「小松くん、小松くん」
電気街からココを連れて自宅に戻ってから数刻後。
互いに改めて自己紹介をしたり、疲れ切った小松が食事を取り(そこでココが「一応、食べれはするけどエネルギー変換なんかが出来ない真似事だから」と発言して、話し合いの末にココは食事をしないことを取り決めたりした)、そこからココの今後を話し合ったりしている間に結構な時間がたってしまっていた。
額を付き合わせて話し合いをしていたせいか、気疲れで心なしかグッタリして口数が目に見えて減ってしまった小松に、主に大人しく耳を傾ける側だったココが上記のように彼の名前を呼ぶ。
口ぶりから、どうやら改めて話したいことがあるんだろうな、ということを何となく感じ取った小松が無言で視線を上げてココを見る。
視線だけで「どうぞ」と促しているのは伝わったようで、ココは話を続けるために口を開いた。
「自分で言うのも何だけど、ボクって結構目立つよね」
「…………それは、まあ確かに」
何の脈絡もなくそう切り出したココの真意がわからずに小松は内心首を傾げるが、言われた内容には素直に肯定の意志を示す。
一応、外見からして普通の人間にしか見えないココだが、その容姿が様々な意味で目立っている。
たとえばそれは小松が首を痛めないといけないくらいの長身だったり(聞けば、身長200センチだそうだ)。
異性と言わず、同性をも魅了しかねないくらいの風貌だったりするわけだが、わざわざそれを話題に出す、ということはそれ関連で何か言いたいことがあるのかもしれない。
そう予測して、小松は黙ってさらに視線だけでココに先を促す。
律儀にも小松からの視線に満面の笑顔を返す。ついでに彼を真っ赤にするのを忘れずに。
「うん、だからボクを【携帯電話】として連れていくのは、結構な障りがあると思うんだ」
「……あ……」
言われてからようやく気付いたのだが、自立機動型(人型)は携帯電話として見るならば目立つのだ。
それも半端なく。
なにしろ物理的な意味で人一人分のスペースを必要とするので仕方の無いことだろう。
「キミの職場に興味がないわけじゃないし、できるなら一緒に連れて行ってほしいけどボクたちみたいなタイプはまだまだ一般的には珍しい部類だから、職場にもそういう規定は作られてないでしょう?」
「そ、そですね……」
一応、ぬいぐるみサイズの自立機動型のケータイを持っているスタッフはいるにはいるが、単純計算の大きさで言うと数倍の差がある。
(そのスタッフは、平日(勤務中)はほぼ自宅に置いてきているとのこと。携帯としての意味は何処とか聞いてはいけない)
職場に持って行こうものなら確実に「このひといったい誰ですか」と言われることはまず間違いない。
携帯電話と銘打っているはずなのに、携帯するには不向きとはこれ如何に……、と、定義や名称云々についての疑問を頭のなかに浮かべ始めた小松にココは苦笑を浮かべる。わざわざ言わなくても、話の流れから小松が何を考えているのか察しているのだろう。
そもそも、そうやって自覚するように促したのはココなのだ。狙ってやっていたので当たり前だった。
「一応、それについての補足説明をまだしてなかったな、って思ってね」
「補足、ですか?」
「うん。一応、自立機動型……持ち歩きにはかなり不便なボクたちを作ろうっていう人たちは、そのあたりも一応考えたみたいなんだよ」
自立機動型は人型であったり動物型であったり、他にも色々とバラエティに富んだ姿形をしているために本来の携帯電話としての……持ち運びに関することについての疑問が忘れ去られている傾向が強い。
こうあって当たり前だという大前提があり、だからこそ疑問に思う部分が少なくなっている。
だが、周知されている事実はどうあれ、曲がりなりにも携帯電話として売り出しているのだから『携帯』できるようにしないと意味をもたなくなってしまうだろう。
懐に手を入れ、ゴソゴソと中を探っていたココは目的のものを見つけたのか、その手を取りだして小松の前に中を見せないままに差し出す。
「と、いうわけで小松くん」
「はい?」
「手、出して」
「? はい」
こうですか、と言いながら何の疑問も持たずに素直に小松はココの前に自分の手のひらを翳して差し出す。
それを見てココはほんの少しだけ苦笑を浮かべた。
「……もうちょっと警戒してもいいと思うんだけどなぁ……」
「?」
「ううん、なんでもないよ」
ぼそりと呟きからこぼれた声は幸運にも小松には聞き取れなかったようで、首を傾げて目を瞬かせる彼にココは口と身振り手振りで何でもない、ということをアピールしておく。
不審極まりない仕草だったが、小松がそれを指摘するよりも先に意識を別のほうへ向けてしまおうと、ココが差し出された小松の手のひらへと手の中のものを置いてみせた。
「…………?」
小松の手のひらの上に乗せられたのは、黒い毛玉だった。
端的に説明するとそうとしか喩えようのない。
ちょうど、Sサイズの卵くらいの大きさで、ウズラの卵よりは大きいが普通の鶏の卵よりは小さいという、何とも中途半端な手のひらサイズ。
