夕暮れのなか、小松は少しだけオレンジの色が濃くなった部屋のなかで林檎の皮を剥いていた。
鼻歌交じりに幾つも、幾つも、手慣れた手つきで切り分けていく。
見る間に横に置かれた皿の上に、切り分けられた林檎が山のように積まれていった。
そろそろ電灯をつけるなり何なりしないと暗くなってしまうのだが、それでも気にした様子もなく、小松は包丁を片手を止めない。
しゃりしゃり、という音とともに、長い皮となって落ちていく。
さらにその隣。ちょうど反対側にあたる場所には、真っ赤な林檎がいくつも積まれていた。
いっそ、『それってどこの業務用ですか?』と問いかけたくなるような量だ。
ただ、これを食べる面子が面子なので、大量に向いておかないといけない、というだけで。
もちろん林檎もひとつひとつがごろごろとしていて、野球ボールどころか、ちょっとした小さなキャベツくらいの大きさがあり、熟れているのは見た目からも鮮やかに映るくらいだ。
美味しそう、と小松は思わず破顔して喜ぶ。
「小松ぅー、まだかー」
そこへ待ちきれなくなったのか、顔を出しにやって来たトリコが小松の手元を覗き込んで言う。
ちょうど見下ろされる形になったのだが、常の身長差もあって小松も慣れたものだ。
はーい、と答えながら顔を上げて笑う。
「一応、剥けたのはありますけど、みんなで食べるんだからもうちょっとかかりますよ」
「林檎なんて玉で食えばいいじゃねーか」
めんどくせぇなぁ、とトリコが呟く。
まあ早く食べてしまいたいと言うのは仕方ないだろう。確かに見た目だけでも美味しそうなのはわかりきったことなのだし。
「んなに言うなら前だけ先に食ってればいーし」
「小松くんがわざわざ剥いてくれているのを、待たなくてもね」
そこへ同じくキッチンにやって来たサニーとココの声がかかる。
二人の言い分に、トリコは面白くなさそうに鼻白むように顔を顰めた。
確かに二人の言うとおりなのだろう。
頭上で繰り広げられる三者のやりとりに耳を傾けながら、小松は思わず笑みをこぼす。
林檎はようやく、山の半分ほどを切り分けた形に変えたところだった。
「なら、先にこっちのほうを食べておいてください」
「お前はいいのかよ?」
「ボクはあとからゆっくりいただきますよ」
だから遠慮せずに、と言われてしまえば待ち構えていたトリコに異論は無い。
「じゃあ、持ってくぜー」
「どうぞー」
先ほどとは打って変わって嬉しそうに林檎が摘まれた皿(……皿?)を手にキッチンから出て行くトリコの背中を見送る。
「ココさんとサニーさんもお先にどうぞ」
「いーのかよ?」
「やっぱり手伝おうか?」
「いいえ。今回のハントは皆さんに迷惑かけてばかりだったですし、このくらいさせてくれないとボクのほうが困っちゃいます」
小松は言い出したことに関しては中々引こうとしない。
今回は特に自身があまり役に立たなかったこともあって、このときばかりは自分にさせてくれ、という意志が先に立っているのだ。
それをどうこうすることは出来ないこともわかっているココとサニーは、互いに互いを見て、諦めにも似た笑みを浮かべる。
「おい」
「わっ! ゼブラさん、びっくりした!」
そこへ、今回のハントの同行者の最後のひとりでもあるゼブラが突然顔を出す。
気配を消していたのか、小松はすぐ側まで彼の巨躯がやって来ていたことに気付くことが出来ず、思わず声を上げて振り返った。
「いつのまに」
それを見たココが半ば呆れた口調で呟くが、それをゼブラはほとんどスルーして小松を見下ろす。
「いつまでかかってやがる」
「え、あ、でもさっき林檎の半分はトリコさんが……」
元々いたダイニングまで持っていったから一緒に食べていたとばかり思っていた小松は眼を丸くしつつも、首を傾げて問い返す。
「まだ剥けねぇのか」
「……あと半分くらいですから」
「そっちのはどうなんだ」
「はい?」
指をさされたのは、今まさに小松がむき終えた林檎だった。
綺麗に八等分し終えたそれは、今にも果汁がしたたり落ちそうなほどに瑞々しい。
「…………えーっと、ゼブラさん」
「あ?」
「良かったら、どうぞ」
むこうに行くまで待てないだろう、と踏んだ小松はなんとなく切ったばかりの林檎をひとつ手にとって彼に差し出す。
背後から事の成り行きを見守っていたココとサニーが飲み込んだ悲鳴は、奇しくも小松には聞こえなかった。
口元に差し出された白いそれを眺めて、少しだけ眉を顰めながらゼブラは胸のうちで吐き出す。
こいつ、わかってやっているんだろうか。
「ああ」
わかっているわけがねぇな、と胸の内で結論づけて、ゼブラは差し出された林檎の端にかぶりつく。
しゃくり。
音を立てて端のほうを囓り、舌の上で転がせば独特の酸味を含んだ甘さが広がっていく。
「あめぇな」
「採れ立てですからねー」
ほがらかに小松は笑いながらゼブラの口に林檎がおさまったのを見て、手を下ろす。
「ゼブラ、お前わかっててやってるだろう?」
「悪ぃか。どうせこいつはいつものことだぜ?」
そして硬直から解けたらしいココの声を背後に聞きながら、ゼブラはそう言って口の中にある林檎を飲み込む。
「松ー、オレにも寄越せー」
「だからそっちにあるからそれを食べてくれれば……」
そんなやりとりをしながら、陽はゆっくりと暮れていくのだった。
あまい思惑。