食欲の秋、と人はよく言う。
食材にはそれぞれ、その味がもっとも美味しいとされる旬と呼ばれるものが存在し、特に秋頃になると味が引き立つものが多いのだそうだ。
最近は人口栽培なども多くなったが、天然ものに敵うものは中々生み出すことが難しい。
なおかつ、旬のものを、そのときの最高の味で楽しむというのは一種の『粋』もあるのだろう。
さて。
そんな前置きはともかくとして、今日も今日とてハントに出かけいたとある昼下がり。
『秋の味覚を楽しもう』という目的もあってか、道中、それなりに腹を満たしながら進んでいっていたのだが、一応昼食タイムを取りつつ一時休むことになった。
思い思いの場所でそれぞれが休みを取るなか、小松は野原の一角に座っていた。
ただし、ただ座っているだけでない。
彼のまわりには、純白の毛並みを秋風に靡かせながら王者の風格で腹ばいになって横になり小松の側で寛いでいるバトルウルフ(最近、また一段と大きくなりました)がいたり、その反対側を囲うようにして、漆黒の艶然とした羽毛を持ったエンペラークロウが鳥特有の感情の読み取りづらい瞳で彼をジッと見つめたまま羽を休めていたりしていた。
……一見すれば、小松が襲われてしまうのではないかという光景だったが、彼自身は両側に控えるテリーとキッスを気にした様子はない。
それこそ、そこにいるのが当たり前のような顔で、スイスイと何かを熱心に作っていた。
そんな彼の組んだ足の間には、親代わりとなって久しい子ペンギンがキラキラとした眼差しでそれを見つめている。
ユーン、とたまに待ちきれない顔で頭上の小松を振り仰ぐが、彼は楽しそうに笑いながら、「もう少しだからね」というだけで子ペンギンの訴えを優しく抑えてみせた。
秋は、実りも多いが、様々な花も咲かせている。
華やかな色彩の花をつけるコスモスや名前そのままに深い色合いを見せる吾亦紅。
青紫の花が美しい竜胆。
黄色い花片をいくつも身に纏うツワブキと、どこから種が運ばれたのかわからないがマリーゴールドまで咲いているのが見える。
草花は世話をしてやらないと美しい花をつけない、と言われることもあるが、その生命力は計り知れないものがあるのだろう。
近くにあった背の高いサルビアの茎を摘んで、小松は手元でさらに細かく指先を動かしていく。
見る間に手元で編み上げられているのは、いつかの花冠だった。
手先を鍛える意味合いもあってか、小松の作る花冠はいっそ売られてもおかしくないような完成度を誇る。それをまるで魔法でもかかっているような速さでスイスイと編み上げていくので、見ているものに感嘆を与えることも多い。
それは人でも、動物でも変わらないようだ。
親代わりでもある青年が作り上げていくものを熱心に見つめる子ペンギンの視線は、感動と尊敬が入り交じったようなくすぐったく、熱いものを含んでいる。
「……はい、出来た」
そこで、小松が手元の長い茎を千切って、花冠を完成させる。
どこか黄色や赤が多いのは秋の花の特徴とも言えるだろう。その間から覗く青紫やピンクの花片が主張しすぎない程度に良いアクセントになって見るものの目を楽しませてくれた。
小松は出来上がった花冠を、待ちかねた様子の子ペンギンの頭の上に乗せてやる。
ウォールペンギンが暮らすアイスヘルに花は咲かない。咲けない、とも言えるのかもしれないが、ここに連れて来てから始めて見るであろう光景に興奮気味だった子ペンギンに、これをあげたいと思ったのも小松の本音だった。
自分の頭の上に乗った感触に、始めは不思議そうな顔をしていた子ペンギンだったが後ろの小松の浮かべている優しい顔を見て、少しずつ表情を明るいものに変えていった。
「あげるよ。ボクが作ったもので悪いんだけど」
小松は苦笑を浮かべながらそう言うが、もらったウォールペンギンのほうは嬉しそうに勘高い声を上げて小松の胸に飛び込んできた。
突然の行動に「うわ」と声を上げながらも慌てて受け止める小松の胸に、さらに子ペンギンは頬を擦り寄らせる。
嘴でつつかなかったのは、その振動で頭の上のものを落としてしまうことを幼いなりに察していたからかもしれない。
真意はわからないが、喜んでくれている様子を見るのは小松も面映ゆい思いをしながらも嬉しかった。
「嬉しい?」
ユーン!
腕の中の幼子を抱きしめながら笑う小松に、子ペンギンも答えた。
そのまま両者はキャッキャッとそれはそれは楽しそうにじゃれていた。微笑ましさを連れてくるその光景のなかに、そこで不機嫌そうな声が二つほど上のほうから降ってくる。
……ウォウ。
アー!
