さて。

 久しぶりに暮らしている街へと戻ってきたゼブラを待っていたのは、知り合い一同によって開かれた宴でした。
 元々、狩人としては破格の才能を持ち合わせていた一角でもあるゼブラでしたが、やはりというか向かった先が『呪いの森』として知られているものであるということ。
 戻って来ないままに吹雪が始まってしまったこと。
 それらが重なって、もしかして……という、思いがあったのでしょう。
 傷一つ無く戻って来た彼を、狩人の知り合いたちや、あるいは彼の親代わりにあたる面々などが感歎とともに出迎えたのです。
 
 普段ならゼブラの横暴を知り、遠巻きにしたり、あるいは敵愾心を抱いている人々もいましたが、宴というのは知り合いからさらに知り合いに伝わって、そうして巻き込む面子が増えるというものです。
 特に、冬の間で娯楽も少なかったので、宴は割と盛大なものになりました。

 顔を出してすぐに森へと戻るつもりであったゼブラも、なし崩し的にその大騒ぎに巻き込まれることになります。
 チョーシに乗るな! と一喝もしましたが、親代わりにあたる面々も巻き込んでのものだったので、彼の発言が半ば強制的に無視されたということもあります。
 宴の主役を手放すつもりもないのでしょう。
 純粋に自身の無事を祝われているという面もあったので、ゼブラは渋々、今宵だけは街に残ることにしました。

 酒が入った宴は夜中まで続きます。

 夜の闇。
 気温が低くなったこともあってか、澄んだ空気のためにいつもよりも見やすくなった星の下で、ゼブラはその騒ぎから抜け出し(酔っ払いに付き合いきれない、という側面もあります)、ひとり、テラスで立っていました。
 横のテラスに備え付けている簡易の机の上には持ちだしておいたごちそうも並べられています。
 それと一緒に、水に入れたコップに挿された一輪の白い花も。

「主役がこんなところで一人酒かい?」

 そこへ、騒がしい室内の窓を開けて、ゼブラの背後からひとりの青年の声がかかりました。
 声の主が誰かということをゼブラは知っていたので、振り返ったりしません。
 拒絶されているわけではなく、好きにしろ、という合図に等しいことであることをやってきた青年も知っていてか、そのまま「邪魔するよ」と言った言葉をかけることもなく、彼の隣に歩いてきます。
 それは、闇色を纏う青年でした。

「てめぇこそ、何しにきやがった」
「改めてお前の帰還祝い、ってところでどう?」
「本音は」
「ボクの忠告を半ば無視して出かけた挙げ句、二週間以上姿をくらましていた薄情なしに少し説教をしに」
「チッ」

 ゼブラは機嫌悪そうに舌打ちをしますが、対して、青年は軽く笑うだけで引き下がろうとはしません。
 柔らかな表情ですが、先ほどの毒を含んだ言葉を出すときも同じものでした。
 その表情のまま、青年は手にしたグラスに口をつけます。

「あとは、中があの騒ぎだから、一時的に席を外したっていうのもある」
「てめぇは相変わらず酒が弱いのか。ガキくせぇなぁ、ココ」
「どうしてボクが酒を控えているのか知ってるくせに、そういう喧嘩を売る言い方をするのはお前の悪い癖だよ、ゼブラ」

 あと、引っかからないよ、とだけ言って、ココと呼ばれた青年は涼しい顔でゼブラの言葉を受け流します。
 
 喧嘩っ早く、暇になると仲間内で喧嘩をふっかけてくるゼブラのことをよくわかっている言葉でもありました。
 ココのそんな反応がわかっていたのか、ゼブラは眉間に皺を寄せて「やっぱりお前はつまんねぇヤツだ」と愚痴をこぼしましたが、それ以上、つっかかることもありません。
 ゼブラも、引っかかる相手とそうでないのをわかっているのでしょう。

 かと言って、喧嘩をしていいというものではありませんが。

「お前のことだから、死ぬことはないと思ってたんだけどね」

 仕切り直しの意味も込めて、ココは口を開きます。

「でも、さすがに二週間以上音沙汰がないのは気を揉んだよ」
「オレはガキじゃねぇぞ」
「それでも昔から知っていて、今もこうして共同生活を送る程度には顔なじみなんだ。心配くらいはするもんだろう?
 お前と違って、ボクはそこまで人でなしじゃないし」
「あぁっ? てめぇ、喧嘩売ってんのか」
「売らないよ。そんな面倒なこと」

