小松とコンビを組むようになってから、しばらくたった。

 そのときの自分の発言を後悔しようなどとはトリコは微塵も思っていない。
 自分の心の命じるがままに(切っ掛け云々など外からの要因は多少なりとあったとしても、それを決めたのは自分自身なのだ)告げた言葉を、相手も喜んで受け入れてくれたのだ。
 後悔はしていない。
 繰り返すようだが、そのことについてはまったくと言っていいほど後悔はしていない。
 ただ……、そう、ただ、「コンビを組まないか」と自分が言い、小松がそれを涙ながらに受け入れたあの瞬間に、トリコは予想もしなかった事態に陥ったというだけで。
 小松は相変わらず、感情の起伏が激しく、悲しいことがあれば心の底から嘆いて人目も憚らずに涙を流し、それでいて嬉しいことがあれば、わんわんと声を上げて思い切り泣く。
 ……泣いてばかりではないか、と言われてしまいそうだが、つまりそれだけ自分を偽らずに感情の赴くままに自身をさらけ出せる、ということにも繋がっている。
 つまり、感情を激しく揺さぶられるほどに嬉しかったのだということ。
 成人にもなれば、人間というのは人前で泣くのを嫌がることが多い。
 特に、嬉しくて泣くなど、子どものすることじゃないか、と。
 けれど、小松は自分を偽らない。

 嬉しい、
 嬉しい、と。
 泣きながら、それでも真っ直ぐにそう言って、自分の差し出された手を取ったのだ。

 その瞬間、トリコは自分のなかにあった感情を思い知らされることになる。

 コンビを組む、ということを告げたときに。
 そしてそれを相手も受け入れたときに。
 何より、互いにそれを了承し、コンビ結成を確信した、まさにその刹那。

 トリコは、目の前の小さな料理人に心奪われている自分に気がついたのである。

 ……何の冗談だ、とトリコは思った。
 自分が望んで手に入れたコンビという関係が成立したときに、その奥のほうにあったものに気づくなどと、いったい何の冗談なのか、と。
 
 そして同時に自分が手に入れた地位によって、色々と複雑な問題に陥りそうなことに眩暈さえ覚えたのだ。



「…………何の冗談だ」
「はい?」

 思わず自分の胸のうちでグルグルと渦巻いていたものを声に出して呟いてしまったトリコに気がついた小松が、くるりと大きな瞳を丸くしたまま彼を見上げて首を傾げている。
 何のことだろうか、と視線で問われているのはトリコにもわかるが、まさか自分の抱えているものを小松に告げられるわけでもなく。

「いや、何でもねぇよ」
「?? 変なトリコさん」

 軽くそう告げれば小松は納得しかねるような顔をしていたが、直ぐさま気持ちを切り替えてキッチンに向き直る。
 相も変わらず見事な腕前で大量の食材を切り分ける所作は、感嘆の一言に尽きるだろう。

 今、自分がいるのは『コンビ』といるある意味で、唯一無二のものであることをトリコは知っている。

 そして、それを手に入れたと同時に小松への好意を自覚した自分の情け無さに溜息をつきたい気分になった。
 だったら手を伸ばせばいいじゃないか、と、言われてしまうのかもしれない。

(けどな)

 だが、だがしかし、

(……どう言やいいんだよ! コンビ組んで、んでもって好きだとかなんとか言うのかよ。
 なんだそれ意味わかんねぇ!)

 だがしかして、コンビというものが成立したせいか、トリコの内面は色々と複雑なようで。
 頭を抱える勢いで呻き始めたトリコをこっそりと見つめて、小松は悟られぬ程度に溜息をついた。



 いっそ、勢いで口にしてしまえばいいんじゃないか、と。
 それをあっさりと口に出来るのは、第三者な場合が多い。 
 そしてここに、残念ながらその第三者は存在していないので、トリコの悩みはもうしばらく続くことになる。






はがゆいたちへの七題
−あ−、えっと、うん、その、あの、−