(拝啓、師匠へ。
 お元気ですか。俺は元気にしています。
 こちらは日に一日と暑さが増していくようで(以下、季節の挨拶文が数行ほど続く)
 ……決まりきった前口上はこのくらいにしておいて、師匠、聞いて下さい。)

「どうかしたんですか、メルクさん?」

(前にも書きましたが(書きはしたものの、途中まで書いたところで恥ずかしくなって破り捨てたことは、忘れてください)、
 オレ、気になるひとがいるんです。
 優しくて、強くて、オレの迷いを断ち切ってくれた、あったかいひと)

「う、ううん、別になんでもない!
 それより、本当にすぐ会えたね、約束もしてないのに」
「そうですねー。ボクはお休みとか、ホテルグルメの仕事の関係で結構このワールドキッチンに来たりしてるんですけど、人が多くて知り合いを探すのも一苦労なんですよ。
 でも、メルクさんもここに来ることがあるんですね。結構遠いでしょう?」

(まだ、自分の気持ちがなんなのかうまく言えないから、何も言っていないけど)

「ここだと人間界の食材は大抵あるし……さすがに、捕獲レベルの高いのは早々見当たらないけど、調理したい目当てのものはここだと探せば結構手に入るから、たまにね」
「じゃあ、そのたまたまでこうして会えたのって、すごい確率ですよね!」

(笑ってくれると嬉しくて、偶然でも出会えたことに何かこう……かみさま、っていうのに感謝したくなるくらいに、気になるひとです。
 これって、なんていうんでしょうね、師匠)

「ねー、小松さーん」
「わわわっ」
「っ!!」

(ただ、)

「さっきから二人だけで話しててつまんない。ウチも仲間に入れてほしーし!」
「あ、すみません。そういえばお二人は初対面でしたよね?」
「う、うん、そ、そうだ、ね」
「? メルクさん、どうかしたんですか? なんかすごい表情が強ばってますけど……」
「??」
「なんでもないよ!
 で、小松シェフ……その、キミに後ろからべったり抱きついているひとは、誰なの?」

(ただ、師匠。今、そのひとが目の前で可愛らしい女の子に抱きつかれてる光景を見せつけられて、オレ、どうしていいのかわかりません)

 −以上、メルク(二代目)から初代への手紙(心の中でのみ)から抜粋。
  ただし、この手紙は書こうとして筆を取ったところで、一筆も書き進められず、あげく握りしめた手の力で筆を真っ二つにしてしまったところで、メルクの心のなかでのみに留め置かれることになる。
  ちなみに、結構な頻度で、留め置かれる手紙の数は増え続けている。
  おもに小松関連のことで。



 話は少しだけ遡る。



 この日、たまたまメルクはワールドキッチンにやって来ていた。
 たまたま、というのは本当のことで、常ならば請け負う仕事の量からして仕事場でもあるメルクマウンテンから下りてくる暇はないのだが、不意に自分が作ってみた新作の包丁のアイディアが欲しくて、何か目当ての食材はないかとここまで探しに来ていたのだ。
 メルクと言えば名前は確かに有名だが、その素顔を知るものはほとんどいない。
 実際、メルクの星屑を手に入れるためにメルクマウンテンくんだりまで訪れたトリコと小松が、ようやく素顔を知ることが出来たくらいだ。
 (そもそも、メルクに仕事を依頼する料理人たちも、星の掲げるほどとは言え戦闘能力は皆無であることが多い。
  ……その上で、あの捕獲レベルが発生するような動物たちが住まう山にわざわざ登ろうという者はいないだろう。常識的に考えて。
  仕事は依頼すれば、ポチが仲介となって動くのだから)

 名前が一人歩きしているわけではなく、初代の頃から『仕事は請け負うが、包丁の主と会うことはない』というスタンスを貫いていることもあり、二代目現在でも代替わりしたことさえ、世間の誰も知るものはいない。
 人の数が多いワールドキッチンで素顔をさらしているメルクを見ても、誰も気にしないくらいだ。

(やっぱり活気があるな、ここは)

 人の波を器用にすり抜け、悠々と歩きながらメルクはあたりを見回している。
 眼に入ってくる食材の数々は、種類も多ければ、その数さえも世界級だ。
 飛び交う競りの声はあちこちから絶え間なく聞こえてくる。

(うん、と……あとは魚で何か面白いのがあれば買って行こうかな? この時期なら何が美味しかったっけ……?)

