「…………ダメなんです」
−なにがだ。『魔法』を解く方法のひとつなんだろうが。
「そりゃ、確かにそうですけど……」
−そのままでずっといたいわけじゃないだろ。
「……はい」
−別にそれにしろなんて言ってんじゃねぇ。
だいたい、魔法をかけた張本人の思惑通りに動いてやるのはいけ好かないのを通り越してチョーシに乗っててぶっ殺したくなる。
「物騒なこと言わないでくださいよぉ!
……ん、でも、ほんとに、それだけは……ダメです。したく、ないんです、ボク」
−…………魔法使いのところに行けば、その魔法は解ける。
「………………はい。あのひとも、そう言ってましたから」
−だが、てめぇはそれだけは考えられないって言うわけか。
「はい」
いつかの、話です。
小松とゼブラが二人並んで、青々とした緑の姿を見せていた温室のなかで、おやつついでに話をしていたときのこと。
何の話が切っ掛けだったのか、ゼブラはもう覚えていません。
どうでもいいことを話していたようにも思います。
その、『どうでもいい』話の延長線上で……小松に、彼は尋ねたのです。
魔法を解くという、話を。
「……あのひとの思惑通りに動きたくないとか……そんなこと意地でもしたくないとか……
そういうのも、あるんです」
−だろうな。
「でも……でも、」
小松の身にかけられた魔法(このとき、『呪い』だとは彼は言わなかったのです)を解くには、二つの方法があります。
そのうちの片方が、魔法をかけた張本人の望みを叶え、小松が魔法使いのものになるという方法でした。
それを、小松は断固として拒絶します。
「多分、魔法を解いて欲しいってだけで、あのひとのところに行ったら、ボクはきっと、あのひとを心の底から憎んでしまうと、思うんです。
いえ、思うんじゃなくて、きっと、恨んで、憎んで……どうしようもなくなってしまいます」
−………………
「想像、できませんか?
ボクだって、意思はあります。夢も、願いも。そういうものを全部踏みつぶされて、黙って笑って側にいることなんて、出来ません」
−それが当たり前だろう。
「……でも、それはきっとあのひとも、ボクも、不幸になるだけなんです。
それはちっとも、幸せなんかじゃ、ないです。
ボクは、自分の作るものをたくさんのひとに食べて貰いたい。
色んな食材を見て、色んな料理を見て、作って…………でも、あのひとはボクが外に出たり、誰かのために料理をすることをきっと許してくれません」
願いの齟齬は心を疲弊させるだけです。
一方的な感情を押しつけられ、自由を奪われ、夢を奪われ……それをいつまでも享受できるほど、小松は考え無しでも、ただの感情のない人形でもないのです。
彼は、人間です。
(呪いをかけられ、醜く姿を歪められてしまっていても)
意思を、持っているのです。
だからこそ横暴な魔法使いを、きっと心の底から憎んでしまう、と、小松はわかっていたのです。
「だから、それだけは出来ません。
あそこに行けば、確かにこの魔法は溶けて元の姿に戻れるのかもしれない。
同時に、ボクは夢を奪われて、心を殺されてしまう。それだけは、我慢できないんです」
−…………めんどくせぇな。いっそ、オレがそいつを見つけ出して縊り殺してやってもいいんだぜ?
「怖っ! ゼブラさん、顔、顔すっごい怖っ!!」
−あぁっ!?
「ごめんなさいっ!」
(お見せできないくらい、「縊り殺してやってもいい」と言ったゼブラが浮かべた表情は、これ以上ないくらいに凶悪なものでした。
笑っているのに、背筋が凍りつくほどの恐ろしさを覗かせていたのです)
思わず悲鳴を上げてしまった小松は、ほとんどノリでツッコンでしまい、逆に怒らせてしまったゼブラに平身低位謝罪します。
「…………うぅ、心が痛い」
−てめぇの自業自得だ。その口のウッカリは、中々治るもんじゃなさそうだなぁ?
「ぜ、善処します……
…………あの、」
−あ?
「…………本当に、いいんです。
ちょっと寂しいし、この城から外に出られないのも……苦しくないって言ったら、嘘になっちゃいますけど。でも、心を殺してしまうくらいなら……誰かを、心の底から憎んで、魂を塗りつぶしてしまうよりも、こっちのほうが、いいんです」
−一生その姿のままでもか。
「はい」
−ここから出られもしねぇ、夢を叶えられもしない。それでもか。
「誰かを恨んだり、憎んだりしたら、そのとき本当の意味で、ボクはボクでなくなりますから」
−…………てめぇは、本気でバカだな。
「知ってます」
小松はそう言って、困ったように笑いながらゼブラを見上げました。
胸の奥で、(いまは、さみしくないですけど)、と言ったのを口にしないまま、そうして、話は終わったのです。
そのとき、ゼブラは言い知れないもどかしさや、小松に対する微かな苛立ちを感じていました。
けれどそれを口にすることは、ありません。
小松は、最初から『魔法使いの元に行く』という選択肢を捨てていました。
同じく、もう片方の選択肢は、頭になかったとも言えます。
その片方は、自分がいくら願ったり、想ったりしたところで、一方通行では叶わないものだということを十分すぎるくらいに知っていたからです。
(それでも、微かな望みだけを、胸の奥に秘めて)
tasty dish and the Beast 19