自分の手のひらに置かれたものの正体がわからず、困惑の眼差しで小松がココを見上げる。だが、ココはニコニコと笑ったままで毛玉の正体について言及したりはしなかった。
かわりに、うごうごと毛玉が動き始める。
「わわっ……!」
思わぬ動きに小松はビックリして体を竦ませるが、手のひらの上の毛玉を落としたり放り出したりすることはなかった。
幸運にも小松の手のひらにのせられたままになった黒い毛玉は、うごうごうご、と動きを続け、しばらくして、ひょこっと『丸めていた頭を持ち上げる』。
「っ」
小松は驚きのあまり言葉もない。
黒い毛玉だったせいでわかりづらかったのだが、毛玉にはもう一つ『頭』が存在していたのだ。
何とも真ん丸いフォルムに、ふわふわの毛。パタパタと小さな翼を広げて、毛玉はぱちん、とガラス玉にも似た小さな目を開ける。
「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
意味の無い言葉しか出せなくなっている手のひらの主、つまり、小松のほうを見上げてその毛玉は……いや、小さな雛の姿をした漆黒の鳥が、「びぃ」と声を上げて鳴く。
小鳥にしては随分と嗄れた声だったが、小松の驚きはそれを改めてツッコむ余裕がない。
パチパチと瞬きを繰り返して手のひらの上にいる小鳥を見下ろす。
「紹介が遅れてごめんね。そのこがボクの『子機』にあたるキッス」
「こ、こき?」
驚きに半ば硬直状態の小松に、ココは自分が取り出した子機=小鳥の正体を明かす。
「そう、子機。
簡単に言うと、中継器みたいなものかな? 持ち運びに不便な自立機動型のサポートとして生み出されたものだよ」
「中継器、って……えと、つまり、なにをするためのものなんですか?」
「それを使って、外でも電話を使えたりメールを受信できたりできるっていうもの。
さすがに携帯サイトなんかを見ようと思ったら専用の周辺機器が必要になるけど、必要最低限の携帯としての機能は出来るようにできてるんだ。
離れてても、ボクという携帯の機能を使えるようにそれで補おうってこと」
「……だから『子機』なんですか?」
つまり、据え置き型の電話機なんかである親機子機みたいな関係なのだそうだ。
ココという『受信端末』としての機能を遠くからでも使用できるようにする子機。
それが、今、小松の手のひらの上でくりくりとした真ん丸い瞳でこちらを見上げているキッスの役目らしい。
「……なんだか携帯電話として本末転倒のような気がしないわけでもないんですけど」
「それは作ったIGOの面々に言って欲しいな。そもそも、ボクたちを連れて歩くのが前提なのに、会社に一緒に連れて行けない、っていう理由で「どうにかしてくれ」っていう要望を出したのはユーザーのほうなんだから」
「さいですか」
作った側としてはユーザーの希望を汲んでのシステムらしい。
思わず苦笑いを浮かべられる程度には我を取り戻した小松が呆れたような息を吐き出し、そして改めて手のひらの上に視線を落とす。
小松の視線を受けて、キッスがさらに首を傾げた。
「キッスのモチーフって、鴉ですか?」
「正解。今は持ち運びを最優先にして小鳥タイプにしてるけど、大きいサイズにも出来るよ」
「それはちょっと……」
小鳥サイズではなく、これのもっと大きい状態である成鳥サイズともなれば、かなり目立ってしまうだろう。
それは小松の望むべきところではない。
それに、
「……それに、こっちのほうがボクはなんか好きです」
手を持ち上げて自分の目線の高さまで持ち上げ、キッスを真正面に小松は見つめる。
ふわふわの毛玉の、くりくりとした瞳と小さな嘴。たまにパタパタと翼とはとても表現できないような羽をばたつかせる様は、笑みを誘われる以外の何ものでもない。
小松はプッと吹き出してから、双眸を崩してキッスを見る。
「はじめまして、キッス。ボクの名前は小松だよ」
これから仕事に出かける時はよろしくね、と伝えれば、キッスが『っび』と鳴きながら小さな羽を掲げて答えてくれた。
どうやら「こちらこそ」という意志表現らしい。
一瞬きょとんとした小松は不意に隣を見、同じく目を丸くしているココと視線を合わせて、示し合わせたように二人揃って爆笑する。
何がおかしいのかはわからないが、ともかく微笑ましい気分にさせてくれる仕草だったことは間違いないのだろう。それはココも同じだったようで、彼も声をあげて笑っていた。
そうして邂逅は概ね和やかに交わされた。
小松は仕事に出かけるときにはキッスを連れて出かけるようになり、ココは残って家事をして過ごすという日常が始まるようになる。
途惑うことはあるものの、小松が割と早くココという『非日常』の固まりのような存在を受け入れられるようになったのは、こういう小さな一因が積み重なった結果だったのかもしれない。
(キッスはいつも小松のコックコートのポケットのなかに収まっていて、メールや電話などのとき以外にも、休憩中の小松にその愛らしさを振りまいたりするようになるのだが、
それはまた、別の話というところだろう)
ハロー、マスター! -こぼれ話のついでに。-