 やるつもりもない、とひらりと軽く手を振られて受け流されます。
 それでも、ゼブラが激昂しなかったのは、ココの言葉尻から、自分に対して少なくとも身を案じていた、という感情を読み取っていたからです。

「……とにかく、無事で良かった」
「…………ふん」

 互いに顔を見合わせることなく、横に並んで彼らは話を続けました。
 静かに自分で持っている杯を傾けていきます。

「そういえば、二週間も戻って来なかったのは吹雪の間、一時的にどこかで世話になってたからだって言ってたね」
「ああ」
「何度も聞くけど、それはどこかは、」
「教える気はねぇぞ」

 ゼブラは戻って来た折に、二週間以上もどこで何をしていたのかということを聞かれました。
 彼は自分が吹雪のあいだ足止めを食らい、ある場所に厄介になっていたことを明かしました。
 けれど、それが『どこか』は、教えようとはしなかったのです。
 
「記憶がない、っていうわけじゃないんだね?」
「そうだ」
「…………」

 もし記憶がないのであれば、ココ(彼だけではなく、他の面々も)も繰り返し尋ねることはしなかったでしょう。
 不思議なこともあるものだ、とその程度で終わらせて居たのかも知れません。
 けれど、ゼブラはどこで何をしていたのか、自分でちゃんとわかっていて、その上で言わない、と決断しているのです。
 そのことに、ココは難色を示しました。
 理由も言わず、ただ教えるつもりはない、ということを繰り返すゼブラに、真意を測りかねているようでした。

「……お前は悪戯に人の心を試したり、謎かけをするタイプじゃないから、そうするっていうことは何か事情があるのは何となくわかるけど」

 ココはこれ見よがしな溜息をつきます。

「まあ、いいさ。力尽くで聞くつもりもない」
「腕試しならやってもいいんだぜ?」
「だから、お前とやりあうつもりはさらさらない。ボクとしても御免被る……でも、そうだな」

 そこで、ココは少しだけ目を細めて、始めて隣に視線を流しました。
 ゼブラは彼の視線が自分のほうに向いたことに気付いていますが、今更見るつもりもないのか、夜空に視線を送ったまま動くことはありません。

「お前がそんなことを口にする理由が『悪いものじゃない』、っていうのは、なんとなくわかる」
「あぁ?」
「ただの勘だよ」

 ふふ、とココが表情を崩して笑います。

「戻って来たお前を『見た』とき、少し、空気が変わったなって感じがしたんだ。
 あの森に行って、お前にとって何かあったんだろうけど、きっとそれは悪いものじゃなかったんだろう?」
「てめぇこそ、謎かけじみた物言いしやがって……お得意の占いまがいか」
「端から信じていない相手に占いなんてするつもりはない」

 あっさりと言い返され、そこでようやくゼブラは隣を見ました。
 ココも同じく、先ほどの返答(そのものずばりではないにしても)を待っているのか、彼のほうを見ていました。

 しばし、沈黙がテラスに流れます。

「…………さぁな」

 先に沈黙を破ったのはゼブラのほうでした。
 視線を外し、やはり言及するつもりはない、という姿勢を取ったまま、手にした杯に口をつけて傾けます。
 予想どおりの反応なので、ココも落胆する様子は微塵もありませんでした。
 「そう」、とだけ言って、今度は自身が夜空に視線を流します。

 空には、今にも降り落ちてきそうな星々が瞬いています。

 ゼブラは杯から口を離し、先ほどのココの言葉を自身の中で反芻させました。
 『変わった』と。
 人の機敏に聡いココだからこそ気付いたほんの僅かなの変化。
 たったの二週間。
 そう、たかが二週間で自身に訪れたらしい変化を、ゼブラはそこで改めて感じました。

 そしてそれをもたらしたらしいのが、あの城にいる小さな青年であるということも、なんとなくわかります。

 −……朝が明ける前に、出るか。

 思い返しながら、あの城に戻ることを決めてゼブラは今度は並べてあったごちそうに手を伸ばします。
 あとは言葉も無く、時間がゆるやかに流れていくだけでした。

 テラスの窓の向こう側。明るい光のもれる部屋のなかでは、変わらぬ宴の音が遠く耳朶を叩きます。

 並ぶゼブラとココの隣で、白い花だけが時折吹いてくる夜風に、ゆらゆらと花弁を揺らしていました。






tasty dish and the Beast 14