晴天である。
季節の暦は冬になって久しいが、それでも柔らかな陽の光と風の無い日というのは冬とは思えない過ごしやすさを感じることできる。
ただ、やはりというべきは気温だ。
冷たい空気によって中々空気は暖まらず、とりまく気温はまだ寒いと言える代物でもある。
それでも火の番をしながら料理の支度をして細々と体を動かしていれば、寒さをあまり感じないほどの陽気だ。
「今が真冬真っ直中ていうのを忘れそうかも……」
呟き、小松は自分の独り言ともいえる発言に苦笑をこぼす。
今はハントに出かけた大草原のど真ん中にいて、ひとりで先のように準備をしているところなのだ。
ちなみに同じくハントにやって来た……元々、小松のほうが同行させてもらっている立場なわけだが……トリコを筆頭にした四天王とリンは、揃って狩りのほうに出かけてしまっている。
『あとでたっぷり料理してもらうぜ!』というトリコの宣言のもと、小松はどんなグルメ食材が調理できるのだろうかと胸を躍らせながらこうして待っているわけだ。
そして今回のハントは小松たちだけではなく、四天王(ゼブラを除いた)それぞれのパートナーでもあるテリーやクイン、そしてキッスと小松についてきたユンもいる大所帯だった。
テリーとクインはパートナーから離れて自主的に狩りをしている(たまに草原の向こうのほうでクインの長い胴体が小松の視界に入ってくる)。
ちなみに、ココのパートナーでもあるキッスはと言えば、
……ーン!
大きな翼のはためく音。
風と大気を切る勇ましい羽が起こす空気の流れ。
それとともに何とも呑気で聞き慣れた声が一緒に聞こえてきた。
小松はそれにつられるようにして顔を上げて、大空に輝く太陽に目を細めながら双眸を崩す。
ユーン!
「おかえりー! ユンー、キッス−!」
アァ――――!!
近づくたびに巻き起こる風は強くなるが小松は鼓膜に届く声に上を見上げたまま大きく手を振って声をかける。
するとそれに答えるようにして特徴的な嗄れた声も甲高く冬の空気を揺らした。
大空をゆっくりと降りてくるのはもちろん、先に小松が呼びかけたとおりにキッスで、彼の背中には子ペンギンが乗っかっているのだ。
トリコ達がハントに出かけ、小松が料理の準備を始めるとキッスは自主的にユンのお守りを買って出てくれたのである。言葉というものはさすがになかったが、小松のまわりをウロウロとまわっていたユンに向かって「アァ!」と声をかけ、それを聞いたユンも目を輝かせて「ユンユン!」と答えたので双方の間でやりとりが行われたのはまず間違いないだろう。
(キッスも鴉だし、ユンも一応ペンギンで鳥類だからなー……鳴き声で通じるところがあるのかも?)
そうしてそのままユンを背に乗せて大空の散歩に飛び上がったのである。
小松はそのときの様子を思い出して目を細めた。
料理の準備をすすめていた小松が手を止めて立ち上がれば、キッスはさすがに即席の料理場から少し離れた場所に舞い降りる。
翼が巻き起こす旋風で料理場を荒らすのを避けたのだろう。こういう細かな気遣いができるのはさすがというところなのかもしれない。小松は早足でキッスの側まで駆け寄っていく。
ユンユーン!
「っとぉっ!」
その小松めがけてユンがぴょーん、とキッスの背から飛び降りる。
鳴き声と普段の様子でユンがそうすることがわかっているのか小松は慌てることもなく、手慣れた仕草で近づきながら両腕を広げ、飛び込んできたユンを難無く受け止めた。
「こぉら、いきなり飛び降りたら駄目じゃないか」
ユーン。
それでも一応危ないので小松は「めっ」と子ペンギンを叱っておくのだが、当のユンは嬉しそうにスリスリと彼に擦り寄るばかりで聞いている様子はない。
こういうところは幼い子どもそのものと言ったところなのだろう。
まったくもう、と小松は呆れ半分諦め半分の気持ちで苦笑いで溜息をつく。
ユンを腕に抱いたままキッスを見上げた。
「ごめんね、キッス。すっかりお守りを頼んじゃって」
アー。
小松の言葉にキッスが『気にするな』とでも言いたげに首を横に振ってみせる。
だがそのまま小松のほうへと嘴を近づけたかと思うと、彼の頬にその先を押し当ててきた。
一応、小松が倒れないように力加減は配慮してあるものの、最初に出会ったときよりも一回りも二回りも大きくなり、まだまだ成長中だという巨鳥は普通から考えれば結構な威圧感がある。
それでも小松は怖がるでも、また嫌がる様子もなくむしろ気持ちよさそうにキッスの嘴を受け入れていた。
「うん、ありがと」
クスクスと笑みをこぼせば、キッスもユンもさらに甘えるような仕草で小松に擦り寄ってくる。
キッスはパートナーでもあるココに似て聡明で落ち着きもあるが、彼とは違ってこうして小松に素直に甘えてくるときがあった。
しばしじゃれ合っていたところで、ユンが思い出したようにパチン、とつぶらな目を開けて「ユンユン!」と鳴き声を上げた。
「ん? どうしたの?」
ユーン、ユンユン、ユー!
