『次のお休みに、ココさんを貸してください』
「……は?」

 何の脈絡もなく電話口から聞かされた言葉に、ココは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 少しばかり混乱しら頭のなかで、今までの話の流れでそんなことを言うものが含まれていただろうか、と思案を巡らせる。だが、それに準ずるものは見つけられず、小松の言葉の意図がわからないままだ。

『ココさん?』

 思案に暮れている間に黙り込んでしまったのだろう。
 その時間が幾らかはわからないが、小松の疑問を含んだ呼びかけにハッと我に返る。

「あ、うん、ごめんごめん。なんでもないよ」

 何でもなくはないのだが、とりあえず小松にそう返しておく。
 一応というか、この電話も一週間ぶりのものだった。
 小松は新メニューの会議やら、セッティング、その他諸々でこのところギリギリの生活を続けていたらしいのだ。
 らしい、というのはその詳しい内容をココがまだ聞いていないからに他ならない。
 忙しくなることは事前に小松から聞かされていたのだが、どんなことをしていたかは本人から聞かされなければ予想するくらいしか出来ない。

 ようやく一区切りつきましたー、という疲れた声で電話をかけてきたのが、ついさっきのこと。
 そこから、ひさしぶり、元気だった? などとお決まりの言葉を交わしていたところで、いきなり小松に先の一言を告げられたのだ。

 何かあるのかな? とココは一人、首を傾げた。

『…あの、ダメならいいんですけど』

 ココの沈黙を拒否と受け取ったのか、心なしかしょんぼりとした声で小松が呟く。
 その小さな声を聞き取り、ココが慌てながら「違うよ、」と前置きしてから話し始めた。

「ダメじゃないから。ただ、ちょっと意識がね」
『いしき?』

 見えなくとも声の感じで今、小松が首を傾げているのがココには目に見えてわかるようだった。
 軽く頷きながら、見えないのを承知で双眸を崩す。

「うん、それに恋人のお願いは聞いてあげるのが普通だと思わない?」
『…………っっっ!』

 にっこりと微笑みを浮かべて一息にそう告げると、しばらく沈黙していた電話口から何やらゴロゴロと転がりまわるような、バタバタと暴れるような音が聞こえてくる。
 見えないのが残念だな、などと思いながらココは楽しそうに、フフ、と声をこぼして笑った。

 ……それにしても、小松はいったい何をするつもりなのだろう?

 疑問は意識の隅にあったが、それを知るのはもう少しあとのことだ。



 □



 さて。

 約束の日。
 小松が久方ぶりにお休みを貰ったと聞かされた当日の朝、ココは彼の住むマンションのドアの前に立っていた。

「……さて、」

 答えが今日わかる、と胸の内で呟きながら呼び鈴を押す。
 ドアの向こうで、ピンポーン、という甲高い機械音が鳴り響くのと一緒に、パタパタと走り寄ってくる聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

「おはようございます、ココさん」

 ドアの鍵が開けられると、その向こうから小松がひょっこりと顔を出す。
 疲れは色濃く残っているが、それでも自分を見て嬉しそうに緩む表情を目にして、ココもつられるようにして笑った。

「おはよう、小松くん」
「すみません、こんな朝から…」

 モジモジとしながら視線を逸らす小松だったが、その表情にはどこか嬉しさというか後悔の色らしきものはない。
 それをわかっているからか、ココも首を横に振りながら答える。

「気にしなくていいよ。それに、会えるならちょっとでも早いほうがボクも嬉しいしね」

 思いやっての軽口ではあるが、どこか恋人らしい甘さを含んだ言い方に小松も気づいているのだろう。
 心なしか赤くなった顔を伏せて(それでも、身長差で俯いた首筋まで真っ赤に染まっているのをココは余すところなく眺めることが出来ている)、ドアを開け放つ。

「と、とりあえず、中にどうぞ」
「じゃあ、お邪魔します」

 これ以上いじめるのも可哀想だということにしたのか、ココは誘いに応じて家の中へと入っていく。
 靴を脱いで先に進むと、「そういえば」と言いながら後ろに振り返った。
 ココの呟きに、ドアを閉めて鍵をしていた小松も顔を上げる。
 しばし、視線がかち合った。

「今日、ボクを貸してほしいって言ってたけど」

 そう言うと、小松は思い出すように瞬きを繰り返し、それから思い出すようにハッとする。

「あ。そのことですか」

 えぇっと……、と呟き、小松は照れたように頬を染めた。




 さらに、しばらくして。




「……………」

 寝室。
 ベットの上。
 ここまで来ると色めいたものを連想しそうなものだが、実際、ベットの上で横になっているココは複雑そうな顔をしていた。
 呆れているような、困ったような、何とも言えない感情が色々と絡まった表情をしている。
 そんなココの体に抱きつくようにして、小松も一緒になって横になっていた。
 ココの胸に顔を埋めたまま、クゥクゥと健やかな寝息を立てている。

「…………うん」

 貸してくれ。
 確かに正しい。
 小松は、ココの貸し出しを要求した。
 疲れて帰ってきたときに恋人の抱擁を欲しがるなど、可愛い理由ではないか。
 
 確かに可愛い。
 可愛いが……安眠を妨害してはいけないという、ジレンマもあって。

「…別にいいけどね」

 溜息をつき、ココは起こさないように注意しながら小松の頭を撫でる。
 ゆっくりと髪を指で梳きながら、視線を落とす。
 小松は起きる様子もなく、深く眠ったままだ。
 手を出すことも出来ず、ココは視線を宙に彷徨わせた。






癒し効果。