大きな窓で仕切られた向こう側には、星の光が煌めいていた。
 夜の闇の中。
 時折、あたりを警戒するためのサーチライトが闇を裂くようにして走るが、それさえもまるで天上の光景に花を添えるような役目を持っている。
 ここは研究所以外には目立った建造物は無きに等しい(まあ、元々、第一ビオトープというだけあってここはグルメ動物たちの居住を主にしているところもあるから)せいか、闇はいつも小松が目にしているものよりもより暗く。
 星の光は、尚明るく、常よりもその数も多かった。

「ぅわぁ……」

 窓の向こうを見上げながら、小松は思わず感嘆の声を上げてしまう。
 声がいつもより共鳴して聞こえたのは、場所柄のせいもあるのだろう。

 今、小松の目の端に映っているのは夜の闇や、星の光。あるいは、透明な特別製の防弾ガラスだけではない。白い湯気も捉えていた。
 
 さて。
 ではここがどこなのかというと、

「そんなに見上げてたら、首を痛めちゃうよ?」

 小松の背後から笑いを含んだ声が響く。
 その声に促されるようにして振り返ると、ココがこちらを見ながら口元を緩めていた。

「大丈夫ですよ、すぐに痛めちゃうようなヤワな首じゃないですし」
「つっても、前はちっこいからなー」

 小松の小さな反論に、横合いからからかいを含んだ声がさらに降ってくる。
 心なしかムッとして小松が視線を向ければ、やはりというかサニーが双眸を崩して笑いを堪えている。

「サニー。ボクはそこまで言ってない」
「だってほんとのことだし?」
「もう! サニーさん、ボクだって怒るときは怒るんですからねっ」

 ココがそれとなく止めようとはするものの、サニーの揶揄は止まることがなかった。小松も怒った顔で言うのだが、言われた当人は何処吹く風だ。
 小松の怒気が効いていないのではなく、本人的にはこれはある種の『構い』に等しいのだ。
 ……どこの小学生の天の邪鬼な好意か、とツッコむような人物はここにはいない。
 年長者であり、長い付き合いでもあるココはそれがわかっていたが口に出すと面倒なので呆れた様子で息を吐き出す。
 小松も小松で、この手のやりとりは躍起になったほうが負けだということを悟っているので、それ以上の言及を控えた。それでも、『ボクは怒ってます!』のアピールだけは忘れないように頬を膨らませたままそっぽを向く。

「拗ねるな拗ねるな」

 そうすれば、それなりに反省したサニーが声をかけてくるのがわかっていたからだ。
 案の定、宥めるような(けれど尊大な風に)声でサニーが小松の側に近づいてくる。

「誰のせいだと思って………… はー、まあもういいですけど」

 諦めたようにそう言って小松は視線をサニーとココから映し、また窓辺へと持っていく。

「…でも、本当に綺麗ですねー…」
「ここには他に無用な建造物もないからね」

 話を戻した小松に今度はココも答える。

「それに、こんな大浴場から見えるのもいいですよねー、なんていうか風情があって」

 そう。
 今、彼らがいるのは研究所内にある大浴場だった。
 何十人もが楽に入れてしまいそうな浴槽と、外を見ることが出来る大きなガラス窓がついている。

「ま、な。所長にしてはいい趣味してるし」

 広々と入れるのがいいのか、サニーも今はご満悦の様子だった。
 湯船に半身を横たえ、縁に寄りかかりながら息を吐き出す。その拍子に、白い湯気がフッと吹きかけた位置から割っていくのが見えた。

「疲れを癒すにはもってこいってのもあるな」

 そこへ四人目の声が降ってくる。

「あ、トリコさん、おかえりなさい」
「ただいま…ってのもなんか変な話だけどな」
「テリーのほうは大丈夫なのかい?」
「おう」

 最後に現れたのはトリコであり、彼は一人だけ相棒でもあるテリーの世話をしていたのだ。

 そもそもこの第一ビオトープにやって来た目的は、あるグルメ食材のハントである。
 それ自体は、トリコ、ココ、サニーの三人もが揃っていたこともあり大した苦労もなくスムーズに捕獲を終えることが出来た。
 ただ、彼らについてきたテリーの身に、ちょっとした不幸があったくらいで…

「…すみません、ボクがあそこでボーッと立ってたせいで…」
「…まあ、そこらへんはあいつも油断があったってことだろ」

 そうなのだ。
 最後の最後。
 目的のものも取り終え、この研究所のひとまず戻ったトリコ達であったがその直前、本当にあとほんの数分で帰れるという距離のところで、テリーが突如現れたグルメ動物に襲われてしまったのである。
 襲われたと言っても、その動物自体に苦戦するようなテリーではない。
 ただ、それを軽くいなした直後、帰ろうとしたテリーは着地地点に小松がいることに気がつき、何とかそれを避けようとして、結局泥まみれになってしまった。
 テリーも何とか小松を押し潰すことだけは避けたのだが、無理な体勢を取ったこともあり、泥に落ちてしまったのだ。
 それを先ほどまでトリコが洗っていて、遅くなったのだ。

「お詫びにボクが洗おうとしても嫌がられたりしたし…」

 そのときのことを思い出してか、小松が心なしかしょげた様子で肩を落とす。
 嫌われたかも…、と呟くのだが、心配しなくともテリーが小松を嫌うわけがない。

(今回もなぁ、むしろ『小松にかっこ悪いところを見せた』ってほうを気にしてるしな)

 そっちのほうを気にしているのは小松以外全員がわかっていたことだった。
 ただ、テリーの名誉のためにそのことを口にすることはない。

「んな気になるんだったら、あとで、んか持っててやればどだ?」

 しかしながら、このまま小松をしょげさせておくのもよろしくない。
 そこでサニーが口を開いて小松に告げる。

「…何か?」
「うん。お詫びも兼ねてね。そのほうが彼も喜ぶだろうし」
「だよな。謝っても腹は膨れねぇし」
「…お前はもうちょっと腹以外のことで物を考えてくれ」

 サニーの提案に小松が反応したのを見て、ココとトリコもそれに乗る形で話を続ける。
 少しばかりココがトリコの物言いに苦言をつけたが、そこはいつものことだ。

 小松も迷うようにしばらく視線を彷徨わせたが、やがて「…そうですね」と気を取り直す。

「今日は美味しいのも手に入りましたし、何か作ってあげたほうが喜んでくれますよね!」
「おう。その意気だ」

 小松の気力が回復したのを見て取ってトリコが何度も頷きながら歯を見せて笑う。

「じゃあボクも手伝うとしようかな」

 キミも疲れてるだろうしね、とココがそれに続けて言い、サニーも楽しそうに笑ってみせる。

「はい!」

 がんばるぞー、と手を上げる小松の視線の先で、星はまだ瞬いていた。






風景