 既に幾つかの珍しい(調理に癖のある食材が多い。特殊調理がつくものや、つかないものなど色々と)ものは買っているわけだが、残りは何がいいかと考えを巡らせたところで、その選択肢が咄嗟に思い浮かばずにメルクは歩きながら思案に暮れる。

(……こんなとき、小松シェフがいてくれたら)

 ぽつ、と小松のことを思い出し、メルクはふと唇を緩ませて考える。
 小松がこの場にいればきっと、たくさんアイディアを出して聞かせてくれるはずだ。彼は生粋の料理人であるがゆえに、旬の食材はもちろんのこと、様々な食材の知識も幅広い。

(メールで聞いてみようかな……それとも、電話、とか?)

 突然連絡してみても小松なら喜んで答えてくれるだろう。
 その確信が、メルクにはあった。
 そういう心の広さが、眩しくて、そして心地よい。

(電話してみよう。どうせなら直接意見を聞いてみたいし……
 べ、べつに声が聞きたいとかじゃ、ないんだから! いつでも電話してきてくれていいからって言って赤外線通信をしようって言い出したのは向こうなんだし、そ、それにこれは、料理人としての小松シェフの意見も参考にしたからで、他の理由なんて、全然まったく別にあんまりない!!)

 支離滅裂な上に、ツンデレ乙な思考は、幸運にもメルクの頭の中だけで繰り広げられたので、まわりにいる人々に知られることはなかった。
 ただ、もし彼女の知り合いがこの場にいて、その上で今の言葉を聞いていたのだとしたら「それってもう否定の意味ないよね」くらいは言われてただろう。
 そのくらい、とてもわかりやすかった。

 取り出した携帯を操作し、クリックで番号にかけたところで、しばし待ち受け音が電話口から聞こえてくる。

 プップップッ……

 〜〜♪ 〜〜〜♪

「……え?」

 途端、コール音に変わったかと思うと、そう遠くないところからほぼ同じタイミングで呼び出し音が聞こえてきたことに気づき、メルクは思わず間の抜けた声を出してしまう。
 音の聞こえてきたほうに振り返れば、人波の向こう側で、信じられないものを見つけて目を丸くした。

(こ、小松シェフ……!?)

 そこに、今まさに服のなかから携帯電話を取り出した小松の姿があった。

(ど、どうしてここに……! そういえばワールドキッチンにはよく来てるって言って……じゃない! そうじゃない!!
 ええっと、偶然だねとかそんなレベルのことじゃなくて!
 なんでここにいるの! 百歩譲ってワールドキッチンに来てることはあったとして、なんでそこにいるの! 小松シェフの遭遇能力ってもしかして神レベル!?)

 先ほどと同じくらい、もしくはそれ以上に何か支離滅裂なことを考えているのだが、衝撃に硬直してしまっているメルクの口から幸運にもその言葉が発せられることはなかった。
 ただ、人混みで立ち止まってしまった彼女を避けるために、まわりにちょっとした人並みの血栓が出来てしまったくらいだ。
 携帯を耳に当てた体勢のまま固まっているメルクの視線は、小松のみに注がれてまわりを見ていない。

(う、うわ、ど、どうしよう。
 いや、どうしようって、久しぶりに会えたんだ! 偶然だねって声をかければいいだけ…………これは偶然! そう、偶然なんだ!
 小松シェフの遭遇レベルグッジョブ! 食材に愛される能力グッジョブ!!)

 …………メルク自身が食材というわけではないのだが、混乱する脳内で導き出された『今現在、彼女自身が落ち着くために必要だった処置』として受け流してもらいたい。
 あとで思い返して『オレのバカ! オレの夢見がち!!』とのたうちまわることになるのは彼女なのだから。

(よし、ここはさりげなく……電話に出たら、ワールドキッチンのことをさりげなく(ここ重要)話題に出して……あと、こっちを見るように仕向けて……じ、時間があるなら、このあとお茶とか!
 べ、べつにデートじゃな……これってデート!!?)

