「はい、これお弁当です。お腹が空いたら食べて下さいね!」
城の正門の前で、簡単に荷物をまとめ、身支度をまとめたゼブラに小松は作りたてのお弁当を手渡します。
(なんというか、ふつうではとても『1食分』とは思えないような量なのですが、二人にとってはいつもの量です)
「おう」とだけ言って、ゼブラが当たり前のように大きな風呂敷に包まれた弁当を片手で受け取りました。
昨日、顔を見せに戻るとゼブラが宣言したので、今の見送りとなっているのです。
お弁当を手渡した小松は、少しだけ苦笑いを浮かべます。
「でも、いいんですか? この時期の吹雪は止むのは本当に一時的ですし、行ってすぐ帰ってくることもないのに……」
「うるせぇのがいるから顔出しに行って来るだけだ。長居する気はねぇ」
ゼブラは、昨日宣言したとおり、本当に共同生活をしている昔なじみたちに顔を見せて、そのままこの城に帰って来るつもりのようでした。
小松が言いたいのは、吹雪が止むのは時間的に短く(長く見積もっても二日か三日が限度。そしてあとはまた吹雪に逆戻り)、城から街へ行って、そして帰って来るだけで、時間が潰されてしまって、彼らに事情を説明したりなんなりする時間が取れないんじゃないかということです。
下手をすると強行軍になりかねません。
なので、一度街でゆっくり過ごし、それからまた吹雪が止むのを待ってからこちらに戻ってきたほうがいいんじゃないか、ということでした。
小松は純粋にゼブラの体を心配しての発言でしたが、彼は、ふん、と鼻を鳴らすだけで意に介そうとしません。
「オレがしたいようにする」
「……さいですか、」
まあ、顔を出しに行くだけですぐ戻って来るつもりと最初から決めていたゼブラは、小松の発言に対して考慮する余地も見せませんでしたが。
それをわかっていたのか、小松は力なく笑ってから、一度唇を引き結びました。
「あと、お弁当以外のおみやげも……」
「必要ない」
さらに小松は、道中のお弁当だけでなく、ゼブラに城にあった宝をどれでも好きなのを持って行ってくれていい、と言っていました。
ただ、その返事は何度繰り返しても今のゼブラのものになります。
「何度も言わせんな。腹の足しにもならない荷物はいらん」
「いや、一応、宝物ですしそれなりに価値はあるんですけど……」
「荷物だろう。そもそも、行って戻ってくるだけなのにみやげなんているか。
第一、んなもん渡すような相手はいないだろう」
「それはその、ゼブラさんの昔なじみの方々に心配させたお詫びというか、なんていうか……」
「いらん」
えぇぇぇ、と小松は少し不服そうでしたが、ゼブラも譲りません。
そもそも、ゼブラのほうが助けられた形になったのに「心配をかけさせたおわび」を持たせるのは違うのだ、という言い分もあるのです。
言いませんでしたが。
けしてゼブラは小松に伝えようとはしませんでしたが。
これ以上は言っても無駄だということは小松もこの二週間で身に染みてわかっていたので、言葉を重ねるのはやめにしました。
溜息をつくことだけはやめられませんでしたが、そんな反応が取れるくらいには小松はゼブラにすっかり馴染んでいました。
「とにかく、もう行くぞ」
「……はい」
いつまでもこんなふうに話を続けても戻って来るのが遅れると言いたいのか、適当なところで切り上げようとしてゼブラは外套を被り直して、半身を返します。
小松も開けかけていた口を閉じて、小さく頷きました。
「あ、でも、」
「……なんだ」
「なら、せめて、これを持って行ってくれませんか?」
そう言って小松が差し出したのは一輪の花でした。
白い花片が差し出された反動からか、ゆらゆらと揺れています。
「やっぱり、ボクが引き留めたっていう面もありますから、何もないのは不誠実だと思うんです。
この時期に咲く花はあんまりありませんから、珍しいですし……このくらいなら、荷物になりませんよね?」
「…………」
確かにこのあたり一帯で、冬の間に咲くものは本当に一握りあるかないかで、花があるというだけで珍しく高値がつくという状態でした。
それがたった一輪でも、同じ事です。
店などに持って行けばそれだけでお金の代わりにもなります。
ゼブラは渋面を作りました。
みやげは必要ないという自分の言い分を押し通せないのもそうですが、小松のほうもまた、彼自身が言ったようにゼブラの家族(そうとは言いませんが)に心配をかけたという負い目もあるのを理解しているのでしょう。
助けた、助けられたというのは別にして、何も持たせないのは気が引けるのも、ゼブラはわかっていました。
小松が見せた最大限の譲歩に、ゼブラはチッと舌打ちをしたあと、差し出された花を受け取りました。
「これだけだぞ」
「はい」
ゼブラに花を手渡したあと、小松はホッとしたように笑いました。
相変わらず、頭から被った麻袋のせいで表情は見えません。
「そういえば、これは何の花だ」
「……ポピーです」
「…………お前に似合わない花だな」
「余計なお世話です!」
揶揄された小松は半ば憤慨して言い返しますが、ゼブラは笑い飛ばして相手にしようとしません。
……一瞬だけ、問いに答える前に小松が押し黙ったことに、彼は気付いていません。
流されるままに、会話はそこで打ち切られます。
上がりかけた息を整えて、一歩その場から小松は下がります。
それを見たゼブラも受け取った花を無造作に風呂敷の縛った口のところに差し込むと、今度こそ踵を返しました。
「行って来る」
ただ、一言、声を掛けました。
ゼブラも言葉に、小松は小さく片手を振ります。
「いってらっしゃい」
そうして、ゼブラは街へと帰って行きました。
一度も振り返らなかったのは、彼らしいと言えばそうなのかもしれません。
小さくなって、そして遠く見えなくなるまで、小松は手を振り続けていました。
ようやく手を下ろしたとき、ふぅ、と息を吐き出し、全身から力を抜きます。
−……宝物は、ボクがさみしくなくなったお礼なのに……
胸の内で呟いた声は、とても小さなものでした。
呟きを口に出さなかったのは、ゼブラがたとえ遠く離れていても信じられないくらいに聞き取ってしまうことを知っていたからです。
だからすべては、声となってこぼれ落ちることもなく、ひとり、胸の内に消えるだけなのです。
−…………うん、もう、大丈夫。
そのとき、
両の目から音も無く溢れる涙を、小松は止めようとはしませんでした。
溢れた涙はそのまま麻布に吸い込まれて、落ちることもなく吸い込まれて小さな水のあとをつくっていきます。
−だいじょうぶ。
音が無いから、遠く離れたゼブラも気付かないだろう、と止めるつもりもありません。
溢れるままに任せて、小松はそこに佇んでいました。
長く、
長く、
いつまでも止まることのない涙がなぜなのか、わかっていても。
tasty dish and the Beast 13