自分のすぐ側から聞こえてきた声に気がついて小松が顔を上げると、テリーとキッスがなんとも言えない表情でこちらを見つめているのが目に入った。
はっきり言って常人から見ればその表情は分かりづらいことこの上なかったのだが、それなりに長い付き合いと、そういう感情に聡い小松は両者の何か訴えかけてくるような視線に不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの? テリー、キッス」
疑問符を浮かべながら小松が問いかければ、さらに両者からまた声が上げられる。
何を言っているのかまではわからない。
しかし何かを訴えるようなその声に小松は首をさらに首を傾げた。
「えっと、ごめん。ボク、何かした?」
知らぬうちに二匹の不評を買うような事をしたのかと問えば、頭の良い両者は『そうじゃない』と言いたげに首を横に振る。
こうなればもうワケがわからずに小松は困惑するしかなかった。
そんな小松の様子を見てか、キッスがスッと顔を近づけさせる。そのまま、嘴の先が何かを指し示すように動いて、
「……え」
ウォールペンギンが頭の上に乗せている花冠を指し示した。
ここまで来れば小松にだって何が言いたいのか察することが出来る。けれどその内容にしばし言葉を失う。
しばらく沈黙がその場を支配したのだが、黙り込む小松を横目にテリーもキッスも視線を彼から逸らそうとしなかった。
目は口ほどに物を言う。
曰く、『オレたちにも作れ』。簡単に訳すとこうなる。
「…………えっと」
小松は言葉を探すようにして視線を彷徨わせた。
だが二匹はジッとこちらを見つめたまま、訴えかけるような視線を変えることはない。そんな両側の先輩たちの様子にウォールペンギンも、(何をしているかはわかっていないのだろうが)小松を見上げている。
三組の視線に小松は戸惑いを深くしていくが、やがて、意を決したように顔を上げた。
「ボクの作るものでいいなら…だけど、いい?」
恐る恐ると言った感じでもたらされた答えに、テリーがふわりと尻尾を振り、キッスが目を細めて嘴の先を小松の頬に押し当てる。
どうやら「いい」と言ってくれているらしい。
その様子に小松はホッとしたが、ふと何かに気がついて苦笑いを浮かべた。
「でも、ここにある花だけじゃ足りないかもしれないなぁ…」
花冠は(小松は手慰みと言っているが)凝ったものを作ろうと思えば、それなりに花の量を必要とする。しかも小松は見栄えを考えて花の配置なども考えて作るために、必要な花の量も手が届く範囲だけでは足りないこともあり得たのだ。
その上、テリーもキッスも、子ペンギンと比べるべくもない巨躯の持ち主である。花冠の大きさも、必要とする花の量も倍以上になるのは確実だった。
少し迷うような表情を浮かべていたが、小松は足の間にいた子ペンギンを横のほうにずらすと、その場で立ち上がる。
パンパン、とお尻を払う彼をテリーとキッス、そして子ペンギンが、何をしているのか? と揃って問いかけるような視線を向けてくるのを感じながら、小松は笑ってそれに応えた。
「ちょっと花を摘んでくるよ。ここにあるだけじゃきっと足りないだろうしね」
笑いながらそう告げると子ペンギンが、ユンユン! と声を上げて小松の後ろをよたよたとした足取りでついていく。自分もお手伝いする、という意思表示なのだろう。
それを見ていたテリーも、その場からのっそりと起き上がる。
キッスも嗄れた声を上げながらテリーとは別のほうへと、方向を変えて翼を器用に使いながら移動する。
何をしているのか、と小松は最初は思ったのだが、どうやら手伝いをしてくれるということなのだろう。
「ふふ、ありがとう」
そんな彼らの行動を小松は微笑ましそうに見つめながら感謝の言葉を口にした。
しかしながら、子ペンギンはともかくとして、テリーもキッスも小松が見上げてしまうような巨大な体の持ち主だ。
小さな花を集めるのは少々骨が折れるようで、潰さないように注意しながら口や嘴、あるいは牙を使って摘み悪戦苦闘する様子はちょっとしたアンバランスさも相俟って、可愛らしささえ覚える。
「……かわいいなぁ」
小松は素直に胸に湧いた感想を言葉に落とした。
心の底からそう思っているのがわかるような、柔らかな眼差しと声に、彼の声を聞いたテリーとキッスは若干不満そうにはしていたが、抗議の声を上げることはなかった。
□
「…なに、あのメルヘン空間…」
それを、遠くのほうからリンがこっそり見つめていた。
なんだか邪魔するのも忍びなく(小松を取り囲む空間が、入ってはいけないような雰囲気になっていたこともあって)小松がテリー達に囲まれ花冠を作り始めたあたりからなのだが、なんていうかそこに際限なく広がっている光景にリンが重く呟く。
「かわいいからいいんじゃない?」
その背後。優雅な仕草で紅茶を口にしていたココは穏やかな表情で、あっさりとそう言い切った。
浮かべた表情に迷いやからかいらしきものはなく、それがより一層の本気さを覗かせて横にいたサニーはちょっと引いた。うわぁ、と苦み走った表情まで浮かべている。
「前っ…いくらなんでも盲目すぎるし」
「失礼な。かわいいものをかわいいって言って何が悪いんだい?」
「その真顔が余計にキモイんだよ!」
サニーの言葉に真顔で返したココに、今度こそ彼は堪えきれなくなったようでズザザッと後ろに引いた。
盲目的なのもここまで来れば怖い。
「そりゃ、ウチだって可愛いとは思うけど」
しかしサニーの反応に対して、リンが零した言葉はココ側につくものだった。
絶句するサニーを後目に、だって、とリンが続ける。
「だって、テリーもキッスもなんか遠くから見てると、小松さんに対する反応とかかわいくない?」
…まあ。
遠くから見ていればその光景は、まさしくメルヘンチックな光景だろう。
今まさに笑顔の小松にキッスは嘴の先で咥えた花を渡し、テリーも口の端に別の花を咥えて渡すのを待っている。
子ペンギンは小松の側で何が楽しいのか、キャッキャッと楽しそうに笑っているのだ。
朗らかだった。
見ているだけなら思わずほんのりと微笑んでしまいそうな癒し空間であろう。
「…いや、てかその二匹がでかすぎだろ…」
サニーが視線の先の光景を遠く眺めながら、ぼそりと呟いた。
確かに至極もっともな意見だったのだが、それをココとリンは聞き流す。
ちなみに、先ほどから会話に入って来ようとしないトリコは、発言するとめんどくさいことになるのがわかっていたので、目の前に積まれた食事を片付けることに集中していたのだった。
メルヘン・フロウ