『小松です!』
「あ、え、えと!」
『うわぁ、メルクさん、お久しぶりです! お元気でしたか?』
「う、うん! 久しぶり!!」

 グルグルと思案にくれていたところで、メルクの視線の先にいる小松が通信ボタンを押して電話に出たのだ。
 明るい声は、そのまま表情にも出ている。

「小松シェフも、げ、元気そうだね」
『はい! ボクは今のところ元気そのものです』
「この前のメロウコーラの時は、大変だったみたいだけど」
『あははー……まあ、そこはメールで書いたとおりです。大変でしたけど、今は落ち着いてます』
「そう」

(……あんなふうに、話してくれてるんだ)

 今、メルクの視線には満面の笑みで答えてくれている小松の姿が映っている。
 突然の電話に嫌な顔ひとつしていないし、心の底から久しぶりに自分からかけた連絡を嬉しい、と思っているのが伝わってくるようだった。見ているだけでも、自然と胸の奥が暖かくなっていく。

『それで、どうかしたんですか? 電話してくれるのって珍しいですけど』
「え、うぇ、うん、ちょ、ちょっとね!」
『でも嬉しいです。いつもメールはしてますけど、こうやって声を聞くのって久しぶりですし』
「嬉しい、の?」
『もちろんです!!』

 掛け値なしに本当にそう言ってくれるのだから、お世辞や何かと疑う余地はない。
 カァッと赤くなっていく頬を抑えることが出来ずにメルクが声を詰まらせかけるが、このままでは照れてしまうだけで本題が切り出せない、と踏んだところで、意を決して息を吸い込む。

「こ、小松シェフ!」
『はい?』
「じ、実はね、オレ、今ワールドキッチンにいるんだ!」
『え、そうなんですか!? 実はボクもなんです! 奇遇ですね!』
「う、うん、そうだね! そ、それで、もし、もし良かったら、これからオレと、一緒に!!」

 食事でもどうですか! と、当初の予定とは色々と食い違っていることを言おうとしたところで。

「こーーーまつさーーーーーん!!!」
「にゃーーーーーーーー!!!」
――――――ッ!!!!」

 視線の先にいた小松が、女の子に背後から抱きつかれた。
 簡単に今の上記の言葉のなかで起こったことを話せば、そんな感じである。
 背後から小松に何の遠慮も(慎みもついでに)なく抱きついている少女。
 特徴的な悲鳴を上げる小松。
 電話口から聞こえて来た悲鳴とクロスして、目の前で起こった出来事に唖然とするメルク。

「もー先に行っちゃうから探したんだしー。ウチ、待っててーってお願いしたじゃん!」
「あ、すみません、電話がかかって来ちゃったんでちょっと店先から離れようかと思って……
 ……って、それより、リンさん、離れてくださいよー」
「えー」
「えー、じゃありません!」

 電話口と人目も憚らずきゃーきゃーと騒いでいる件の二人の声が二重になってメルクの鼓膜を揺さぶっている。

「リンさんは女の子なんですから、もっと慎みを持って下さい。ボクは男なんですよ?」
「だって小松さんだし」
「異性です!」
「性別:小松、の感じがして仕方ない」
「ひどいこと言われた気がする!!」

 漫才のようなやりとりだが、小松は無理矢理にでも抱きついたままの少女……リンをはがそうとはしなかった。
 半ばじゃれている感覚もあるのだろう。
 それにしたって小さい子を相手にしているわけでもないのに(リンは出るところもきっちり出ている少女だ)。

(……そういえば小松シェフは接触面に関しては驚異的な鈍さだった!!)

 ツッコむべきところはそこですか? と何処かの誰かがメルクの台詞をつっこんだところで。

「もー、リンさんもサニーさんと一緒で人にくっつきたがるんだから……」
「小松さん相手だけだから大丈夫!」
「何がですか!? …………って、あれ?」
「あ」

 ようやく、というか。
 小松とリンが騒ぎ始めたがために人並みは少し避けるようになったせいで視界が前よりも開けたことで、小松は視線の先で固まっているメルクを見つけて目を丸くする。
 同じく、小松が疑問符を浮かべたことに気がついたリンも抱きついた姿勢のまま、顔を上げてメルクのほうを見た。
 三者の視線が、絡まり合う。

「……メルクさん!」
「や、やぁ」
「あれ、このひとだれだし?」

 それぞれの言葉が出たところで、冒頭の言葉へと、続くというところで!!






 師匠、オレのきになるひとに、女の子の影がありました。