小松が首を傾げれば、何かを訴えかけるようにしきりにユンは身振り手振りで短い翼を精一杯にはためかせるのだが、言葉の通じない彼にはまったくもって意味がわからないままだ。
アー。
かわりに助け舟を出したのはキッスで、小松から少しだけ離れて鳴き声を上げて彼の注視を誘う。
そして小松が視線を自分に向けたところで、背中に乗せたままだった簡素なバックを見せ、さらに首を下げる。慣性の法則で手元までスルスルと降りてくるようにすれば、意図に気付いた小松が降りてきたバックを手に取った。
それは小松が予備に持ってきていたバックのひとつで、ユンが遊びに行くついでに自分から持って行ってしまったものだった。
(裏事情をあかせば、テレビで小さな子どもがバックを持っておでかけしていたのを真似ているのだ)
しかも空っぽだったバックは小松が手に何やらずっしりと重い。
何か入っているのかと小松が中を覗き込んでみれば、あ、と声が上がった。
「すごい、これ全部果物!?」
ユン!
アーッ!
驚きの声を上げさせることが出来て満足したのか、ユンとキッスが揃って声を上げて大きく頷いてみせる。
バックのなかには草原の側にあるという様々な果物の果実が集められていた。
「わぁ、たくさん……お前たちで集めて来たの?」
小松がユンに尋ねてみれば、『もちろん!』と言いたげにユンがもう一度大きく頷いて誇らしげに胸を張る。
それは幼子が、「どう、すごいでしょう!」と言っているようで、小松は目元を緩ませながら、うんうんと幾度も頷いた。
「うん、そうだねぇ…………これ、キッスも一緒に?」
アー。
どうやらユンが果物を取るのをキッスが手伝ってくれた、というのが真相なのだろうが、そこは遠回しに匂わせる程度にするのが大人の責務だ。
そこはキッスもちゃんとわかっているので短く答えるだけに留めておいたらしい。
そっかそっか、と小松はまた頷きを繰り返す。
「ふふ、ほんとにすごいね。
これならそのまま剥いて食べるのも美味しいし、こっちの林檎に似てるのは焼いちゃっても甘いだろうなー……すり下ろしてジュースにして、料理に合わせても美味しそうだし」
受け取った果物を見つめながら小松がメニューを幾つか脳裏に浮かばせは呟きをもらす。
それはしっかりとユンたちにも聞こえていたようで、
ユンユン!
ア――――ッ!
自分たちも食べたい、という主張らしい声が小松の鼓膜を揺さぶった。
「もちろん、お前とキッスには一番に食べさせてあげるからね」
取ってきてくれた当然の権利だと暗に含めば、双方から喜びの声がかかる。
その様子をニコニコと笑いながら小松も見つめていた。
トリコたちはいつ戻ってくるのかわからないし、料理の準備も一通りはすでに終わっている。先にキッスたちの果物の調理を始めていても大丈夫だろうと当たりをつける。
そこで、再び空気が揺れた。
タンッ! という、あまりにも軽すぎる地面を蹴る足音。
それと一緒に小松のすぐ背後に新たな気配が降り立った。それと一緒に、ずぅん、と重い何かを地面に置く音も。
え、と小松がそれに気付いて空白の声を上げて振り返ろうとしたのとほぼ同時に、ウォウ、と聞き慣れた声が聞こえた。
「わ、わ、わ!」
ォウッ!!
