夜は更に更けていきます。
 星も遠くに消え、漆黒の夜の闇が帳となってあたりを覆い隠すような刻限です。

「さすがに、もうほとんど潰れちゃったみたいだね」
「みたいだな……ったく、バカ騒ぎのだしに使いやがって」

 背後から聞こえていた宴の声も、今では静かなものでした。
 大方、ココの発言通り、参加者の殆どが酔いつぶれてしまったのでしょう。
 当の主役がいなくなったにも関わらず、続けられていた宴は勝手に終幕を迎えたことに呆れた様子でゼブラが大きく息を吐き出します。
 ココも多くは口にはしませんが、微笑みを浮かべるだけで彼と同意見であることはわかりました。

「あー、っくしょ! よーやく静かになったし!」
「オレはまだ飲み足りねーんだけどな」
「っ前は飲み過ぎなんだよ! ヤツらのほっとんど前に付き合って大騒ぎのうえに潰れてんだぞ!」

 そこへ閉ざされていたテラスの窓を開けて、この家で暮らしている残り半分……ゼブラの昔なじみともいえる青年が二人、揃って顔を出しました。
 闇の中で、部屋に残った明かりでも十分なほどに照らされいるかのように派手な青年が愚痴るように言い、同じく隣にいる精悍な顔立ちの蒼い髪の青年がそれを笑い飛ばしながらやって来ます。
 彼らがやって来るのを肩越しに振り返って確かめてから、ココが持っていた杯を軽く掲げて見せました。

「お疲れ様」
「お。やっぱここにいやがったのか」
「男二人でむさ苦しいったらないな」
「うるせぇ。勝手にどんちゃん騒ぎしてたのはそっちだろう、トリコ、サニー」

 彼らは軽口を叩き合いながらも、漂う空気はあくまでも穏やかなものでした。

「お前らは揃いも揃って酒がダメな面子だからなー」
「こいつと一緒にするな」
「すぐ酔うヤツに発言権はないし」
「んだと……?」
「はいはい、そこまでにしておいてくれよ。さすがにもう遅いから、近所迷惑もいいところだ」

 半ば揶揄したサニーの言葉を聞き咎めてゼブラが直ぐさま凄味ますが、それをこなれた様子でココがストップをかけます。
 トリコはそんな三人の様子を長めながら、葉巻樹を取り出し、指を鳴らして火花を散らして火をつけると、それを肺に吸い込みながら軽く笑いました。

「オヤジたちは『自分たちがいると他の面子が羽目を外せないだろう』って言って、とっとと帰ってったけどな」
「あれ、そうなの?」
「ちょうど、前がいなくなってからすぐだったし。
 『あんまりワシらの寿命を縮めるようなことをしてくれるな』っていうゼブラへの伝言つきで」
「……お節介なヤツらだな」
「心配してくれてるんだよ」

 ゼブラが胡乱げに呟いたのを聞いて、ココが忠告するように言います。
 互いに話を交わしながら、トリコがゼブラの隣に腰を下ろし、同じくサニーもココの隣の壁に軽く背中を預けました。

「まあ、」

 仕切り直しの意味も込めて、トリコが改めて口を開いて隣に居るゼブラを見ます。

「無事で何よりだってところだろ?」

 どこかで聞いたような台詞でした。
 しかし、何度も繰り返し聞かされる同じ台詞は、それだけ彼らが自分の無事を喜んでいてくれることを、言葉も無くゼブラに教えます。
 ただし、それを素直に喜んでみせるのも癪なようで、ゼブラは渋い顔を浮かべました

「……なんか悪いもんでも食ったのか」
「人の好意は素直に受け取るのが美しーし」

 トリコの物言いに、ゼブラが気のない返答をしたのに対してサニーがさらに重ねてきます。
 ゼブラは両側にいる昔なじみたちを何も言わずに眺めました。
 
 それから、しばらく何も言いませんでしたが、やがて息を吐き出します。

「………………ああ」

 ただ、ゼブラの短いながらも、サニーの「人の好意は受け取るもの」だという言葉に同意したので、てっきり無碍も無く切り捨てるものだと思っていたらしいトリコたちの反応はと言えば、全員が驚いたように目を丸くしています。

「……なにしてやがる」

 それを見咎めたゼブラの鋭い視線と、険呑な雰囲気に慌てて一番先に我に返ったのは、やはりというべきなのか、年長者のココでした。
 彼はハッとしたあと、ゆっくりと首を横に振りました。

「いや、まさかこんなにもあっさりとお前がボクたちの言葉に譲歩するとは思わなくてね」
「お前こそ何か悪いもんでも食ったんじゃねぇのか?」
「チョーシに乗ってんのか、てめぇ!!」
「だからここで騒ぎを起こすのは……」

