「ようやく観念しやがったか」
『あ、あのっ』
「あ?」
『な、なんで、ボクがここにいるってわかったんですか?』
「聞こえた」
『えぇぇぇぇぇぇぇ……』
壁の向こう側で、信じられない、とでも言いたげに声は呻くような言葉を紡いでいます。
あっさりと『聞こえた』などと言われても納得できるはずがありません。
一応、青年が真っ直ぐに見据えている場所には隠し扉があり、そこに声の主がいるような形になっています。
『き、聞こえるもんなんですか?』
「あぁ? てめぇ、オレが教えてやってるのに疑うってのか」
『いいえ!』
何だかとてつもない迫力のある威圧感に疑問は直ぐさま飲み込まれてしまいました。
確かに、聞こえていた、というのであればそうなのでしょう。そこで嘘をつく理由も見当たりません。
『……あの、』
「なんだ」
『隠れるような真似をして、すみませんでした』
一息ついたところで、壁の向こうの人物はそう言って謝罪しました。
壁の向こうなので青年には見えませんでしたが、聞こえてくる音で、深々と頭を下げているのがわかります。
青年のほうからは壁の向こう側は『聞こえて』も、『見えることはない』のです。それでも、壁の向こう側の人物は、頭を垂れたのです。それは、心からのものでなければ、けして出来るものではありません。
一瞬、それを感じ取って青年は微かに目を見開きましたが、すぐさまチッと小さく舌打ちをしました。
「そんなことはどうでもいい」
『どうでもいいんですか……』
「オレにとってはどうでもいい。とにかく、オレが気にいらねぇのはてめぇが姿を見せないことだ。
とっとと出て来い」
『えぇ……っ』
途端、壁の向こうの声が言葉に詰まりました。
鼓動の音がびくん、と驚愕と恐怖に跳ね上がったのが青年に聞こえて来ます。
『あ、あの、このままじゃ、ダメ』
「却下だ」
にべもなく却下されて、壁の向こうの人物は迷うように沈黙してしまいます。
しばらくの間、両者の間で沈黙が続きました。
それでも、少しずつ青年のほうが焦れて苛々とし始めているのは見えていますし、空気でも伝わっているようで、壁の向こうの人物は、やがて絞り出すような小さな声で、答えました。
『わかりました』
そっちに行きます、と言って隠し扉にもなっている壁が、ギィィ、と重い音をたてて開かれます。
「……その、遅くなりましたけど、ボクの名前は小松、っていいます」
壁の向こう側から姿を見せたのは、青年の身長の半分ほどしかない小さな人物でした。
(ただ、青年のほうが世間一般からかけ離れた巨躯の持ち主なのですが。
それでも、小松と名乗った人物も、小さな体躯の持ち主と言えるでしょう)
身につけているのは、豪奢な室内とは比べものにならないほど簡素な服です。
しかし何より青年の目をひいたのは、それではありませんでした。
「…………てめぇ」
「…………はい」
「なんでそんな麻袋なんか頭からかぶってる」
そうです。
青年の前に現れた小松は、頭からすっぽりと麻袋をかぶっていたのです。
麻袋には視界を良くするための穴が空いていて、そこから二つ、大きな黒い目が見えるくらいでしたが、顔の作りはまったくといっていいほどわかりません。
青年に指摘された小松は、すまなそうに小さな肩を落としました。
「い、言わなきゃ駄目ですか」
「言え」
「う、うぅ……」
先ほどのやりとりとよく似た光景なのは気のせいではないでしょう。
もごもごと口の中で何事か呟いていていましたが、やはりというか、先に待っていられなくなったのは青年のほうでした。
「言わねぇなら無理矢理はがす」
それは焦れたがゆえの言葉でしたが、それを体現するように青年が麻袋に手を伸ばそうとした瞬間。
「やめてください!!!!」
小松が、部屋中に響くほどの大きな拒絶の声を上げました。
それはそれを聞いた青年だけではなく、言った小松も驚くほどのものでした。
ハッと我に返り、小松は慌てて頭を下げます。
「ごめんなさい。でも、それだけは、やめてください」
「…………」
「おねがい、します」
その、声は、
恐怖だけで、出来ていました。
無理矢理実力行使に出ようとする青年を恐れてではなく、顔を曝かれるという、ただそれ一点にだけのみに注がれた心の奥底からの懇願でした。
頭を下げた小松の肩が、カタカタと小さく震えています。
「…………言え」
「え」
「言え。それでいい」
やがて、青年は上げたままだった自分の手を下げて、そう言いました。
「はい……え、と……」
「……ゼブラだ」
顔を上げた小松が問うよりも先に、青年は自分の名を明かします。
青年は……ゼブラと名乗ったあと、どかりと側にあった椅子に腰を下ろしました。
それを見つめたあと、小松は静かに語り始めたのでした。
tasty dish and the Beast 04