>むかし、むかし。



 −前文省略−

 ……時だけがむなしく過ぎていきます。
 
 時折、歪んでしまった森のなかに迷い込んでくる人間を、王子は助けることもありましたが、呪いによって姿を歪められてしまった王子の元にいてくれる者はだれひとりとしていませんでした。
 ひとり、ふたりと、自分が助けたはずの人間がいなくなるたびに、王子の優しい心は傷つけれていきます。

 王子は醜く変わってしまった姿を隠すために、麻袋を頭からかぶるようになりました。
 
 そして、いくつものきせつと、じかんを、つぎつぎと重ねるだけ重ねた、ある日のこと。
 吹雪がくるまえに少しでも食料を蓄えておこうと、白狼と共に森へ出かけた王子は、そこで白雪姫花によって深い眠りに落ちようとしているひとりの青年を見つけます。
 白雪姫花は眠りの花。
 眠りに落ちた人間は、一週間は目覚めることはありません。
 ここにこのまま放って置けば吹雪に巻き込まれてしまうことがわかっていた王子でしたが、幾つもの傷を穿たれた胸は、この青年も目を覚ましたらきっと自分のもとからいなくなってしまうだろう、と告げていました。

 それでも、王子はこのままここに青年を残していけば死んでしまうと思い、ならば彼にすべてをかけよう、と決めたのです。

 目覚めた青年が自分の元から去れば、このまま呪いに命を奪われるがままにしよう、と。
 王子は一緒に連れ立った白狼の背に青年を乗せ、城へと連れて帰りました。

 白雪姫花の効力を消す薬を飲ませ、隠し部屋の一室に青年を休ませましたが、王子はここにきて、彼が目を覚ましたときに出て行くことを躊躇しました。

 自分の奇怪な姿を見たら、青年は怖がるかもしれない。
 そう思うと、なかなか姿を見せることができません。
 青年が目覚めるのをこっそり隠し窓から覗いている間も、いつ姿を見せようかと迷いばかりが頭をもたげます。

 ただ、お腹が空いているはずだから、と、王子は青年のために心からの料理を作って、部屋に置いておくことにしました。
 久しぶりに『誰かのために』作る料理は、王子の心を喜ばせます。



 −中略−



 目覚めた青年との『吹雪が止むまで』のあいだという約束を交わし、一緒に過ごすようになりました。
 自分の奇怪な姿を見ても動じる様子の無い青年に、王子は内心驚きを隠しきれません。
 それでも、久しぶりに白狼や子ペンギン以外の、人の言葉を交わすことのできる相手に、王子の心は癒されました。

 青年は、王子の作る美味しい料理をたいそう気に入った様子で、作ることを約束させます。
 そして一緒に食事を取ることも、望みました。

 王子は嬉しくなって、たくさんたくさん、出来る限りの腕を奮いました。
 料理をする傍ら、青年と話をしたり、隣で眠りに落ちることもありました。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。

 そのうち、吹雪の切れ間がやって来て、王子はこれで青年がここから去って行ってしまう、と思いました。
 最初の約束は『吹雪が止むまで』というものだったので、それも仕方ないと、王子は青年をここから出してあげようと決めたのです。



 −中略−



 呪いの刻限がすぐそこまで近づいていたことに、王子は、そのとき始めて気がつきました。
 けれど同時に、あの青年が自分の運命だったのだ、と思うことにしたのです。

 呪われてから始めて、人らしい扱いを受けたことに、王子の心は安からなものを抱えていたのです。

 刻限は、あと一日。
 青年が戻るといった街から、城までの往復には、早くても二日はかかります。
 それまでに、きっと自分の命は終わりを告げているだろうと、王子は思いました。
 見送りのために最後に、と心づくしのお弁当をたくさん作って、それと一緒に、王子は温室に咲いていた一輪の花を彼に贈ることにしました。
 真っ白いその花は、古くから意味が込められているものです。

 その花の意味は、『忘却』。

 自分のことなど忘れて、青年がしあわせになってほしい、と王子はそれを彼に手渡すことにしたのです。
 さみしさを忘れさせてくれた青年への、せめてもの願いを込めて、祈りました。

 街へと戻る青年を見送ったあと、王子は呪いを他へともれさせないために、ひとり、温室に篭もることにしました。
 最後まで側にいてくれた白狼と子ペンギンを温室の外へと追いやり、刻限を告げる赤い花を咲かす大樹を見上げながら、芝生のうえに倒れ込みます。
 赤い花は、音も無く次々と散っていきました。



 −中略−



 異変に気付いた青年は、夢中で城へと戻り、温室の中でグッタリと動かなくなった王子を見つけました。
 いくら声をかけても、王子はぴくりとも目覚めません。

 青年は王子のために一粒の涙を流しました。
 その涙が王子の顔に落ちた瞬間、−呪い−は解かれ、王子は再び目を覚ました。


 こうして、王子の呪いは解かれ、暗く歪んでしまった森や、城、そして人々も、元の姿に戻っていきました。
 元の姿に戻った王子は、青年とともにいつまでもしあわせに暮らしたと言うことです。





 「めでたしめでたし。」






tasty dish and the Beast