「小松ー! 鍋しようぜ、鍋ー!」

 と、いう地面を揺らすような大声とともに、キッチンに続くドアが勢いよく開けられた。
 キッチンにいながら……いや、その家全体に響いた声に小松も気づかないわけもなく、山のように積まれている野菜の皮むき作業をいったん止めてから顔を上げた。
 やはりというかドアを開けた体勢のまま、トリコが満面の笑みを浮かべてそこに立っているのが見て取れる。

「……おかえりなさい、トリコさん」
「ただいま!」

 一応、今まで外に出ていたので帰って来たことになる。
 よって、出迎えの言葉を口にした小松に(少々、困惑気味なのは仕方ない)、トリコも気にした様子もなく言葉を返した。

「…えっと、それでトリコさん、鍋ってどういうことですか?」

 そして、そのトリコは先ほどまで自宅の外へとハントに出かけていたのだ。
 昼食に使う肉がなかったのがその要因で、小松が付け合わせとなる野菜を切っている間にトリコがそれを掴まえてくる手筈になっていたのだが、

「気温の低い日は鍋が一番だろ?」

 ………まあ。
 確かにメニューらしきものは小松も考えていなかった。
 トリコが取ってきてくれた食材を見て決めようと思っていたからだ。
 そしてトリコが肩に担ぎ上げている鳥(とは言えないような巨大さを誇っている)も、鍋にすれば良い出汁も出て、かなりの絶品となるのは小松も頭のなかでわかっている。

「どうした。鍋はダメか?」

 しかしながら何やら歯切れの悪い小松に、トリコが不思議そうな顔をしながら問いかけてくる。
 
「何か別のメニューがいいならそっちでもいいぜ?」
「あ、いえ…そういうわけじゃなくて、」

 そこでようやく小松が両手を自分の体の前で振って、自身の態度がトリコの意見に否定的な意味で取っていたわけでないことを示す。
 首をゆるり、と横に振ってから、少しだけ困ったように眉根を下げ、改めてトリコを見上げた。

「ちょっとビックリしただけです」
「ビックリ?」

 オウム返しの言葉に、小松がひとつだけ小さく頷く。

「だって普通、いきなり鍋しようって言われたらビックリもしますよ」
「……そういうもんか?」
「そういうものです」

 小松の言い分にも、トリコは不可解そうに顔を顰めるだけでわかった様子はない。
 そんなトリコを見上げて、小松はまるで子どもの駄々を見つめる親のような顔で、クスクスと笑みをこぼした。

「それより、鍋にするんでしたっけ?」
「ん? おう」
「なら味噌鍋なんかよさそうですねー……トリコさん、味噌は赤と白、あわせ、どれかありますか?」
「全部一応揃ってる」
「さすが」

 気を取り直してさっそく鍋の準備を始めた小松に、トリコも引っかかるものを抱えていたもののそれ以上言及しようとはしなかった。 
 鍋にするなり何なりにしても、先にこの鳥を捌かなければならない。

「あ、トリコさん…」
「捌くなら外で、だろ?」

 わぁってる、と軽く言ってトリコは元来た廊下を戻っていった。
 トリコの体重と、巨鳥の重さと相俟って、ドスドスと響く足音に小松はプッと吹き出した。

「………普通、あんなに大きな鳥を担いで、しかも突然『鍋にしようぜ!』なんて言ったら驚くの当たり前なんだけどね」

 そこは言わないお約束というものだろう。
 とにかく今から鍋をするために、小松は続けていた野菜剥きを再開させながら他に何を準備すべきかを頭の中で考えていくのだった。






規格外なひと