ぽかぽかと暖かい春の陽差しだった。
世間一般、というか、ここのところ気温は春の陽気かと思って油断していたら、なぜか雨が降って冬の気温に逆戻りするという、なんとも気まぐれな様相を呈していたわけだが、今は上を見上げれば雲一つ無い青空。
そのためか気温もぐんぐん上がり、風は柔らかく頬を滑っていく。
これだけ見れば、何とも気持ちの良い休日と言ったところだろう。
世間一般ではお弁当を持ってピクニック、くらいはしゃれ込んでもいいのかもしれない。
「…………うん、良い天気」
本当に、いっそ溜息をつきたくなるほど、気持ちの良い青空だった。
小松にとって見ては、こんな日にはハントに出かけてみたい気分にかられてしまう。
そんな晴れ渡る空とは裏腹に、小松の表情はどことなく引き攣っていた。
無理も無い。
今、小松はそのハントに出かけていた。
普段なら喜ぶべきところだ。未知の食材、あるいは生きている食材を目にする絶好の機会を、小松が喜ばないわけがない。
そう。
「なにをグダグダ言ってやがる」
「いいぃえぇ! 別に何でも!」
小松の何気ない呟きを文字通り余すところなく聞き取ったゼブラが、こちらへ振り返ってくる。しかも射抜くような眼光つきで。
思わず上擦った声で小松は答えてしまうが、何とかその場で飛び上がるのだけは堪えた。
慌てて前方にいるゼブラを振り仰ぐ。
「今日は、良い天気だなって思っただけです!」
「………………」
嘘はついていない。けして。
そんな命知らずな真似をせず、先ほどの呟きそのままを口にすれば、ゼブラは無遠慮に小松を見据えた。
見つめる視線の強さが、猛獣を思わせるのは小松の気のせいではないだろう。
しばらく言葉もなくゼブラは小松を見ていたが、やがて飽きたのか、何も言わずにそのまま踵を返して歩を進めていく。
小松もそれを慌てて追いかけた。
置いて行かれないように早足で野道を進む。
二人は、ハントにやって来ていた。
約束なんてしていない。
そもそも住所不定。どこで何をしているのか四天王のなかでも最も謎のベールに隠されている……まあ、それにしたって、目撃情報だの何だので、全世界に『予報』として知らされるほどの危険度を誇っているわけだが……ゼブラは、所在を掴むのが難しいのだ。
しかし、そんな彼は今朝いきなり、小松の元を訪れた。
朝の目覚め。
(珍しく)ハントの予定を入れていない休日をのんびりと凄そうかと寝ぼけ眼で新聞を取りに出かけたら、その先にゼブラがいたのである。
比喩表現でもなんでもなく、玄関のドアを開けたら音も無く現れたのだ。
ゼブラの巨躯は常人のそれを遥かに上回っているが、身体能力にかけてもそれは同じこと。
突然姿を現した巨体に、小松は度肝を抜かれた。
ぽかん、と口を開けて自分を見上げる小松を見下ろし、ゼブラは、
「小僧、ハントに付き合え」
と、宣ってくれたのである。
「…………今からですか?」とは、小松はちょっと聞けなかった。付き合え、というのであれば今すぐなのだろうし、こちらの予定などお構いなしなのは何となくメロウコーラの一件で察してもいたからだ。
とにかく、準備だけさせてください! と慌ただしく、ここのところ常備するのが癖になったハント用のリュックをひっさげ、軽く身だしなみ(顔を洗い、歯磨きなど、本当に人前に出る必要最低限のこと)をしたあと、出てきた小松をゼブラは片手で軽々と担ぎ上げて、気がつけば目的地まで一直線だった次第で。
「…………えっと」
「あ?」
歩きながら小松は今朝、自分の身に起きた一連の出来事を思い返しながら改めて口を開いた。
「ハント、なんですよね?」
「言ったぞ」
「聞きましたけど、いったい何をハントしに行くんです?」
そもそもここがどこなのかも小松にはよくわからなかった。
ゼブラに担ぎ上げられた状態で景色をちゃんと視覚する間もなく、あっという間にどこかに連れ去られたということくらいしか、記憶にはない。
割と近場なのかもしれないが、ゼブラは勿論のこと四天王たちの並外れた身体能力の高さを小松は身に染みて知ってもいる。
「……決めてない」
「決めずにハントに来たんですか?」
ただ返って来た言葉は予想をしていなかったものだった。
ゼブラの一言に思わず小松がツッコミを入れていた。
「別に決めなくてもこのあたりならうまいのが手に入りそうだからな」
「そういうものなんですか……」
「なめてるのか」
「なめてません」
まあ、今は春先で、冬眠から目覚めたグルメ動物たちの動きも活発な時期であることは間違いない。
何それをハントする、と決めておかなくても、適当なものはゼブラなら簡単に仕留めることが出来るだろう。そのあたりは、力量を心配するだけ骨折り損というものだ。
「ゼブラさんが捕まえられないなんて思ってるわけじゃないですからね」
誤解のないようにとそれを一息に伝えれば、ゼブラは視線だけを小松のほうに投げてよこしてきた。
言葉はなかったのだがそれに気がついた小松が視線を上げて首を傾げれば、すぐにそれは外されてしまう。
(……なんだったんだろ?)