 驚きを隠しきれないまでも、オブラードに包んで会話を続けようとしていたココの話の腰を折る形となったトリコの、あまりと言えばあんまりな素直すぎる感想にゼブラの縫い付けていた横の頬がバリリ!! と嫌な音をたてて裂けた音が、怒声と一緒に夜に響きます。
 ココは一応止めようとはしますが、何やかんやと暴れ始めたトリコとゼブラを止めるには至りません。
 とにかく、取っ組み合いなど始めた彼らから一歩どころか、二歩以上、空気を読んだサニーと一緒に離れておきます。

 このあたりも、無駄な努力はしないのが長い付き合いで培われたものだったのでしょう。

「けど、んとに珍しーし、ゼブラにしては」
「しては、っていうのは余計だよ。あとで喧嘩ふっかけられても知らないからな…………でも、これはほんとに何かあったみたいだな」
「? ココ、何か知ってんのか?」
「んー……本人にちゃんと聞いたわけじゃないから、何とも言えない」
「??」

 疑問符を浮かべながらしきりに首を傾げるサニーを横目に、ココは少しだけ双眸を崩します。
 先に彼が言ったように、ゼブラに訪れたらしい変化がけして悪いものではなさそうなことを感じ取っているからでしょう。

 ただし、全力の喧嘩は止めるべきだとして、実力行使の様相が強くなり始めたトリコとゼブラに、かける言葉を探そうとしたところで。



 ぴたりと、ゼブラの動きが突然、止まりました。



「……ゼブラ?」

 振り上げた拳をそのままに、急に動きを止めてしまったゼブラにトリコが出鼻を挫かれた形になって目を丸くします。
 同じく、ココとサニーも何があったのかわからず、呆気に取られていました。

 全員が探るような眼差しでゼブラを見つめていましたが、対して、ゼブラは彼らのことを見ていませんでした。
 振り上げていた拳を下げ、トリコから離れると何かを探るように視線をテラスの向こう側に滑らせます。

「………………」

 深淵の宵闇のなかで、耳に痛いほどの静寂が流れていました。
 しかし、ゼブラは闇を見ているわけではありません。
 彼の並外れた聴覚が、『音』を拾い上げていたのです。

「……この声は」

 表情を硬くしたままゼブラが何かを聞き取って呟いた瞬間。

 街の警鐘が、闇の中で、高らかに鳴り響きました。
 カラァーン
 カラァァン
 と。

「これは……!」
「危険を知らせる鐘っ」
「何かあったのかよ」

 トリコとココ、そしてサニーが口々に絶え間なく鳴り響いている警鐘に声を上げました。
 深い眠りに落ちていた静寂の街も、突如として響き始めた鐘の音にたたき起こされるようにして、人の戸惑う気配と明かりが次々と生み出されていきます。

 何が起きたのかと右往左往する彼らとは裏腹に、ゼブラだけは真っ直ぐに、一点を向いたままでした。

「…………っ!」
「ゼブラ!?」

 そして何が切欠になったのか、弾かれたようにテラスの欄干を飛び越えていきました。
 ここは地上からかなりの高さがありましたが、ゼブラは一顧だにしていません。
 何が起きたのかと混乱する自分たちを置いて動き始めたゼブラに、ココは声をかけますが、彼は止まりません。

 闇の中に、巨大な背中が溶けて消えていくかのように、あっという間に見えなくなってしまいました

「っいつ、なんかわかって動いてんのか!」
「ゼブラは耳が良いからね、何か聞きつけたのかもしれないけど……」
「とにかく、警鐘が鳴るのはただごとじゃねぇな」

 追うぞ、とトリコが残った二人に声をかければ、異論もないのかココとサニーは頷きました。
 さすがにテラスから飛び出すような愚行はせず、家の中に一度戻って外に出ようと視線だけで申し開きをしたあと、ほとんど同じタイミングで動き出します。

「……っと!」

 ただ、そのとき、ココが逸る気持ちもあったのか、側にあった簡易テーブルに足を引っかけてしまいました。
 がたん、と大きな音をたてて、テーブルの上に残っていた空になった皿や、骨の残骸などが飛び上がります。
 ふいに視線を流したココは、そこに水の張ったコップのなかに入れられていた一輪の白い花に、始めて気がつきました。

「……? こんな季節に花?」

 実はゼブラは小松から渡されたそれを、このときまでココたちに見せていませんでした。
 顔を出した途端に大騒ぎになり、そこからあれよあれよと言う間に帰還祝いの宴に発展してしまったので、その暇がなかったとも言えます。
 ゼブラも、花を水に挿したあとは、存在自体を失念したという一面もありました。

 偶然が重なり、そのときまで誰にも顧みられることのなかった花に、ココは奇妙な違和感を覚えます。

「…………」

 漆黒の瞳が探るように細められていきます。

「ココ、何してるし!」
「……ごめん、今行くよ!」

 立ち止まった彼に気付いたサニーから声をかけられたことで、ココは思案から戻されるようにして花から視線を外しました。
 そのまま、先を行くトリコとサニーを追いかけていきます。

 警鐘は未だ、闇を鋭く切り裂く音となって、街中響いていきました。






tasty dish and the Beast 15