「って、テリー!?」
そこにいたのはやはりと言うべきかここのとろこ成長が著しい(トリコを背に乗せてもまだ余裕ができるほどだ)バトルウルフのテリーだった。
既に小松も近くにいられると首を痛めるくらいに見上げないといけないほどの巨躯。
しかし巨大というよりは、強靱なしなやかさが印象に残る体のつくりをしている。
ゆるやかに尻尾を振ってみせたところで、我に返った小松がテリーのすぐ側にあるものに気がついた。
「え、こ、これ、もしかしてテリーが獲ってきたの?」
そこにあった……というよりは仕留めているのは猪にも似た毛皮を纏ったグルメ動物と思しきものだった。
小松も名前まではわからないが食べられるものであるのは間違いない。
そもそもテリーは『食べられないもの』を持ってくるはずがないのだ。
そのあたりは小松も既に知っていたので懸念は微塵も無い。
小松の言葉にテリーは、ウォウ、と一声鳴いてみせた。それを見ていたユンが「すごいー」とでも言いたげに感嘆の声を上げ、同じくキッスは少しだけ不機嫌そうに瞳を光らせたのだが、後者については小松は気付かなかった。
「うわ、これ始めてみる。どうしよう、トリコさん……ココさんだったら何かわかるかも」
調理方法は経験上すぐさま頭を浮かんだのだが、どういう動物なのかはわからないままなので一応確認のためにも聞いておくべきだろうと小松は頭を巡らせる。
ブツブツと呟きをもらす小松を一瞥して、テリーは側にある食材をずい、と彼のほうへと頭を使ってさらに近づける。
それを見た小松が驚いて目を丸くするのを見て、黙ったまま尻尾をゆらりと揺らめかせた。
つまりこれは……
「……ボクが貰っても……ううん、料理しても、いいの?」
ウォウ。
そうだ、と言いたげにテリーが大業に頷いてみせる。
キッスがそれを見てさらに不穏な空気を纏ったのだが、小松はまだ気付かない。テリーが自分へと料理してほしい、と食材を持ってきたことに驚いて気付かなかったのだ。
「うわぁぁ」、と目を輝かせて声を上げる。
「ありがとね! ならこれはテリーに一番に食べてもらうからっ!」
オゥ!
アァッ!?
小松の声にテリーが上機嫌に鳴き、かわりにキッスが抗議にも似た驚愕の声を上げる。
途端、双方の間で険呑な視線が交わされるのだが、やはりというべきか(以下略)。
「どうしようっかなー? これだけあると色々と出来ちゃうよね。でもほんとに猪に似た感じなら、いっそ鍋ものにしちゃう手も!」
ああ、でも野菜が足りない!
でも鍋もいいし、焼き物もいい! と小松が興奮気味に矢継ぎ早に声を上げ、それを見たユンも楽しそうに声を上げようとした。
そこで、
二度あることは三度ある、と昔のひとが言ったように、ズズズズズズ、と草原の向こう側からすごい勢いで自分たちのほうに向かってくる独特の音が響いてきたことに見つめ合う(あまり良い意味ではなく)テリーとキッスはもちろん、小松とユンが何事かと気付いて一斉に振り返る。
シャァァァァァァ!
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ユーーーーーー!
三者の声が冬晴れの空の下で煩いくらいに響いた。
振り返るのとほぼ同時に瞬時に……本当に凄い勢いで近づいてきたのは、先頃サニーの元へとやって来てここにいるメンバー入りを果たしたマザースネイクのクインだった。
驚きのあまり今にも飛び上がらんばかりに硬直する小松と、彼の腕の中で縋り付くようにしてひしっと抱きついているユン。
そしてキッスとテリーは「また面倒なのが増えた」と言わんばかりの胡乱な視線を向けた。
目は口ほどに物を言うとも、昔の人は言葉を遺しました。
それはともかくとして。
「…………って、クイン!?」
シャー!
