ユンユン、ユーン。
 ウォウ。

 ゼブラと小松が並んで歩くその隣で、真っ白な巨躯の持ち主と、ぬいぐるみのように小さな生き物も一緒になってついてきていました。
 前者は、一見すれば狼のようでしたが、その大きさはゼブラのそれと並ぶほどに巨大で、小松など前脚で乗りかかられたらひとたまりもないほどです。
 ただ、全身を覆う毛は輝いているかのような白さで、晴れた日の雪原にも喩えることが出来るほどでした。
 意志の強い眼差しを讃えながらも、典雅とも言えるほどの足取りで歩いています。
 後者は、薄い桃色の体毛に覆われたペンギンです。
 まだまだ子どもの様子で、よたよたとした足取りで必死になって小松たちについてきています。
(一応、歩くペースはかなりゆっくりとしたものです)

 二匹とも、先の小松が言っていた『家族』に等しい存在です。
 朝食のときに宣言通り、小松は彼らのことをゼブラに紹介しました。
 
 狼の名前はテリークロス。子ペンギンは、まだ名前をつけても理解出来ない、というので保留となっています。

「だって、どんな名前でも返事しちゃうんですよ?」

 廊下を進みながら、困ったように小松はそう言って笑い声をこぼします。

「さすがに、テリーやボクの名前で呼んでも反応は薄いんですけど……それでも、たまに返事しちゃってますし」

 ユン?

 話が自分のことであることをわかっているのか、いないのか。
 子ペンギンはつぶらな瞳で小松を振り仰ぎます。
 そのとき、足が止まってしまうのを後ろからテリーが鼻先で背中を押して、「早く行け」とせっつきました。押された感触に、子ペンギンも慌てて小松たちの横に早足についていきます。

「間抜けぶりは飼い主に似たか」
「いくらなんでもボクだって自分の名前くらいわかりますよ!?」

 なんだかすごくひどいこと言われた! と小松は半ば涙目で訴えますが、茶々を入れたゼブラは何処吹く風で気にする素振りもありません。
 テリーと子ペンギンは、飼い主である小松がからわかれていても、それが悪意のあるものでないことが伝わっているのか、唸り声を上げたりすることなく、のんびりと彼らの様子を見守るだけに留まっています。

「……うー……まあ、その、もうちょっと大きくなったらちゃんとした名前をつけてあげるつもりです。
 今だと、つけても名前を混同しちゃうのが関の山ですから……」
「そういうもんか」

 普通、そういう名前は飼い主が好きにつけるものだと相場が決まっているものです。
 それに何度か呼んでいれば、さすがの子ペンギンも「これが自分の名前だ」ということを理解するでしょう。慣れる、とも言えるのかもしれません。
 含みを持たせたゼブラの言葉に小松は気がつき、目を伏せて子ペンギンを見つめました。

 歩きながら腰をかがめて、子ペンギンのふわふわの頭を撫でます。

「名前は、こいつが気に入った名前にしてやりたいですから」

 だから『名前』というものを理解できるまでは、保留のままにするということでした。
 小松の話にゼブラは幾分か不可解そうな顔をしますが、それもまたひとつの形、と受け取ったようで、「そうか」と短く答えるだけで追求したりはしません。

(……実は、他にも理由があったのですが、それを明かすのはもう少し先の話になります)

 廊下をさらに二人と、お供の二匹は連れだって進んでいきます。
 朝ご飯をすませたあと、彼らは揃ってゼブラに城の中を案内していくことにしたからです。

 城の中は、薄暗いとは言え広く、いくつもの部屋がありました。
 部屋の用途や、中になにがあるのかを小松は簡単に説明していきます。
 ゼブラは興味が引かれないものには、話半分ですが。

 そうしていくつもの部屋と廊下を進んでいった先。

「……このさきが、中庭になります」
「庭?」
「ええ」

 そう言って小松が頷きますが、ゼブラが示されて見つめる先には、大きな扉があるだけです。
 庭というからには、もっと光を取り込むために開けたものだという印象があるゼブラは呟きながら眉を顰めます。
 ですが、そんな彼の反応を予想していたのか、小松は少しだけ得意そうに笑って懐から鍵を取り出しました。

「開けたものにしちゃうと、吹雪のとき大変なことになっちゃいますから、この中庭は城の中でも特別製なんです」
「何があるんだ?」
「えへへ……」

 見ればわかります、と言って小松は扉の鍵を開けました。
 キィィ、と大きな扉が開いて、中庭が目の前に広がります。

「…………これは、」

 開かれた景色のその先。
 ゼブラは視界に入ってきた光景に、思わず目を見開きました。
 それを見ることが出来た小松は、いたずらが成功した子どものように目を細めて、片手を持ち上げて先を促しました。

「ここが、この城でも自慢の庭……水晶宮です」

 そこにあったのは、中庭いっぱいに鉄骨と硝子で作られた温室(水晶宮)でした。
 外が吹雪だというのに、扉を開けた途端にまるで春のような心地よい暖かさが流れ込んできます。

「温室か。話には聞いたことはあったが……」

 実際に見るのは始めてだ、とゼブラは呟きました。

「これは父が作らせたものです。
 この地方で出来ない作物を作り出すための実験場みたいなものなんですけど」
「だろうな」

 小松の話にゼブラは納得したように頷きながら視線を流します。
 中庭……温室の中には、この地方で、しかも今の時期ではけして見ることの出来ないような植物たちが育っています。
 作物を育てるための実験場とは言え、こういう温室では普通、華やかな花などが育てられるのが普通なのですが、

「……あれはお前の趣味か?」

 ゼブラが指し示した先には、水晶宮と呼ばれ、華やかな場であるにはそぐわない、野菜やハーブなどが整然と植えられていました。
 とても優雅とは言い難い光景です。

「はい。冬の間は、ここで野菜とかを作ってます。
 それ以外は城の近くに畑がありますから、そこに……あ、あと、ハーブとか、ちょっと育てるのに手間がかかるのはここで作ってるんです! やっぱり美味しいものを食べるには、食材からですし!」

 そして美味しいものを食べるためとは言え、一応この城で暮らす『やんごとない身分』であるはずの小松が農作に勤しんでいるということを聞かされ、しかも力説されてしまったゼブラは、どこか呆れた表情を浮かべました。

 (……変なヤツだ)

 色々と今までのことを加味してそう思いましたが、言葉にすることはありませんでした。
 
「あ。そういえばそろそろあれが食べ頃になるんでした! ゼブラさん、お昼はそれを使って美味しいもの作りますね!!」
「好きにしろ」
「はぁい!」

 口に出すには、あまりにも小松が楽しそうなので言う気が失せた、のだそうです。
 さらにつらつらと喋る小松と、それに大人しく耳を傾けているゼブラを、後方にいるテリーと子ペンギン(ペンギンにとって温室は暑いので、少しでも運動により熱量を減らすためにテリーの背中に乗せてもらった)は何も言わずに見守っていました。

 ふんわりと、テリーの白い尻尾が上下に揺れ、子ペンギンはユーン、と先に進もうとしない両者が動くのを、その場で大人しく待つことにしたのでした。






tasty dish and the Beast 07