目の前にあるのは、色とりどりの花。
 種類は豊富で同じものは少ないのに、色合いをちゃんと考えられて作られたそれは、見るものの目を奪うような美しさを誇っている。
 しかも、持っているのが美男子とくれば人目を惹かないわけがない。
 背も高く、しっかりとした体作りであるのに、スラッとした印象を受けるのは持ち前の雰囲気がそうさせているのかもしれない。
 花は白を基調とされたもので、あとはポイントに他の色があるくらいだ。
 大輪の花片が、宝石とはまるで違うものであるはずなのに、キラキラとした印象を見るものに与えてくる。

 何て言うか、いつも小松は思っているのだけど……美形というのはお得な生き物だと。

 今、目の前に立っている青年がその最たるものだろう。
 シックなダークスーツを身に纏い、撫でつけた髪もその風貌をより引き立てるものにしている。
 いい加減に見慣れたはずなのだが、ここまで完璧だと同性であるはずの自分も目を奪われてしまう。

「どうしたの?」

 ぽかんと口を開けたまま見上げている小松を顔を見つめながら、件の人物は、ことり、と首を傾げて問いかけてくる。
 一応、二十代の青年がするような仕草でないはずなのに、その年相応とは言えないものでさえ様になるのだから、やはり美形はお得だろう。
 今も、というか、ついさっきからまわりにいる女性陣がバタバタとその場で昏倒している音が聞こえてくる。
 それでも近づいて来ないのは、彼から出ている近寄りがたいオーラのせいだ。

 近寄ってはいけないような。
 近寄ってしまったら、それだけで今の雰囲気を侵してしまうような。

 そんな、言葉にならない雰囲気にまわりは遠巻きにするばかりで一定以上の距離から近づいて来ようとしない。
 小松も出来るなら近づきたくなかった。
 自分がここにいるのも、何より彼の目の前にいるのも場違いな気がしてならないのだ。

 けれど、体が動かないのだ。
 固まったままの視線は逸らすことも出来ずに固定されたままで、なんとか開いたままの口を閉じることくらいしか出来なかった。
 こくん、とすっかり渇いてしまっている口の中で、どうにか唾を飲み込む。

「あ、あの…」

 そうして、声を出すことが出来た。
 つっかえながらも声を出して、改めて口を開いた。

「ココさん、」
「ん?」

 なぁに? と首を傾げる様子は、これまた様になっている。
 また何人かが倒れた。今度は男性も混じっているらしい。ココの本気(何に本気なのかは、小松にもよくわかっていない)、恐るべしというところだろう。
 小松も赤くなる顔を必死に抑えながら、視線を逸らさないようにしてココを見つめた。

 …逸らしたい衝動に駆られるのは、この際、我慢するしかない。

「きょ、今日は、どうかしたんですか?」
「うん、どうして?」

 疑問符を浮かべながら、にこりと微笑めば小松はその場で花が咲いた幻影を見た気分になった。

 ……ああ、また巻き込まれて倒れた人が続出したらしい。
 『離れて! 離れてください!』という賢明なスタッフの声が響いた。
 けれどそうでなくても、堪えきれなかったであろうまわりの野次馬たちが、ジリジリと後方に退いていくのがわかった。

「だ、だって、や…約束、とか、してなかったですし…」

 さらに熱くなる頬をどうにか堪え(隠すことは不可能なので、もうココに見せるがまま)、小松が聞き返す。
 つっかえながらも問われた内容に、ココは一度だけ目を丸くする。

 そして、ふんわりと笑った。

「うん、約束はしてないね」

 あっさりとそう言ってココは手にしていた大輪の花束を小松のほうへと自然な動作で差し出した。
 何も言わないままの行動だったが小松は無意識にそれを受け取ってしまう。
 
 小松が受け取れば、それは自身の顔が隠れてしまうほどの量だった。
 噎せ返るような花の香りが、息を吸う度に鼻から肺の奥まで広がっていくような錯覚に陥るほど。

「…そっちのはね、バラと、胡蝶蘭」

 花束を抱えてしまったがために遮られてしまった視線の向こうで、ココの声が響く。

「ストックに、スターチス。それから、レインリリー」

 ひとつ、ひとつ。
 小松に言い聞かせるようにして静かな声でココは花の名前を教えていった。
 その声に小松は僅かな疑問を覗かせるが、花、という単語で、ココが知らせたいのは花の名ではなくて、花言葉のほうではないだろうかと思う。

 ホテルでもイベントなどで、花言葉を使って客人にアピールすることがある。
 ただ、小松はそういうのは女性スタッフにアイディアや知識を出してもらうほうが多く、詳しいとは言い難い。
 それでもどうにかかつて教えてもらった花言葉を思い出そうと、眉を顰めて唸り声を上げたところで、ふ、とココが笑う声が聞こえてきた。

「それから、」

 そう言って、ココが花束の向こうから一本の花を小松に差し出した。
 黄色の花だ。しかも、花片が袋状になっていて、今持っているどの花とも違うもので、それが余計に小松の目を引く。
 目の前に現れた花に驚きを隠しきれずに、小松が腕を下げて花束の囲いをどうにか視界から下げてココを見上げる。

 ココは、相変わらず綺麗に笑ったままだった。

「これを、キミに」

 ……あれ、と思わず小松は胸の内で首を傾げてしまう思う。
 ついさっき受け取った(多分、自分にくれたもの)花束の見た目の絢爛さに比べたら、差し出された一輪の花はあまりに印象が違いすぎる。
 それでもココはそれ以上は何も言わずにただ、小松の返答を待っていた。

 視線が、かち合う。
 沈黙がその場に横たわっていた。喧噪も、今や遠い。

「…………あ、」

 その沈黙を破ったのは小松のほうだった。
 戸惑いながらも声を出し、そっとココが差し出している花に手を伸ばす。

 指先が、茎とココの手に触れた。

(…あれ?)

 瞬間、小松は触れた指の違和感に気づく。
 触れた肌から感じたのは、いつもより冷たいココの体温。
 いっそ不安になるくらいの体温の低さと、それから……彼の手が少しだけ震えて、いるような。

「ありがとう、ございます…」

 それでも気づかないふりをしたまま、小松が感謝の言葉を口にし花をココの手から受け取れば、彼は嬉しそうに微笑を浮かべた。




 その花の名が、カルセオラリアだと知るのはもう少しあとの話になる。






カルセオラリアの花言葉