては男の子と一緒にいる、っていうより、小松さんと一緒にいる、って感じのほうが先に来ちゃって、なんかホッとしちゃうんだし」
「あ、それもちょっとわかる、かも」
「でしょー? それに、小松さん、なんだかんだですっごく優しいから一緒にいると楽しいし!」
あ、あとお兄ちゃんみたいに、食べ過ぎだぞとかすぐに言わないし、とさらに矢継ぎ早にリンの話は続く。
それに相づちを再び打ちながら、メルクはホッと一安心した心持ちになった。
小松は……少なくともリンの口ぶりはまだ恋人というものはいないこともわかった。
それに、新しい友人も出来た。
リンという、とてもかしましい女の子。
新しい絆をくれたのは小松のおかげだろうか、と思いながら笑みを深める。
「あ、」
「うん?」
「それで話し戻しちゃうんだけど、メルクって小松のこと好きだし?」
「っっっっっっっっっ!!!!!?」
「あははー、真っ赤ー。てことは当たりだしー。
だいじょーぶ、ウチも応援するし!」
「ち、ちが、!?」
「隠さなくていーし! それで、ウチとしてもちょっと恋バナとかしてくれると嬉しいかもー? なーんて!」
キャッキャッと何やら話し合う二人は遠目から見れば女の子同士のかわいらしいツーショットにしか見えなかった。
そう、とても仲の良い、友人同士の。
それをケーキを取って戻ってきた小松も見る事ができ、遠くからそれを目にしてホッとした様子で目元を緩ませる。
なんだかんだで彼も、ぎこちない両者を心配していたのだ。
だが、何かきっかけがあれば人というのは簡単に打ち解けるもの。
既知を結んだらしい二人に満足して、小松は彼女たちの元へと戻っていった。
師匠、オレのきになるひとに、かわいい女友だちがいました。