最近、というわけでもないのだが、携帯電話というものは『電話』という以外に様々な機能が付随するようになっている。
たとえばメール。
これは電話回線を使用しているから、という理由がある。
同じく、ネットへのアクセスなどもそうだ。
元々使う回線が似ているものなのだから、使えるものは使ってしまおうという発想は間違いではない。
実際、便利な機能であることに代わりはない。そこから、ナビなどといったアプリ機能も発達していったのは周知のことでもある。
さて、話は変わってしまうのだが、一説によれば『携帯電話は既に完成されてしまっている』という話がある。
もうこれ以上広げる場は見当たらない。しかし、人間というのは新しいもの好きな、強いて言うならば好奇心旺盛な人物が多く、新しいものを常に発信していなければ『飽きられてしまう』もの。
季節が変われば新しい機種が登場し、そして人々の関心を集めていく。
しかし、先にも言ったが『携帯電話は既に完成されてしまっている部分が多い』のだ。
電話、メール、サイトの閲覧など、携帯会社が使うべき回線に纏わるものは既に一つの完成系となってこれ以上手を加えるのが難しい分野となってきてしまっている。
ならばどこに手を加えるのか。
その答えのひとつともなったのが、『写真機能』である。
元々携帯電話には写真機能は存在していなかった。
これは、そもそも携帯『電話』なのだからそれを合体させるに至らなかったと言える。そして、一昔前の携帯の画面は白黒のものであり、写真など入れられるわけがなかった。
しかし、ここで技術の進歩というものが出てくることになる。
デジタルカメラの出現である。
それまでフィルムを必要としていたのが、SDメモリといったものに保存できるようになった。画面が液晶へと変わったのも大きい。
そして、携帯画面も同じく白黒のシンプルなものからカラーを表示できるようになり、そして美しい液晶画面へと移り変わっていく。
顧客のニーズに応えたものだが、ここである人は思った。
−「デジカメって液晶だよな? 携帯も液晶になったよな?
保存もメモリでカバーできるんだし、機械のほうもどうにかできるんだから……あれ、これ合体できんじゃね?」
と。
……まあ、そこまでルーズに考えたかどうかは別として、とにもかくにもある一時を境として『携帯電話』に写真機能が当たり前のように付随するようになった。
今では、写真機能がついていないもののほうが珍しい程度には、だ。
それは電話機能を広げたというよりは、横の機能を広げたというほうが近いのかもしれないが、それに伴う技術革新もあったのは間違いない。
さてはて。
長々となったが前振りはここまで。
随分と余計なものを書いてしまったが、ここまでがあくまでも『前振り』である。
つまり、昨今と言わず、現在出ている携帯電話と呼ばれるもののほとんどが写真機能を備えているのである。
それはもちろん、
「ボクにもあるよ」
自立機動型である『携帯電話』のココもまた、同じくである。
「あー、やっぱりか。だよねぇ、携帯電話なんだからついてて当たり前かぁ」
あっさりと自身の疑問に答えてくれたココに、尋ねたほうの鉄平が幾度も感慨深げに頷いてみせた。
ココは表情を変えないままに、小さく首を傾げて彼を見やる。
「そんなにおかしい?」
「ん、だってほら、キミってやっぱり見た目は完全にヒューマン(人間)なわけだし。
だからそもそもどこについてるのかな、ってさ」
「目の部分がそうだよ」
そう言いながらココがトントン、と軽く指で自分の目元を叩いてみせた。
するとまるでその機能を誇示するように、キィィ、と微かな音を立てて彼の目の中の瞳孔部分が開閉を繰り返す。
「そこなんだ?」
「視覚機能だからね。外からのものを『見る』ためのものなんだから、そこに付随させるのは自然なことだろう?」
「確かに」
短く答えて鉄平はちらりと視線を流した。
ちなみに、彼らは鉄平が師である与作とともに営んでいる香辛料屋(表向きは。裏向きは別の話)の店の奥に、カウンターを挟んで話している状態だった。店内にはもちろん、与作とココの『所有者』でもある小松もいるのだが、彼らは先ほどから店先にある最近仕入れたばかりの香辛料についての熱い談義を交わしている最中なのだ。
つまり、暇を持て余して鉄平とココはこうしてとりとめのない会話を交わしているのである。
「シャッター音とかはするの?」
「いいや? さすがにこの姿だからね、一々そんな音をさせてたら変だろう?」
事も無げにココは答えるのだが、それは果たしていいのだろうかという考えが鉄平の脳裏を過ぎる。シャッター音云々については色々と公然の問題としてあげられていたりすることが多い。
