小松がココの誕生日プレゼントを既知となった友人たちに託してから、しばらくして。
近年イベントとして高い集客力を保つようになってきたハロウィンをどうにか越えて(それにしても、クリスマスなどと比べたらまだまだなのだが)、秋らしいメニューにすっかり代わり、さてこれから冬のものも考えなければと小松が思案を巡らせていた。
「小松料理長ー…」
「? はぁい?」
名前を呼ばれて小松が目を落としていたレシピ帳から顔を上げる。
視線の先にはコック服を身に纏った女性がこちらをおそるおそるといった感じで覗き込んでいた。
小松もその女性には見覚えがあったが、自分が担当している部署とは違うところにいる……持ち帰りを専門としたお菓子部門を担当している、パティシエのひとりだった。
レストランとは担当している区画が違うので顔を合わせることも少ないのだが、各部署が集まっての会議などでは何度か顔を合わせたり、話をしたりしている。
ちなみに、小松が『花言葉』云々で思い浮かべたのも彼女だった。
ホテルグルメで働いている人々のなかでも深い知識を持っている。
閑話休題。
「あれ、キミは…」
「すみません、ご休憩中に」
「ううん、気にしなくていいよ」
恐縮して縮こまる彼女に小松は手元のレシピ帳を閉じて起ち上がって近づいていく。
「どうしたの? 何か用事?」
働いている部署が違う上に、自分のことを読んだということは何か用事があってのことなのだろうと当たりをつけて小松がそう告げれば、彼女は迷いを残した表情を浮かべながらも、こっくりと頷いた。
「その……この前の騒ぎのことでちょっと…」
「この前…?」
小松が首を傾げると、彼女は小さな声で「……ココさまがいらしゃった時の、」と付け加える。
その名前で小松はようやく、ああ! と声を上げて納得した。
「それでその……差し出がましいとは思ったんですけど、」
「?」
「もしかしたら私の勘違いかもしれないので、」
しどろもどろになりながらもそう言う彼女に、小松は益々首を傾げてしまう。
勘違いかもしれない、と思いながらも小松に言いに来たということは、彼女自身のなかで自分の思いにどこか確信めいたものがあったのだろう。
そして、思いが間違いないという無意識の自覚も。
「何かあったの?」
なので迷う彼女の後押しをするように小松が尋ねれば、彼女は意を決したように口を開いた。
「ココさまが小松料理長……あの、小松さんに、花束を渡したって聞いて、」
「ああ……うん」
そういえばあの花束のことで彼女に聞きたいことがあったんだ、と小松は思い出す。
どうもあの時のことを思い出そうとすると、諸々の勢いが強すぎて二の足を踏んでいたなぁ、と心の中で呟く。
だって、思い出そうとすると、あの迫力のありすぎるココの美形っぷりを思い出すハメになるのだ。
しかも思い出すたびに赤面してしまう。
(今も赤くなりそうなのを、どうにか映像を思い出さないようにして我慢している状態なのだ)
そんなこんなで、花言葉に詳しい彼女に聞くことも出来ずにとりあえず保留にしておいたのだが……
「小松さんが貰った花って、ストックにレインリリー、胡蝶蘭とスターチス、あとはバラ…で、合ってますか?」
「う、うん」
よく覚えているなぁ、と小松が思わず呟くと、「実は局長が押収…じゃなくて、取り上げたそのときの光景を映した写真があって…」と、彼女は答えた。
なんだかものすごい単語が聞こえた気がしたが、そのことはこの際、横に置いておくことにして。
「………小松さん、」
「はい」
「お、落ちついて聞いてくださいね! 私も、ココさまがただ単に綺麗な花を集めたらそうなっちゃったってだけかもしれませんし…!!」
「う、うん?」
オロオロする彼女に小松も何となく額から汗を流しながら聞き入ってしまう。
真っ直ぐな小松の視線を受け止めながら、彼女は大きく息を吸って、口を開いた。
「ストックは色彩豊かな花なんですけど、大抵どの色にも愛を伝える花言葉がつけられているんです」
「………… は」
小松が思わずぽかんと口を開けて絶句した。
唖然とする小松の表情を見つめながらも、意を決した様子の彼女は続けて言葉を落としていく。
「特に、小松さんが貰った白のストックは、『ひそやかな愛』とか、『愛の結合』とも言われていてですね…」
言葉を無くした小松に気づかぬまま、彼女は次々と爆弾発言をしてくれた。
曰く。
ストックだけではなく、スターチスには『かわらぬ心』。
胡蝶蘭には、『清純』『幸福』『あなたを愛します』。
バラは、『尊敬』『素朴』『純粋』『清らかな愛』。
レインリリーには、『潔白な愛』。
と、立て続けに聞いている小松の表情が徐々に茹で上がったタコのように真っ赤になるような熱烈な愛の意味が込められていた。
口をパクパクと酸素不足の金魚のようにしている小松に、この事実を告げた彼女もそれはそれは申し訳なさそうな顔をしていた。
だが、
本当の意味での爆弾は、このあと、
「…それで、ですね…
あの……これは知っている人はほとんどいませんし、あんまり見栄えがいい花じゃないので使うひともいないんですけど…」
落とされる、ことになる。
「…な、なに…?」
「………小松さんが、ココさまから手ずから受け取ったあの花…」
「う、うん……」
小松が赤い顔のままに神妙に頷く。
これ以上のことはないだろうという一縷の望みをかけての決死の覚悟でもあった。
「カルセオラリアっていって……花言葉は、『援助』、『幸福』と『平和』、『助け合い』…それから、」
「それから…?」
「……『あなたに私の財産を捧げます』、『私の伴侶に』っていう、求婚の意味が強い花なんですよ…」
………世界が、
世界が、止まった。
あまりの衝撃に動けなくなった小松を忠告に来た彼女も気の毒そうな顔で見つめているままだ。
自分から言い出したことなのだが、その自分から告げたことが小松にとってどれほどの衝撃を与えるかは予想できていたのだろう。
だが、胸に抱えるにはあまりに大きすぎるものに堪えきれなくなって、当事者である小松に告げに来たのである。
「こ、小松さん…」
「……ま、まさか…」
その、まさかだ。
小松は、まさかそんなことがあるわけないと混乱を極めた状態のまま、滑るようにして口にする。
けれどそれとは裏腹に、記憶のなかであのときのことが鮮明に蘇ってきていた。
カルセオラリアの花。
それを差し出したココの姿。
受け取ったときの、冷たい体温と震えていた手。
「………ぇえ……っ」
思わず声を上げて小松は赤くなった頬に手を当てていた。
本当のことを答えてくれるそのひとは、ここから遠く離れた地にいるのだ。
フシグロセンノウ