「も、もう、びっくりしたじゃない! すごい速さでやってくるから!!」
シャー…………
想像してみて欲しい。
振り返ってみたら超大型のトラックの限界を遥かに超えた速度で自分めがけて迫ってくる光景を。
(そして目前でストップする光景も)
……怖くないわけがない。
実際、我に返った小松は恐怖のあまり涙目だった。腕に抱いているユンも、カタカタと青くなって震えている。
力一杯訴えられ、そして目前で涙目になっている姿にさすがにまずいとは感じたようで、クインもしょんぼりと申し訳なさそうに声を上げる。
この素直さがパートナーでもあるサニーともっとも違う点であるのかもしれない。
誇り高きマザースネイクではるが、クインはまだ子どもで素直さが色濃く残っている。
素直に謝られては(言葉はにが)小松もそれ以上抗議の声を上げる気も削がれ、「……もー」と大きく息を吐いて自身を落ち着かせる。腕の中で震えるユンの頭を撫でてやりながら、改めてクインを見上げた。
「それで、急いで来たみたいだけど、どうしたの?」
何かあったのかと暗に尋ねれば許してもらえたことを察したクインも直ぐさま顔を上げて、もぞもぞと口の中で舌を動かし……舌を器用に使って、小松の目の前に大きな卵を差し出す。
どうやら割らずに持ってくるために口の中に入れていたらしいのだが、大きなクインの口に見合うほどの大きさがある。
たとえれば、ユンが軽く9つ分くらいの大きさと言えばわかりやすいのかもしれない。
「ふわぁぁぁ……これ、卵だぁ」
キラキラと好奇心に目を輝かせて小松が興味深そうに差し出された卵を見つめる。
幾分か落ち着きを取り戻したユンを地面の上に一旦下ろしてからクインが差し出す卵を受け取る。
小松の腕に自分が差し出した卵が渡ったところでクインも舌を離す。すると、ずっしりとした重さが小松の両腕にかかってきた。
「すっごい重い。でもそれだけ中身が詰まってるってことなのかな?」
これだけ大きい卵なら何が作れるだろう。
割ってみて味を確かめ、それからスープなり卵焼きにするなり、あるいはデザートに使うなりにしてみたいと思ったところで小松はメニューへと忘我しかけたところをひとまず我に返ってクインを見る。
「こ、これ、ボクが料理してもいい?」
シャ――――ッ!
小松が尋ねてみれば、クインは「ぜひ!」と言いたげに上機嫌に声を上げる。
表情が薄いはずの爬虫類特有の顔にまで喜びのものが浮かんでいるのが見えるほどの声だ。
それを見た小松の表情にこれ以上ないくらいの喜色が浮かぶ。
うんうん、と何度も頷き、ぐるりとクイン、キッス、そしてテリーときて足下にいるユンを見た。
「みんな、ありがとね。こんなにいっぱい、ボク料理出来て嬉しいよっ!」
にこにこと心の底から嬉しそうに告げる声に、ユンも我が事のように嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
キッスとクイン、そしてテリーはと言えば、少しだけ複雑そうな顔をしていたのだが。
「じゃあ、頑張って作るよ! まずはみんなにキッスとユンが持ってきてくれた果物を切っておくから、それを食べて待ってて!」
どうやって三者が持ってきた食材を効率よく料理するかで小松の脳内はフル回転している。
まずは箸休めの意味も込めて果物の皮を手早く剥き始めた小松に、テリーたちの表情までは気が回らなかった。
◇
そしていつものように、
「……なに、あの超絶メルヘン空間……」
お約束のように遠くのほうからこっそりとそれを眺めていた(遮るものがまったくないと言って間違いない大草原でも、小松たちは互いのことにばかり気に掛けていて気付いていない)リンが呟きをもらす。
「あれって、多分自分の分を一番に料理してほしかった、ってことだし?」
「うん、多分ね」
小松はまったく気付いていないが、キッスと言わずテリーとクインが彼の元へと食材を持ち寄り、それぞれ牽制するかのように微妙な雰囲気を醸し出していたのは自分の獲ってきた食材を料理してもらいたかった、という思惑があってのもので間違いない。
彼に「すごい」と褒めてもらうのも目的のひとつだったわけだが、先に誰か料理をしてもらえるかで少しだけ険呑な空気が流れかけたのだ。
「ま、松がそれに気付くわけねーよな」
「小松だしなぁ。しかもみんなまとめてどう手際よく料理するかで頭がいっぱいになってるみたいだし」
半ば呆れ顔のサニーに付け足すようにしてトリコもクックックッと肩を揺らして笑う。
「そこはさすが小松さんだしー」
なにがさすがなのかはわかりづらいが、リンの言葉を否定する気も起きないのだろう。トリコたちはあえての言及は控えておくことにした。
「……で、オレたちはいつまでここにいればいいんだよ」
あの空気に初参加となったゼブラの呟きもまた、いつものことということで。
メルヘン・ダイバー