つい先日、スマホのアプリで『シャッター音を消す』というものが出てそれを悪用した犯罪がニュースになったばかりだ。元々は別目的で作られていたものを悪用するような人間のほうが悪いはずなのだが、やり玉に挙がった以上、色々と揶揄されてしまうことだってある。
話が逸れたのだが、そうしてつい先日のシャッター音云々についての徒然を思い浮かべた鉄平がカウンター越しに立つココを見る。
彼は鉄平のほうを見ておらず、ジィッと店先にいてさっきから「みゃー」だの「にゃー」だの独特な感嘆の悲鳴を上げている小松を見つめていた。何とも熱い視線なのは気のせいなどではないだろう。
ちなみに、件の小松はココの視線には少しも気付いていない。
食関連のことについて視野が狭まってしまうのが彼の悪い癖でもあり、その真っ直ぐさが今まさに小松にあれこれと新しく仕入れた香辛料について割と熱心に話をしている与作が彼の人を気に入った部分でもあった。
まあ確かにあの真っ直ぐな目は嫌いじゃないけど、と鉄平は胸のうちだけで零した。
わざわざココのいる前で言うようなことでもないだろう。誰だって好きこのんで睨まれたくはない。しかも色恋沙汰関係で。
そこでふと、鉄平は疑問を脳裏に思い浮かべる。
「でさ」
「?」
「唐突なことを聞くようだけど、それって小松くんにも使ってたりするの?」
一縷の好奇心から鉄平はそう尋ねてみた。
何しろ、ココのそれ(カメラ機能)は傍目からは余程注視していないと気付かない。彼は先にも述べたように完璧な人の形をしていて、『携帯電話』だとは見ているだけではとても思えない造りをしている。
そして小松は、割とすぐにココが自身の所有物=携帯電話だということをすっかりと頭の中から追い出してしまうところがあった。
それは彼が、ココをココとして見ている証でもある。機械なのではなく、目の前にいるのはひとつの存在として扱っているので自然とそうなってしまうのだ。
その上でシャッター音ひとつたてない『カメラ機能』を備えている。
「うん」
それはつまり、当人が気付かれないうちに撮影することを可能としている、ということを同義だった。
そしてココは鉄平の疑問にあっさりと答えてみせた。
隠し立てもしないのは潔いというのか、無頓着というべきなのか、それとも小松以外はどうでもいいと思っているからなのか。
三つの予想をたてて悲しきかな最後が一番可能性が高いなぁ、と思いつつも鉄平は「へー」と軽い反応をするだけに留まった。
「……それっておもにどんなのを」
だが、ここで鉄平はさらなる好奇心にかられて、人が指摘するところである『余計な一言』というものを口にしてしまう。
師匠でもある与作が常々『肝心なことは言わなくて、余計なことばかり言いやがる』と鉄平に言っているのも仕方のないことであろう。こればかりは何度言ったところで直った試しがない。
今、この時点であってもそうなのだから。
「写真はよく撮ってるよ。あとは録画と録音もね」
「……へぇ」
録画と録音、ねぇ、と鉄平は口の中で呟く。
自分から聞いておいて何だが、深くはつっこまないほうがいいんだろうなぁ、と鉄平は思った。
もしこの場にいれば、そう思うなら最初から聞くんじゃねぇ、と与作が拳骨を振り下ろすところだ。しかし彼の人はまだ店先で小松との談義に花を咲かせていて、鉄平たちの不穏すぎる空気に気付いていない。
ただ、鉄平はちらりとココのほうを見た。
彼の人は相変わらず小松のほうを見ているばかりで、鉄平には視線ひとつ向けていない。
興味がない、と言えばそこまでなのだろう。そんなココの態度にも鉄平は慣れたものだった。そういう性分なのだ、と思うことで収まるのだから。
「ねぇ、それって合法?」
しかしながら、やはりと言うべきか『余計な一言』というのはここでも発揮されてしまった。多くは言わなかったが、その質問にココは始めて鉄平のほうへと振り返る。
「ボクは小松くんの所有物だからね、合法も違法もないと思うよ?」
残念ながらそれは答えではなかった。
だが、それだけで鉄平はそれ以上の追求をやめてしまう。
ツッコむだけ無駄なような気もしたし、踏み込んで連鎖地雷のような目に合うのもごめんだったので、尚更だ。
ふぅん、と嘯くだけに留めて、鉄平は小さく息を吐き出してもう一度視線を動かす。
小松は相変わらずこちらのことに気付いていない。
ココはそれを黙って見つめていた。表情はなくとも雰囲気で熱いものが伝わってくるようで、鉄平はそっと彼との距離を取ることにした。
…………そしてこの話はそこで終わる。
世の中には知らないほうがいいこともあるという、教訓めいたものとして。
ハロー、マスター!
−ええ、知らなくてもいいことなんです。掘り下げたところで得をするようなことはまずありえないんですから(ガクブル)−