「…………」

 サニーがジッと見つめる視線の先に、一体のくまのぬいぐるみがいた。
 ソファのところに、ちょこん、と置かれたそれ。
 サニーが片手で持てる程度の大きさではあるものの、てのひらサイズ、というものではない。ちょっとした抱き上げられるサイズ、そう、世間一般でいうMサイズくらいある、と言えば想像しやすいのかもしれない。
 人の頭一つ分くらいはある大きさともいえる。
 見ているだけでふわふわだとわかるような柔らかな真っ白い毛並み。
 真ん丸い瞳が、自分を見つめているサニーを見返しているようだった。
 口元はくまのぬいぐるみよろしく、やわらかな微笑みを浮かべているようにも見える。

「…………」

 自分が来るよりも前から、この部屋にいるであろうそれをサニーは見つめたまま動かない。

「……まぁーつ」

 しばらくそうしていたのだが、自分であれこれ考えるよりもこの部屋の家主である小松に聞いたほうが早いということに思い至ったようで、サニーはキッチンのほうへと呼びかける。
 呼びかければすぐさま、「はーい」という呑気な声が返ってきた。

「これなに?」

 主語も何もあったようなものではない聞き方だった。
 色々と省いた言い方だったがために、キッチンでクルクルと動き回っている小松はサニーが何を見ているのか見えていないこともあって、「これってなんですかー?」という正当な問いかけが返ってくる。

「っから、このくま。前はこいつ、ここにいなかっただろ」

 そう言いながら触覚を使ってふわりとソファからぬいぐるみを持ち上げて自分のほうへと持ってくる。
 上に向けた掌の上へと触覚から落とせば、ぽふん、と想像通りの柔らかな感触が肌に心地よかった。

『そのこですかー?』

 小松は手が離せないのか、キッチンから出てくる気配もない。
 掴んだ手でひっくり返したり、何なりしてぬいぐるみの造作を確認しながら、サニーも「ん、そー」と何とも気の抜ける返事をする。

 手に持ったくまのぬいぐるみは、なんていうかかわいらしい顔をしていた。
 どうやらサニーが今、手にしているこれは手作りの品のようで、縫製が人の手によるものと思わせる特有の柔らかさを見ることが出来る。
 機械の一定した速度などではなかなか出すことができない。職人の手によってのみ生み出される熟練の美しさが、自ずとサニーの目に留まった。
 ……つくしー、とサニーは心の内で呟く。
 食に関するもの以外でも、サニーは美しいものを賞賛する。

 この手のものは女の子か……まあ、妙齢の女性も含めて……あるいは、こどもも、貰えばきっと喜ぶだろう。
 だとすればこれは、小松が預かっている子ペンギンか、あるいは彼の知り合い(リンやメルクあたりだろうか)にあげるためのものかもしれない。
 贈り物とすれば、テンプレすぎて面白味はないが、定番であるからこそ、造作の美しさ(かわいらしさも含めて)が物を言うときもある。
 これは合格点の部類だろう、と、これを選んだであろう小松に、サニーは心の中で賞賛を送った。
 お前も調和がなんたるかをわかってきたのか、と。

『サニーさんにあげようと思ってー』
「……は?」

 だが、そんなサニーの心の内とは裏腹に彼から聞かされたのは、想像とは別のものだった。贈り物、という点では変わらなかったのだけど。
 半ばうっとりとしていたサニーは、ついつい聞き逃してしまいそうになった小松の一言を拾い上げて疑問符を浮かべながらキッチンへと振り返る。

 いや、まて。と、サニーは胸の内で思う。
 オレはれっきとした成人した男で(悔しいことに、小松よりも年下だけれども)、この歳にもなってぬいぐるみを喜ぶような歳ではない。
 こんなときまでお前はオレを子ども(年下)扱いするのかと、僅かな憤慨にも似たものが自身の奥底を突き刺す。

『そのこ、なんだかサニーさんに似てるでしょー?』

 内なるサニーの衝撃に気付く様子もなく、キッチンから聞こえてくる小松の声は何とも楽しそうで、悪意の欠片も感じられなかった。
 純粋にそう思っているからこそ……サニーに、貰ってほしい、と思っているからこそ。

『通りかかったお店で一目でそう思っちゃって……衝動買い、しちゃったんですよー』
「…………」
『もしよかったら貰ってくださいねー』

 サニーは固まっていた視線を動かして自分の手元を見る。
 真っ白いふわふわの毛並み。
 調和の整った、自分も一目で気に入ってしまった顔のつくり。
 まんまるいガラスの瞳が、サニーの姿を小さなそのなかに映し込んでいる。

「………………」

 ぽかん、としていたサニーだったが、やがてじわじわと何やら胸の奥から湧き出てくるものに突き動かされるように、その場から歩き出してキッチンへと向かう。



 直後、

『まつぅー!』
『にゃーーすっ!!』

 という、お決まりの声がキッチンからリビングのほうへと響いてきたのだが、それを聞くものは誰も居ない。
 件のくまのぬいぐるみも、サニーが持ったままキッチンへと突入し、小松ごと抱きしめている。

 しばらく何やらドタバタという物音と一緒に、会話も聞こえてきたのだが、それはまあ、惚気というかバカップルの会話でしかないので、聞かないでおいたほうが心に優しいだろう。



 一目で気に入ったということ。
 それはつまり、






 ひとめぼれ、ってことになりますよね?