今年の干支は、卯(うさぎ)である。
 そのせいかはわからないのだが、よくペットショップなどでウサギを全面に出した企画が立ち上がっているのを見かけるようになった、と小松は何となく記憶している。
 それ以前からウサギというのは、犬、猫に続いてかなり人気のある種でもあるのだ。
 小松は、ウサギといえば真っ白で眼が赤いのを思い浮かべるのだが、褐色、灰色、黒、白、茶色、赤茶色、ぶち模様と割と色々な毛色があるのだそうだ。

「……うわぁ」

 そして今、小松の目の前で特徴的な感情の読み取りづらい丸い瞳をこちらに向けて、ひくひくと鼻を動かしているウサギも、灰色(ブルーとも言うらしい)の毛並みをした愛らしい外見をしていた。
 まだほんの子どもなのだそうで(生後一ヶ月ほど)、大きさは掌の上に乗せることが出来そうなくらいに小さい。
 赤ん坊とも言えるのかもしれないが、人に慣れているのか、それとも生来の性格なのか、小松の手元まで近づいてきて、「なでてくれ」と言わんばかりに毛並みに触れさせている。

 ……かわいい。
 なんていうかもう、大抵の動物の赤子というのは可愛いのだということは小松だって理性と知識でわかっている。
 だが、目前でその可愛さを振りまかれて、冷静に見られる人物は少ないだろう。

 小松は、側にいるウサギのあまりの小ささに、おそるおそると言った風に指先で額を掻いてやる。
 すると気持ちいいのか(ウサギは元々、あまり鳴かないので鳴き声等で区別するのはとても難しい)、眼を細めて、「うん、もっともっと」と言いたげな仕草でさらに小松の指先に額を押し当ててくるではないか。

「かわいい……!」

 人なつっこさと相俟って小松が思わず声を上げてしまう。
 抱き上げるのは何とか我慢しているのだが、直前に店の人の指摘がなければ、抱き上げて頬ずりまでしていたであろう可愛さであった。
 ずるい。
 これはずるい、と胸の内で何度も繰り返し(ついでに、脳裏で抗議の声を上げるウォールペンギンの子どもに「浮気じゃないからね」という謝罪もしておいて)ながらさらに額や、耳の間あたりも掻いてみた。

「随分と人になれてる子だね」

 そこへ、後ろから柔らかな声が文字通り『降ってきて』、小松は思わずびくん、と体を竦ませてしまう。
 ……いや、忘れていたわけではない。
 そもそもこのペットショップにやって来たのは彼と同伴であったのだし、背後で笑い声を立てていたのだって、小松はもう随分と前から気づいていた。

 気づいてはいたが、あえて振り向かないようにしていたのである。

「そ、そうですね! ウサギって、警戒心が強いものだって聞きますけど」

 さすがに話しかけられたのに無視するわけにもいかず、しどろもどろになりながら小松は必死に言葉を紡いで答えた。
 途端、くすり、と笑い声がこぼれ落ちてきて、次いで、背後にあった気配が自分の顔のすぐ側まで降りてきたのが、気配で伝わってきた。

「そうだね。自然界だと、食物連鎖の下のほうにいることもあって、そうなってしまうのは仕方ないけど……ここにいるのは、飼いウサギ用のものが主なものだし、そういうコたちは生まれたときから人に慣れているものだから」

 あくまでも自然を装っているが、その心地よいテノールの声は、女性ファンならば残らず骨抜きにされてしまうような響きで小松の鼓膜を揺らした。

 いやいやいやいや!!

 なんでそんな声なんですが、ココさん! と、小松は背後にいる彼を横目で見やる。
 彼は小松の視線を感じているのかいないのか、ふわり、と柔らかな笑みを顔にのぼらせた。

「うん、かわいい」

 ……それってウサギのことですよね!
 と、思わず聞かなかったのは小松の気力の勝利であろう。
 それを聞いたココはチラリと小松を見たあと、またクスクスと笑い声をたてて眼を細めた。



 件のココからの所謂「プロポーズされたんではないか」という疑問を小松がぶつけられてから、しばらくたった。
 いくらなんでもそんなこと! と小松は断固として認めていないのだが、あのときのココの態度といい、差し出された花といい、あまりにも『告白』だの『愛の言葉』だの『求婚』だのに固められた花束のせいもあって、「……それって、わざとじゃないだろうか?」という意見のほうが正しく思えてしまうのは仕方のないことだ。

 だからこそ小松は平静でいられなかった。
 どうしていいかわからず、そもそも今、ココと顔を合わせたら自分が冷静でいられる自信がない。 
 だからこそもう少し、せめてもう少しの間だけでも、距離を置こうと思っていたのだが……



 その自分が、どうして今ココとこうしてペットショップなど覗いているのかというと、何てことはない。
 休日でハントの予定もなく、何となく手持ちぶさただったこともあって……ちょうど、ウォールペンギンの幼子は、トリコのところに『おとまり』に出かけていたのだ……グルメ中央卸売市場へと足を伸ばしてみたのだ。
 そこで、なぜかココに会ったのである。

 なんでここにいるんですか! と小松は思わず叫びそうになった。
 ココの暮らしている街とは数百キロの距離があるここに、なぜ彼が『偶然』にもいるのかと。

 件のココはと言えば、ばったりと会った小松に「久しぶりだね」と平然とした様子で挨拶をしたくらいだ。
 (ここで、小松がもう少し冷静でいれたのならば、彼には占いという97%の驚異の的中率を誇る特技があることを思い出せたのだろうが、結局、この時点では思い浮かべることもできなかった)
 そして焦る小松を後目に、あれよあれよと言う間に今日が休日であることを聞き出し、
 予定がないことも言わせ、
 じゃあせっかくだからボクと一緒にブラブラ回らない? ということになり、
 気がついたら、今日一日をココと一緒に過ごすことになっていた、わけで。

「え、えと、」
「うん?」
「ココさん、って、その……ウサギの種類とか、わかるんですか?」
「……それは美食屋としての知識が浅いと思われてるのかな?」
「いいいいいいいえ! そうじゃなくって! 美食とかじゃなくって、こっちはその、飼いウサギのほうですし!
 けしてココさんの知識が浅いとか思ってるわけではなく!!」
「ふふ、冗談だよ」

 今日も今日とて、ココの美形っぷりは絶好調だった。
 今もココの笑みを遠目に見てしまった女性客が、黄色い歓声を上げる間もなくバタバタと倒れていく音が聞こえてくる。
 それを目の前にして、倒れることもできない小松にとっては、今はもう気力のみで自分を奮い立たせるしか術がない。

「……そうだね。客商売だから、こういうペットのことなんかもたまに話題に出してくるんだよ」
「そ、そうなんです、か」
「うん。ちなみに、キミが今触っているのは、ネザーランドドワーフと言ってね……」

 そうしてつらつらとそのウサギについての知識を口にするココを、小松はただ見つめることしか出来なかった。

 ……ああ、もう、本当に、心臓に悪いったらない!!






はがゆいたちへの七題
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