不思議には思うのだが、とにもかくにもハントに出かけられるのは小松にとっては僥倖だった。
自然と頬が緩み、足取りも軽くなる。
「…………まて」
「え?」
そこで、ピタリ、とゼブラが立ち止まった。
小松もそれに習って一歩後ろで立ち止まって、前方を見やる。
見ればゼブラの前方で、道が途切れていた。途切れている、というのはつまり、道がなくなっているのだ。元々舗装なんてされていないものだったわけだが、視線の先では、崖のようになっていて先に進むことが出来なくなってしまっていた。
「行き止まりですか?」
「いや、この先に獲物がいる」
問いかけにゼブラはあっさりと答える。小松にはわからないのだが、ゼブラにはきっと『聞こえて』いるのだろう。迷いもなく、崖の先を指さして示した。
「仕方ない、渡るか」
「あ、はい」
ゼブラの呟きに、小松は彼との開いていた一歩を詰めると、そのまま何の迷いもなく両手を伸ばして腰に抱きついた。
ぽすん、と軽い音があたりに響く。
しばし、沈黙。
「…………小僧」
「はい?」
「なにしてる」
ゼブラの声はもし、この場に第三者がいたのであれば震え上がるほどの重低音でもって形勢されていた。
しかしながら良い意味でも悪い意味でも(トリコという第三者がいたとは言え)、ゼブラと一ヶ月以上を共に過ごしていた小松は、慣れてしまって竦み上がる様子もない。問われ、腰に腕をまわしたまま、顔だけを上げてゼブラを不思議そうな顔をして彼を見上げる。
「あっちに行くんですよね」
「行く」
「じゃあ、そういうことで」
「まて」
ちょっとまて、とゼブラにしては珍しく歯切れの悪い言葉で小松の話を打ち切った。
ゼブラが言いたいのは、なぜ小松が自分の腰に抱きついているのかということなのだ。
確かに崖は小松がひとっ飛びにするには距離がありすぎる。ゼブラも、まさか小松に一人でどうにかしろ、ということは言うつもりはなかった。
「…………?」
しかし、小松はなぜゼブラが更に問うようなことを口にしているのか本気でわかっていないようで、真っ直ぐな瞳で首を傾げている。
またしても、しばし沈黙。
「……もういい」
なぜだか脱力してしまったゼブラがそれ以上の会話を打ち切った。
認識の差異を埋めるのを放棄したのだろう。明後日の方を見据えて視線を逸らす。
「はい! それじゃあ、レッツゴーです!」
「威勢の良いヤツだな……」
そう言いつつもゼブラは腰に抱きついた小松を落としてしまわないように、片手で体を支え、崖をひとっ飛びに飛び越えたのだった。
その後、腰は色々と座りが悪いので(小松も、腰にしたのは身長差があっての苦肉の策だった)背に担ぎ上げることになる。
□
ちなみに。
「あ? 小松ぅ?」
ゼブラが小松とともにハントへ向かい、成功させてから、しばらく。
(珍しく)四天王が一同に交いすることがあり、ゼブラは気まぐれにそのときのことを話題に出してみることにした。
そこで真っ先に返ってきたのが、
「無理無理、あいつ、接触面に関しては驚異的な鈍さなんだぜ?」
以上の言葉である。
パタパタと片手を振ってトリコがそう言い切る。
同じくそれを聞いていたココとサニーも同調する形で深く頷いていた。
「まあ、ハントに関して言えば、小松くんは割と頻繁に担がれたりしてるしね。おもにトリコとかに」
「だよなー」
「オレだけじゃねぇだろ。ココだって足場が悪いとか言って何かと手ぇ貸してるし、サニーは触覚でヒョイッと持ち上げるしな」
「手を貸すのは友人として当然のことだろう?」
「れに、そのほうが早いし」
「あんまり甘やかすなよ」
「小松くんの意志は尊重してるよ。大丈夫だ、って言われたら押し通さないし」
やいのやいのと言い合う目の前の三名の会話を一通り耳を傾けながら、ゼブラはしばし沈黙する。
……………接触面において慣れることとなった一端は、このあたりにあるのではないかとゼブラは思ったとか、思わなかったとか。
人とは、慣れる生き物である。
それが良いことなのか悪いことなのかは、別として。
はがゆい君たちへの七題
−差し伸べられた不器用な手−