青年が再び瞼を開けると、暖炉のなかで燃えている火が眼に入りました。
(…………? ここは?)
覚醒特有の混濁する意識で、青年は視界のなかにある光景を不可解な思いと共に眺めることになります。
青年が不思議に思うのも無理はありません。
自分が意識を失う直前までいたのは深い森のなか。
暖炉など、あるはずがないからです。
(……なんだ、こりゃ)
ゆっくりと意識がはっきりとしてくるのと同じく、青年は緩慢な仕草であたりを見回します。
そこは、森の中ではありませんでした。
暗くはありましたが、暖炉の火に照らされ闇は柔らかく、薄暗いだけ。
青年が横たわっていたのは、あの小さな花が咲く地面ではなく、柔らかな絨毯の上でした。
体の上に掛けられているのは上等なビロード。
薄暗い室内……そう、ここは部屋の中です、には、街の中でも見たこともないような細かな細工が刻まれた壁具があり、カーテンが引かれているのか布がかかっている場所もあります。
調度に至っては青年はまったく興味がないので価値すらも想像の範疇でしたが、高そうなものが華美にならない程度に飾られています。
「…………」
とにかく。
ここが自分が意識を失ったところと同じ場所ではないことだけは確かでした。
「拐かされたか……?」
自分でそう呟きましたが、青年は直ぐさま自分の発言を胸の内で否定しました。
人攫いをするのであればこんな上等な部屋に放り込むはずがなく、こんな屈強な男を拐かす悪趣味な真似を持つ人間がいるほうがおかしい、と思ったのです。
「どうなってやがる」
何が起きたのかわけがわからず、青年はその場で起き上がりました。
あたりをもう一度見回しても、青年以外に人の姿は見えません。
しばらくその場で佇んでいたのですが、部屋の隅に扉を見つけて、青年はズンズンと進んでいきました。
ノブに手を掛けて回すと、何の抵抗もなく半回転して扉が開きます。
「閉じ込めておくつもりもないってことか」
呟き、青年がドアを開けるとまたひとつ、新しい部屋に続いていました。
そこは食堂のようで、何人も余裕で腰掛けることが出来るくらいに大きな長いテーブルと、椅子が並べられています。
テーブルの上には銀の蝋燭立て。
それと同じく銀の食器が並べられ、そして。
「…………あぁ?」
ほかほかと湯気の立つ、出来たての料理が幾つも乗せられていました。
まるで今し方出来上がったかのように、整然と並べられています。
バケットのなかには何種類ものパン。
透明のスープ。
野菜をふんだんに使ったサラダ。
肉も魚も、焼いていたり、蒸していたりと、様々な調理方法で作られ、それが別々の皿に乗っています。
広いテーブルの上で、まるで場所が足りない、と言わんばかりに。
「これは、いったいなんの冗談だ」
目の前に広がる光景に青年は呻くようにして呟きました。
湯気の立つ料理の他には、やはりというか人の姿はまったくありません。
いったい何が起きているのか。
どうしてこんな場所に自分がいるのか。
そもそもここはいったいどこなのか。
青年にはわからないことばかりでした。
(……確か、どっかの話に『獲物を太らせてから食う』ってのがあったな。
それとも何か? 次々と注文をつけて、最後にパクッといくっていう手法か?)
ちなみに。
前者は、無理矢理に太らせてしまうもので食べさせるほうに自由などありませんでした。
(その意味では、拘束(青年相手ではまったくの無意味であるとは言え)されていない現時点では、違うと言えるでしょう)
後者は、そもそも注文をつけられていないので論外です。
グルグルと頭のなかで詮の無いことを考えていた青年でしたが、不意に、漂ってきた料理の匂いを嗅いでしまいました。
グゥ、と。
腹の音が静かな室内に鳴り響きます。
「………………とにかく、食うか」
不可解なことだらけではありましたが、嗅いだ匂いはとても芳しく、腹に響くものだったようで、準備されているのなら食べろということだろう、という風に受け取って青年はまずバケットの中のクロワッサンに手を伸ばしました。
一口かじると、思わず『あまい』と感じてしまうほど濃厚なバターが絶妙な加減で舌の上に残ります。
「……うめぇじゃねぇか」
さらに一口。
もう一口。
今度は別の料理に、と青年は並んでいた料理を次々と平らげていきます。
そのどれもがとても美味しいものでした。
空腹を満たしながら、青年は気付かれない程度にちらり、と視線を流します。
青年が見つめる視線の先。
カーテンがかかっているせいで、蝋燭の明かりだけが照らしている薄暗い室内で、それは一点を捉えていました。
しかし青年は捉えるだけで行動を起こそうとはせず、料理を平らげるだけでした。
その先にあるものが何なのかを、探りながら。
tasty dish and the Beast 02